1997年 6月 東京都東村山市 野口橋交差点
野口橋交差点は、府中街道と新青梅街道が交差する交差点である。
強い雨が降りしきる交差点は、先程起きた追突事故で大渋滞となっていた。
府中街道から青梅方面へ向かおうと、右折ラインに停車していた乗用車に大型のダンプカーが正面から突っ込んだのだ。
原因は、ダンプの運転手が片手運転で携帯電話を使用した為にハンドル操作を誤り、右折ラインに停車する乗用車に突っ込んだとの事であった。
この事故で、乗用車の若い夫婦は即死。
ダンプの運転手は比較的軽傷で済んだが、ダンプの全面は大破し、交差点から移動させる事が出来ない状態になっていた。
大雨の中、交通誘導に追われる雨カッパを着込んだ警察官たち。
余りにも激しい事故状況に、野次馬たちも集まり出し、歩道からその状況を見守っている。
「ひでぇ状況だなぁ…、こりゃあ…」
現場検証をする警察官が眉を潜めて言う。
「気の毒に…、この女性は、お腹が大きいじゃないですか…」
もう1人の警官も険しい表情で言う。
助手席で亡くなった女性は妊婦であった。
「出産が近いんで、奥さんの実家にダンナが送り届けてるとこだったのかな…?」(警官A)
「だとしたら、この女性(ひと)の親は相当ショックだろうな…」(警官B)
同僚にそう話す警察官。
すると、一般人は立ち入り禁止の事故現場に1人の男が入って来るのであった。
「おい!、ちょっとアンタ!、ダメだよ勝手に入って来ちゃ…」
メガネを掛けた長身の男性に警官が言う。
「私はドクターです。」
メガネの男性が警官に言う。
「ドクタ~?」
怪訝な表情で言う警官。
「ドクター・ナカデシです。ちょっと事故被害者の容態を見せてもらえませんか?」
少ししゃくれた顔の男が笑顔で言う。
「もう亡くなってるよ!」(警官A)
「ちょっと確認させて下さいよ」(ナカデ氏)
「ドクター・ナカデシって…、あんたもしかして、いつも都知事選に出ては毎回落選してる、あのドクター・ナカデシかぁ~?」(警官B)
何か思い出した警官がナカデ氏を指して言う。
「違いますよ…。それは発明家のドクター・ナカマツです。私は医師のドクター・ナカデ氏です」
ナカデ氏はそう言うと、乗用車の内部を覗き込む。
そしておもむろに鞄から聴診器を出すと無くなっている女性にあてた。
「ほらほら、勝手な事しないで!」
警官がそう言うと、中出氏が慌てて言った。
「大変だ…ッ!、まだ生きてますよッ!」
聴診器をあてた中出氏が、警官に振り返り言う。
「そんなワケあるか!、2人とも即死なんだぞ!」(警官B)
「赤ちゃんですよ…」(中出氏)
「え!?」(2人の警官)
「お腹の中の赤ちゃんですよ…。ほら!、まだ心臓の鼓動が聴こえますッ!」
そう言って、聴診器を警官に渡す中出氏。
「こりゃ大変だぁぁ…」
耳にあてた聴診器を外して警官が言う。
「救急車で、急いで近くの病院へ女性を搬送しろッ!」
現場に停めてあった救急車を指して警官が叫ぶ。
「だけど、この渋滞じゃ身動き取れないぞ…」
事故現場は大混乱しており、救急車が動かせるまでには、時間を要する感じだった。
「あそこから、女性を運びましょう!」
中出氏はそう言うと、歩道脇にあるトイレを指す。
「トイレ…?」(警官A)
「あんなとこにトイレなんかあったかぁ~?」(警官B)
「あれは私が開発した、“どこでもトイレ”です」(中出氏)
「“誰でもトイレ”だろ?」(警官B)
※公共施設にあるバリアフリーなトイレ
「違います!、“どこでもトイレ”です」(中出氏)
「なんだよ?、“どこでもトイレ”って…?」(警官A)
「あのトイレに入れば、自分の設定した、好きな場所の女子トイレに、行ける事が出来るのです!」
「だから早くあのトイレから、どこかの大きな病院の女子トイレに場所を設定して、亡くなった女性を運ぶのです!」(中出氏)
「はぁ~!?、そんな事、できるワケないだろぉッ!」(警官A)
「本当です!、“どこでもドア”と同じ様に、好きな場所の女子トイレに行けるのです!」(中出氏)
「なんで女子トイレなんだよ!?」(警官B)
「これから将来、“LGBT法”が可決されます!、その時まで、心が女性だが身体が男性…、いわゆるトランスジェンダーな方々が、人目を忍ばなくてもトイレに行ける様に開発したのです!」(中出氏)
「何だ?、“LGBT法”って…?」(警官A)
「Lはレズで、Gはゲイ、Bはバイセクシャル(両刀)で、Tは先程の、心が女性だが身体が男性のトランスジェンダーです!※逆もある」
「“LGBT法”とは、その人たちの権利を守る法案です」(中出氏)
「権利を守るって…?」
何の事だ?と、警察官。
「レズ・ゲイ・バイ・トランスジェンダーたちを、偏見的に見ないで、彼らの様々な性癖を認めろという事です!」(中出氏)
「そんな事、本人たちが勝手にやってりゃあ良いじゃん…。自分の性癖なんて、別に他人に話すような事じゃないだろ?」(警官A)
「それはそうなんですが、“LGBT法”が認められると、素晴らしい事が起きるのです!」(中出氏)
「素晴らしい事~?」(警官2名)
「心が女性の男性が、女性のオリンピック種目に出場できる様になります!、彼らの権利は公に認められ、同時に女性の世界記録も、身体が男性の者たちによって、大幅に更新されるのです!」(中出氏)
「そんな事したら、普通の女性選手たちの権利が阻害されるじゃんか?」(警官B)
「いえいえ…、それだけじゃありません…。“LGBT法”が制定されれば、身体が男でも心が女であれば、堂々と女湯や女子トイレに入れるのです!」
「でも女性はそれを拒否できません!、何故ならば、それは人権差別となるからです!」(中出氏)
「それって、変態が女湯や女子トイレに入る口実に使われるんじゃねぇの?」(警官A)
「大丈夫です!、“LGBT”の人には、そんな人は居ません…」(中出氏)
「何で、そんな事が分かるんだよ!?」(警官A)
「民自党の智田稲美さんが、そう言っていましたから…」(中出氏)
「アホかぁ!?、そんなの説得力ねぇよ!」(警官A)
「やっぱ、そうですよね…?」(中出氏)
「そんな法律、何の為に制定すんだ?」(警官B)
「さぁ…?、実際の狙いは、天皇制の廃止を目論んでるんじゃないでしょうかね?」(中出氏)
「天皇制の廃止~?」(警官2人)
「中国・ロシア・北朝鮮といった共産主義勢力としては、天皇制を崩壊させたいのです」
「彼ら共産主義勢力は、1500年以上の世界一長い歴史を有している、天皇家の万世一系を消滅させるには、女性天皇を立てて、血筋を断つ事です」
「国内に潜む工作員を使って、最終的には『女性天皇だけど、心は男です』という感じに持って行くのが、狙いではないでしょうかね?」(中出氏)
「そんなトンデモない法律が、将来国会で可決されるワケねぇだろッ!」(警官A)
「本当ですよ!、国民の8割以上が反対しても、その法案が通るんです!」(中出氏)
「あんた、なんでそんな事分かるんだよ?、あんたには未来が見えるってのかよ?」(警官B)
「お前…、さてはそんな事いって、女子トイレに堂々と入ろうと企ててる変質者だな!?」(警官A)
「ちょっと署まで来い!、連行する!」(警官B)
「今は、そんな事を言ってる場合じゃありません!」(中出氏) ←確かにそうだ(笑)
「さあ!、早く!、子供の命が掛かってるんですよッ!」
中出氏の切羽詰まった言葉に、警官たちも止む得ず亡くなった女性を“どこでもトイレ”へと運ぶ。
「本当に、これで病院に行けるんだな…!?」
女性を担ぐ警察官が、中出氏に確認しながら睨んだ。
「大丈夫です…。取り合えず新宿の女子医大の女子トイレに設定しましょう!」(中出氏)
「何で女子医大なんだよ!?」(警官A)
「いいから、いいから…!」
中出氏は、警官からのツッコミをうやむやにしながら、そう言う。
「では、行きますよぉぉ~~!」
中出氏はそう言うと、便座横のレバーを操作した!
ザバッ!
水洗トイレの水が流れる!
同時にトイレの建物全体が発光した!
ビビビビビ……ッ!
遠巻きで、“どこでもトイレ”を眺めていた野次馬たちがざわつき出す。
ビビビビビ……。
そしてトイレが消えた。
ザーーーーーーーーッ……。
強い雨が降り続ける、野口橋交差点。
先程まであった、“どこでもトイレ”の消えた場所を、野次馬たちはいつまでも眺め続けるのであった。
ザーーーーーーーーッ……。
2013年7月 東京 東村山市秋津町
JR新秋津駅からほど近い古アパート
AM10:30
「ふぁぁぁ~…」
ボサボサ髪の少女が、ベッドで伸びをする。
少女の名は、アサミ。
地元の都立高校に通う、16歳の高校生だ。
都立高校は今日から夏休みであった。
部活動をやっていないアサミは、初日から思いっきり朝寝坊を満喫した。
「だる…」
アサミはそう言うと、ベッドから起き上がり、Tシャツとスウェットに着替えるのであった。
「お母さん、おはよ…」
隣部屋に入ると、母の背中にそう声を掛けるアサミ。
母は畳部屋に卓袱台を置いて、夏のお中元のシール貼りを内職していた。
「おはよう、アサミ…」
笑顔の母が振り返る。
アサミぐらいの年齢の親にしては、かなり高齢な感じの母親だった。
「またやってんの…?、内職…」
母の作業を見つめながらアサミが言う。
アサミの家は母子家庭であった。
父親は、アサミがまだ小さい頃に病気で亡くなってしまった。
一家の稼ぎ頭を失った家庭は、持ち家を売却し、現在の古アパートで暮らし始めた。
それと同時に、当時専業主婦であった母も働きに出る事となった。
母の仕事は時給980円のパートであった。
子供手当と合わせても家庭の収入は、まだまだ厳しかった。
アサミの母は、パートが休みの日には、こうして自宅で商品梱包にラベルシールを貼る仕事もやっていたのであった。
「よくまぁ、飽きもせずに働くね…?、つまんなくない?、そんな人生…」
アサミが作業中の母の背中に語り掛ける。
「仕方ないだろ…、ウチは貧乏なんだから…」
黙々と作業をする母が、ポツリと言う。
「ねぇ…、たまには寿司でも食べに行こうよぉ~!、カッパでもスシローでも良いからさぁ…」(アサミ)
「ごめんねぇ…、今度、のり巻き作ってあげるから我慢して…」(母)
「なんでだよぉ!?、何でウチはいつも、手作りなんだよぉ!?、あたしは外で食べたいって言ってんの!」(アサミ)
「あんた小さい頃、お母さんと一緒にのり巻き作るの楽しんでたじゃないか?、それに、かんぴょう巻が美味しい、美味しいって食べてたじゃないか…」(母)
「それ、いつのハナシだよ!?、その頃は、寿司っていえば、それしか知らなかったからだろ!?」
「まったくウチは、夏だってのに、ガリガリ君も買わなくて、カルピス凍らして食べさせるし…」
「よそんちみたいに、スイーツだって買って食べたいのに、それとかも全部手作りじゃないか!、ハウスゼリー?、ババロア?、何だよそれ?、あり得ねぇよ…」(アサミ)
「お母さんが子供の頃は、みんなそうやって親と子供が一緒になって作って食べてたもんだよ…」
母はそう言うと、含み笑いをする。
「そんな昭和のハナシなんて聞きたくない!」(アサミ)
「でもお陰で、料理も出来る様になったじゃないか?、餃子もから揚げも、あんたの齢で、イチから作れる子なんて、そうは居ないよ」(母)
「ねぇ、子供手当貰ってんでしょ!?、それで寿司食おうよ!、それで私の服買ってよ!、スマホ買ってよ!、いいじゃん!、それ私のカネでしょ!?」(アサミ)
「それはダメ!、あのお金は。あんたの将来の為に貯金してるんだから…」(母)
「あたし将来なんて、何も考えてないし!、こんな貧乏じゃ、将来の夢や希望もないよ!」
「ねぇ!、なんで齢とってから子供なんか産んだんだよ!?、無責任なんだよ!、育てられるか考えもしないで、いい加減にしてよぉ!」
アサミが堰を切った様にそこまで言うと、母は黙ってしまうのであった。
「う…ッ!」
すると母が急にそう言って、胸を押さえる。
「どうしたの?」
母の顔を覗き込んだアサミが聞く。
「大丈夫…、何でもない…。最近、たまに胸が苦しくなる時があるんだよ…」
少し顔色の優れない母が言う。
「病院でも行ったら?」(アサミ)
「大丈夫…」(母)
「でも汗かいてるじゃん」(アサミ)
「勿体ないよ…、病院なんて…、ほっとけばそのうちに治るから…」(母)
「まったく…、どこまでケチなんだか…?」
呆れるアサミが顔を左右に振る。
「じゃあ、あたしちょっと出かけて来るから…」
アサミが母に続けて言う。
「夏休みの課題とか、ちゃんとやってるのかい?」(母)
「大丈夫だよ!、今日から夏休みなんだから…、じゃあね!」
アサミは母にそう言うと、アパートから出て行くのであった。
家を出たアサミが、商店街の方へと歩き出す。
外は暑く、よく晴れていた。
蝉の声も遠くから聴こえている。
商店街に出る為、路地裏をくねくね歩いていると、アサミは何か異変を感じた。
「あれ?、コンビニがローソンに変わってる?」
アサミがそう言ったのは、そのコンビニが、昨日まではファミマであったからだ。
「いつの間に変わったんだぁ?」
アサミがそう言うと、ローソンの向かい側から声がした。
「お嬢さん!、お嬢さん!」
長身でメガネを掛けたシャクレ顔の男性が、アサミを笑顔で手招きをする。
その男が立つ店頭には、「あなたの人生作り変えます!」という、幟が立っている。
その店舗は「トータル・メタバース」という店名の看板が貼ってあった。
(あれ!?…、ここって、ケータイショップじゃなかったっけ…?)
メガネの男が立つ店舗を眺めながらアサミが思う。
「お嬢さん!、お嬢さん!」
メガネの男は、相変わらずアサミを手招きする。
「何ですか?」
男に近づいたアサミが、怪訝そうな顔で聞く。
「あなた、今の人生に不満を持ってますよねぇ?」
笑顔でそういうメガネ男。
「え!?…、まぁ、そうだけど…」
メガネ男の突然の問いかけに戸惑いながらも、アサミは正直にホンネを漏らす。
「だったら、あなたの人生、作り変えちゃいましょうよ!(笑)」(メガネの男)
「作り変えるって…、どうやって…?」(アサミ)
「簡単です!、ライフ・プログラムの設定を変更すれば良いのです!」(メガネ男)
「はぁ!?」(アサミ)
「大丈夫です!、あなたの希望通りの人生に変更しますよ!(笑)」(メガネ男)
「そんな事、できるワケないじゃない!?」(アサミ)
「出来ますよ!、だってここ、秋津町は我社が開発した、メタバースの世界なんですから…(笑)」(メガネ男)
「メタボ…、ブース…?」(アサミ)
「メタバースです!、日本語で言うと、仮想現実空間という意味です!(笑)」(メガネ男)
「仮装現実…?」(アサミ)
「仮装じゃないです!、仮装は欽ちゃんですよ!、仮想現実空間です!」(メガネ男)
「何?それ…?」(アサミ)
「キアヌ・リーブスのマトリックスって映画、観た事あります?」(メガネ男)
「TVでなら…」(アサミ)
「あの映画の中に出て来る、コンピューターが作り上げている仮想空間がメタバースです!」(メガネ男)
「あれは映画の中の作り話でしょ!?」(アサミ)
「ところがそうじゃないのです!、我社が先日完成させた量子コンピューターを使えば、現実とそっくりな仮想空間を作る事が出来るのです!」
「この秋津町は、そのメタバースを造ったら人間はどうなってしまうのか確かめる、最初の実験地なのです!」(メガネ男)
「この秋津が仮想空間だって言うの~!?、そんなのあり得ないわよ!」(アサミ)
「なぜそう言い切れるのです?、この世が仮想空間じゃないなんて、どうやって証明するのです?」
「むしろ、この世が作られた仮想空間だからこそ説明のつく、不思議な現象はいっぱいありますよ!」
「現にあなたは今、この町に対して異変を感じていませんか?、街並みが微妙に変わってる事に気づいていませんか?」
メガネ男が、そこまで言うとアサミは、「あなたは何者なの!?」と問いただす。
「私は、中出ヨシノブと申します!、今から私の事は中出氏とお呼びください…」
メガネ男が笑顔で言う。
「ナカデシ~…!?」
何だこいつは?とアサミが思う。
「あなたは、松下アサミさんですよね?…」
メガネのしゃくれ顔がニヤついて言った。
「なんで私の事、知ってるの!?」
アサミが中出氏に聞く。
「ふふふ…、あなたの事は、よく知っております」
「あなたは、お金持ちの家に本当は産まれたかったのでしょう?」
中出氏のセリフに固まるアサミ。
「今からあなたの人生を作り変えますので、どうぞこちらへ…」
そう言って店内へ案内する中出氏。
しかし不安なアサミは、その場から動けない。
「大丈夫ですよ…。心配ありません」
「それから店内で、あなたの出生の秘密を教えてあげますよ。なんであなたは、こういう人生になってしまったのか…、説明いたします」
中出氏が笑顔で言う。
「え!?、それってどういう事!?」
中出氏の言葉に反応するアサミ。
「とにかく中へお入りください…」
中出氏がそう言って店の中に入ると、アサミもおずおずとついて行くのであった。
「さて…、では説明いたします」
ソファに掛けたアサミの正面に立つ中出氏が言う。
男の背後には大型モニターがセットされている。
「まず、我社が秋津町で試験的に始めたメタバースの目的ですが、それは、人間は権力や財産よりも、人との繋がりや愛情の方を選ぶ事が、果たしてあるのだろうか?という実験でした」
「そこで、新たに生まれて来る子供たちに、その2択をこの機械で私が選ばせていただきました」
中出氏がそう言って大型モニターに映し出した機械は、まるで駄菓子屋によく設置してある、カプセルトイが入ったガチャポンの様に見えるのであった。
「何、それ?」
アサミが中出氏に聞く。
「これは、“親ガチャ”です」(中出氏)
「“親ガチャ”って…?」(アサミ)
「小銭入れてレバー回すと、カプセルが出て来る、あのガチャポンと一緒です」
「あなたの親を決める時、カプセルの中身を見なければ、親が金持ちか貧乏人か、分からないという仕掛けです」(中出氏)
「そんな適当な決め方なの~!?」(アサミ)
「そうですよ…。そんなもんですよ。人間が生まれて来る割り当てなんてものは…」
表情を変えずに飄々と言う中出氏を、アサミは黙って見つめていた。
「そこでアサミさん…、あなたはご覧の通り、貧困な家庭が割り振られる事となりました」
「でも先程も申し上げましたが、ただの貧乏生活ではありません」
「あなたには、お金持ちの方が経験する事の出来ない、思考と技術を得る様にプログラムされました」(中出氏)
「お金持ちが経験できない事…?」
アサミが中出氏に聞き返す。
「はい…、あなたは、あの人に育てられたお陰で、料理や手芸、遊び事、何でも手作りで自分で生み出せる能力を身に着ける事ができました」(中出氏)
「そんなの…ッ!、そんなのなんか、別に大して役に何か立たないじゃないッ!?、私はみんなと同じように、必要なものは買ったり、使ったりした生活がしたいわ!」(アサミ)
「でも、その能力を持った人が今、どんどん減っています。人はもう、あらかじめ与えられたものを活用しなければ、生きていけない人がほとんどです」(中出氏)
「それで良いじゃないのッ!」(アサミ)
「でも、それらのモノは、誰かが生み出すのですよ。みんながみんな、そうしていたら、いずれ文明は滅びます」
「そういう事にならない為に、あなたのような能力を持つ人が必要となり、やがて重宝される様になるのです」
「あなたなら、これから必要となるモノをイノベーションする能力があります」
「これから先、忘れられていくであるろう、かつて人々の暮らしとは、どうあるべきだったのかを伝える事も出来ます」
「この先、戦争が起こり、サバイバル生活を強いられても、あなたなら乗り越えられますよ」
中出氏がそう語るが、「そんなの必要ないよ!」と、アサミは言うのであった。
「そうですか…?、親と一緒に料理を作ったり、洋服を裁縫したり、ぬいぐるみを作ったり、ブランコの漕ぎ方、ゴム飛びのやり方、鉄棒の逆上がりや、自転車の練習…」
「親とそうやって過ごした時間は、かけがえのないものだと、私は思いますけどね…」(中出氏)
「そんなのイラナイッ!、私はみんなとゲームしたり、スマホでLINEしたりしたいのッ!」(アサミ)
「ふふふ…、分かりました。では、あなたの人生を裕福な家庭の方へプログラムを変更しましょう」(中出氏)
「それって、我が家がお金持ちになれるって事なの!?」(アサミ)
「お金持ちになるのは、あなただけです。あなたの暮らした家庭は、そのまま貧乏ですよ」(中出氏)
「どういう事?」(アサミ)
「親ガチャで、別の育て親にあなたを宛がえます」(中出氏)
「そ…、それは…」
親が変わると聞いたアサミが躊躇する。
「取り合えず、親が変わったらどうなるか、試験的にやってみましょう」
「体験した後に、また今までの暮らしに戻っても構いませんから…」(中出氏)
「本当に、また戻る事が出来るの?」(アサミ)
「大丈夫ですよ。初期化すれば、また元に戻せます」(中出氏)
「そう…」
それでもまだ不安なアサミ。
「別に良いじゃないですか、そんなに心配しなくても」(中出氏)
「え?」(アサミ)
「元々、あの人はあなたの本当の母親じゃないんだし」(中出氏)
「それって、お母さんの事ッ!?」(アサミ)
「あなたのお母さんは、交通事故で死にました。あなたが母親だと思ってる女性(ひと)は、実は祖母です」(中出氏)
「そんな!、嘘よ!」(アサミ)
「本当ですよ…。あなたの両親が事故死した時、母親のおなかの中にいたアナタだけは助かったのです」(中出氏)
「そ…、そんな…ッ」(アサミ)
「あなたなんかほっといて、孤児施設にでも渡しちゃえば良かったんですが、あの女性(ひと)が、娘の生まれ変わりだと言い張って、あなたを引き取ったのです」
「ですが、誤算がありました。人の年収とは50歳を過ぎると、どんどん減少していくのです。それは役職を解かれたり、転職に伴い収入がダウンするなど様々です」
「ところが50代と云えば、子供の養育費で1番お金が掛かる時期でもあります」
「昨今、結婚する時期が遅くなって来たり、齢の差がかなりあるカップルがいますが、彼らは大変でしょうね」
「晩婚や、年の離れた男性と結婚したが為に、子育てが終わった段階では老後の貯蓄がまったく出来きず、結果、老後は生活保護となる様です」
「あなたの育て親も、まさにそれです。ご主人に先立たれて、持ち家を売り払いましたよね?」
「だからあなたなんか、ほっとけば良かったのです。自分ならあなたの事を良い子に育てられると思いあがっていたんでしょうね…」
「ところがどうでしょう。皮肉な事に、あなたはそんな育て親の期待通りには行かず、我がままで思いやりのない子へ育ってしまったというワケです」
「あなたを見ていると人生ってものは、つくづく理不尽なものなんだなぁと思いますよ」(中出氏)
「理不尽…?」(アサミ)
「だってそうじゃないですか?、あなたの両親は、交通ルールを守らない身勝手な人のせいで、人生を一瞬にして奪われた」
「そして、その事故で唯一助かった犠牲者のあなたが、今度は身勝手な若者として成長して行ったなんて、そんなの喜劇の題材にもなりませんよ」
中出氏はそう言って微笑むと、VRゴーグルとヘッドホンをアサミに渡すのであった。
「何これ?」
VRゴーグルを知らないアサミが聞く。
「これは、今から3年後の2016年に発売されるVRゴーグルです。これを装着すると、仮想現実空間の映像がリアルに体現できるのです」(中出氏)
「ふぅ~ん…、こんな感じ?」
そう言ってアサミはVRゴーグルを装着する。
「では今からあなたを、お金持ちのお嬢様の人生にプログラム変更いたします。そこのリクライニングシートにお掛け下さい…」
中出氏が言うと、アサミはリクライニングシートに座る。
グィィィィ~~ンン…。
すると、アサミが座ったシートがゆっくりと倒れた。
「体験版なので、あなたの人生をダイジェストでお届けします。途中、何か質問がありましたら、私に声を掛けて下さい。ヘッドホン越しに、私があなたの質問に対して回答いたします」中出氏)
「分かった…」(アサミ)
「では、よろしいですか?、始めますよ」
中出氏がそう言うと、アサミは無言で頷くのであった。
「それ!」
中出氏はそう言うと、部屋の壁に設置してあるレバーを下に降ろした。
ガクンッ!
するとリクライニングに寝そべるアサミの全身が発光した!
ビビビビビ…ッ!
「え!?、ヤダ、怖い!、何これ!?」
白い光に驚くアサミ。
「さぁ…、だんだん眠くなって来ますよ…。目が覚めたら、あなたはもう、お金持ちのお嬢様です…」
中出氏が不気味な笑みでアサミに言った。
「う…、うううんん…」
強烈な睡魔に襲われたアサミの意識が、突然シャットダウンした。
To Be Continued…
あなたの人生、作り変えます!~プロローグ
あなたの人生、作り変えます! 後篇