揺れる想い (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



 1992年9月
千葉の館山にある藤田家の別荘邸

「うわあ!、海が目の前じゃない!?、いいところねぇ、のぞみ~♪」
ベランダ越しから、夕暮れの海を見た歌手の櫻井ジュンは、声を躍らせて言う。

ジュンは、マネージャーの、のぞみと、プライベートで千葉の館山に訪れていた。
それは、藤田のぞみの父が所有している別荘が、ここ館山にあったからだ。

のぞみは幼少期までは、毎年夏休みになると、この別荘へ家族と一緒に訪れていた。
北条海岸の目の前にあるこの別荘では、窓から相模湾が見渡せた。

「良かった♪、気に入ってくれたみたいで…」
海を眺めるジュンの背中に、のぞみが笑顔で言う。

「あなたン家ってスゴイわね!?、こんな立派な別荘を持ってて…、お父様は一体、何をやってる人なの!?」
ジュンがのぞみに振り返り聞いた。

「お父さんは、新調社で役員なんです」(のぞみ)

「新調社って、週刊新調のッ!?」(ジュン)

「はい…、でもお父さんは、映画とかの仕事に関わってるみたいです」(のぞみ)

「映画ぁ…!?、どんな映画なのかしら?」(ジュン)

「火垂るの墓って知ってます?」(のぞみ)

「知ってるわよぉッ!、私、劇場で観たわよぉ!、トトロと同時上映してた映画でしょ!?」(ジュン)

「はい…、それの制作実行委員でした」(のぞみ)

「そりゃあ…、こんな立派な別荘を持ってるワケだわ…(笑)」
のぞみの言葉に納得のジュンが、笑みを浮かべて言った。

「それよりも、ジュンちゃんごめんね…」
笑顔のジュンに、のぞみが突然謝る。

「何が…?」(ジュン)

「ジュンちゃんの作った曲を、ニューアルバムに入れるって話…」(のぞみ)

「ああ…!?、あのハナシ?、まぁしょうがないわ!」(ジュン)

「私が説得力なくて…、却下されちゃった…」(のぞみ)

「あなたのせいじゃないわよ!、ほら、そんな顔しないの!」(ジュン)

「はぁ…」(のぞみ)

「もぉ!、のぞみったら!、せっかくオフに、素敵な場所に来てるんだから、仕事のハナシなんかヤメテ楽しみましょう♪」(ジュン)

「そうね…」
のぞみがジュンに頷く。

「そうだよ!、さぁ!、美味しい晩御飯を今から作るから、あなたも手伝ってちょうだい!(笑)」(ジュン)

「はぁ~い…(笑)」(のぞみ)

「ふふふ…」(ジュン)

「ははは…」(のぞみ)

ジュンが笑うと、のぞみもつられて笑った。



笑顔の2人が立つ部屋の中には、開けた窓から入る緩やかな潮風が…。
夕暮れの北条海岸から入るその潮風は、少し涼しくて心地よかった。

夏が終わり、秋がやって来たのだと、ジュンは思うのであった。



 月日が流れ、時代は1998年になった。
ジュンは8月には、29歳になろうとしていた。

この頃になると、楽曲のマンネリ化で、ジュンの人気も徐々に落ち込んで来るのであった。

一方、ジュンの学生時代の先輩でギタリストのカズは、売れっ子スタジオミュージシャンとして活躍し出し、キリタニ・ジョーの方は、バンド解散後に俳優業で大成功し、今やTVや映画に引っ張りだこの状態となっていた。

彼らとジュンの立場は、完全に逆転してしまったのであった。

 この時代は、ソロのアイドル歌手よりも、大人数でパフォーマンスをする、アイドルグループの方が、人気の主流を占めていた。
代表的なのものでは、モーニング娘を始めとした、TV番組内の企画したオーディションで合格した、歌ウマ素人をデビューさせるというスタイルだ。

ソロ活動のジュンにとっては、苦しい時代の幕開けとなった。
人気が落ちて来たジュンは、CM契約数もどっと減り、辛うじて数本のCM契約と、ナレーターや、ローカル放送局での出演で、なんとか芸能生活を続けていた。

マネージャーの、のぞみも踏ん張り、たまにスポットで仕事が入って来る事もあった。
しかし、のぞみが取って来る仕事には、不思議とジョーと共演するものが多かった。
ジョーが出ているバラエティや、ラジオでのゲスト出演の誘い、または彼が出ているCMのBGMで、楽曲が採用される等々…。

ジュンは、うんざりしていた。
毛嫌いしているジョーの側で、落ちぶれて行く惨めな自分を、見られたくなかったのだ。



同年4月

そして、この日もジョーと共演するCM撮影の仕事が入っていた。
撮影の合間の休憩時間。

例の如く、ジョーがニヤニヤと笑みを浮かべながら、ジュンと、のぞみの側に近づいて来るのであった。

「よう!、どうだい調子の方は?、お二人さん!?」
ジョーが笑顔で、ジュンと、のぞみに言う。

「最悪よ…」
ムッとしたジュンが、ボソッと言った。

「は!?」
ジョーが、間の抜けた声で言う。

「最悪だって言ったのよ…ッ、あなたみたいなのと、一緒にここで仕事をしてるって現実が…ッ!」(ジュン)

「ははは…、そりゃあ悪かったぁ!(笑)」(ジョー)

「ジュンちゃん!、ジョーさんに失礼じゃないの!」
のぞみが、ジュンに注意する。

「何よ!、あなた、今やジョーの方が大物芸能人だからって、あいつに媚びる気!?」
ジュンが、のぞみに言う。

「そんな事、言ってないでしょッ!」
ジュンをたしなめるのぞみ。

まるで、どっちが年上なのか分からない関係である。
のぞみも、この頃には25歳を迎える齢となり、少し大人に成長していたのだ。

「まぁまぁ…、落ち着こうぜ2人とも…」
困り顔のジョーが、苦笑いして言う。
そのジョーにジュンは、「ふんッ!」と、そっぽを向く。

「なあジュン…、君は確か、学生のとき学園祭で歌ってるところを、今の事務所にスカウトされたそうだな?」
ジョーがジュンにそう尋ねる。

「それが何か!?」
嫌な顔つきで、ジョーに言うジュン。

「そして、その歌は、自分が作ったピアノのバラードだったそうじゃないか…」(ジョー)

「えぇ!?」
何が言いたいの!?と、眉間にシワを寄せるジュン。

「俺さ…、思うんだよ…。ジュン…、君は自分で曲を書いて歌った方が良いんじゃないかな?ってね…」

ジョーのその言葉に、「そんなの…ッ」と言いかけて止めた。
そんなの言われなくたって分かってるわ!、でも、やりたくても、やらせて貰えないんだから仕方ないでしょう!という言葉を呑み込むジュン。

「ジュン…、埼玉のC市は知ってるよな?」
むくれているジュンに、ジョーは話し掛ける。

「7月にC市のC神社で、夏祭りが行われる。それで夏祭りの当日に、神社の境内で小さな音楽イベントが行われるんだ」
ジョーの話をジュンは黙って聞いている。

「俺もアマチュアの時、バンドのみんなと出演(でた)事があるんだが、とても良いイベントだったよ」
「地元のみならず、県外からも観光客がたくさん訪れていたよ」

「アマだけじゃなく、ちょっとしたプロのミュージシャンも参加したりしてた。ジュン…、君もそのイベントに出演(でた)らどうだ?」
「歌を歌う場所を探してるンだろ?、君なら、きっと歓迎されると思うぜ…」

ジョーはジュンにそう話すのであった。
するとジュンは語気を強めてジョーに言った。

「ちょっとしたプロが参加してる!?、アナタ、私は、“櫻井ジュン”よ!、2年連続でレコード大賞を獲ってる歌手なのよッ!」(ジュン)

「分かってるよ…。でも、今の君は歌う場所が減って来ている…」
静かなトーンで、ジョーがジュンに言う。

「ギャラは幾らなの!?」(ジュン)

「ギャラ?」(ジョー)

「そうよ!、ギャラよ!」(ジュン)

「田舎町のイベントだ…。そこで2~3曲歌うだけだ。いくら君でも、出せて5万ってとこじゃないかな…?」(ジョー)

「5万!?…、バカにしないでよ!、それでどうやって、バックバンド集めて、機材を搬入する気よ!?、大赤字じゃない!?」(ジュン)

「儲ける為に出演(でる)んじゃない…。知ってもらう為に出演(でる)んだ…。言わば、将来への投資だ…」
「それに、ピアノは用意してある…。君1人で出演(で)れば良いじゃないか…。そこで、君が作ったバラードを歌えば良いじゃないか…」(ジョー)

「そんな田舎のイベントに出たところで、どうなるって言うのよ!?」(ジュン)

「ふっ…、ふふ…」
ジュンの言葉に失笑するジョー。

「何よ!?」
笑ってるジョーに、ムッとして聞くジュン。

「腐っても鯛とでも言いたいのか…?」
ジョーがボソッと、含み笑いしながら言う。

「え!?」
ジョーの嫌味に、反応するジュン。

「ジュン…、自惚れるんじゃねぇよ。何様のつもりだ?」
「お前は歌手だろ!?、場所なんか関係ない!、どこかでお前の歌を待ってる人の為に、お前は歌うんじゃないのかよッ!?」

「見損なったぜジュン…」

ジョーはそこまで言うと、ジュンにプイと背中を向けて、その場から立ち去ってしまった。

不機嫌そうにジョーの背中を見つめるジュンに、隣にいたのぞみが言う。

「ジュンちゃん!、私もジョーさんの言う通りだと思うわ!、あなたどうしちゃったのよ!?」
「せっかく、オリジナル曲が披露できる場所があるってのに、それを断るなんて…ッ!?」(のぞみ)

「嫌なのよ…ッ!」
すると小声で力強くジュンが言う。

「え?、嫌?」(のぞみが聞き返す)



「分かってる…ッ、バカな事、言ってるって分かってる…。分かってて、わざと心にもない事を言ってる…」
ジュンが身体を小さく震わせながら、小声で言う。

「なんでそんな事を…?」(のぞみ)

「あいつに頭下げて、仕事を恵んで貰うみたいな感じが嫌なのよ…!」
「自分が…、う…、惨めで…、嫌なのよぉ…。うッ…、うう…」

瞳を滲ませたジュンが、小さな声だが力強く、のぞみにそう言う。
のぞみは困惑しながら、ジュンを黙って見つめているしかなかったのであった。




 同年7月
東京 渋谷NHK放送センター

この日ジュンは、久々に歌番組に出演した。
番組名は「懐かしのヒットパレード」

ジュンは、この番組でデビュー曲を歌った。
櫻井ジュンはもはや、世間では懐メロ歌手として認知されているのであった。

歌い終えたジュンは、番組収録スタジオを後にする。

「お疲れさま~!」
笑顔でスタッフに言うジュン。

「お疲れ様でしたぁ~!」
そのジュンの挨拶に応える、TVクルーたち。

(あれ?、居ない?…、のぞみ、どこ行っちゃったのかしら…?)
辺りを見回しながらジュンが思う。

(先に駐車場に行ってんのかなぁ…?)
そう思いながら、ジュンは通路を歩き出した。

1Fまで降りて来たジュン。
彼女は駐車場がある方へ歩く。

通路の横はガラス張りで、その奥には中庭があった。
そして通路沿いには、テーブルとイスがいくつもあり、そこでは、よく番組ディレクターと朝ドラに出ている俳優が、軽い打ち合わせなどをしているシーンを見かけたものだった。

通路には、せわしなく行き交う、局のスタッフたち。
しかし彼らは、ジュンとすれ違っても、何も反応を示さなかった。
もはや自分は、興味の対象外なんだと感じるジュンなのであった。

その時、ジュンの後ろから彼女を呼ぶ声がした。

「ジュ~~ン!」
女性の声が呼ぶ。
振り返るジュン。



「あ!」(ジュン)
その女性を見たジュンの顔が、パッと明るくなった。

「弓緒(ユミオ)さんッ!」
そう言って笑顔で、その女性に近づいて行くジュン。



ユミオは、ジュンが高校生だった頃、親交のあった、青学の軽音サークルのバンドボーカルだった女性である。
プロの歌手も、彼女の前では裸足で逃げ出す程の歌唱力を備えているシンガーだ。

ジュンより年齢は3コ上で、ジュンがデビューした2年後に、ユミオもプロとしてデビューを果たす。
しかしヒット曲に恵まれず、実力がありながらも、次第に仕事は裏方中心となって行き、今ではバックコーラスがメインの仕事になってしまっていた。


「ジュン、今日はここで収録かい?」
ユミオが笑顔でジュンに聞いた。

「はい…、でも、懐メロの特集番組で…」
「なんか自分はもう、過去の人間なのかな?って、複雑な心境です」
ジュンがユミオに説明する。

「羨ましいよ…」
苦笑いでユミオがジュンに言う。

「え?」
その言葉にジュンが反応する。

「だって、なんだかんだ言ったって、あんたはこの業界で、爪痕を残せたじゃないか?」
「懐メロだろうが何だろうが、自分の事をメディアが取り上げてくれるんだよ!?」
「だから、あたしからしたら、アンタは羨ましいって言ったのさ…」

そう言ったユミオに、ジュンは「そんなもんなんですか…?」と、しんみりと言った。

「あの頃のみんなとは、連絡取ってるのかい?」
ジュンが組んでいたバンドメンバーたちとは連絡を取り合っているのか?と、ユミオが聞く。

「カズとは、たまに電話で話すくらいで…、あとは特に…」
バンドでギターだったカズの事を話すジュン。

「ああ…!、カズはスタジオミュージシャンになったんだってねぇ?」(ユミオ)

「知ってたんですか?」(ジュン)

「この前、レコーディングの仕事で一緒になったよ。彼、売れてきてるみたいじゃない?」(ユミオ)

「そうなんです…。いろんなレコーディングに参加してるみたいですね…?」(ジュン)

「こーくんは、転職したらしいね?、アパレルから雑誌社に…」(ユミオ)
※ジュンが当時組んでいた、バンドのリーダー兼ボーカル

「え!?、そお何ですかぁ!?」(ジュン)

「あれ!?、知らなかったぁ!?」(ユミオ)

「はい…」(ジュン)

「あたしは、さっき言ってたレコーディングで一緒になった時に、カズから聞いてたんだけどね…」(ユミオ)

「カズも最近は忙しくて…、明け方までレコーディングしてるから、電話も随分してないんです」(ジュン)

「本人からは、聞いてないのかい?」(ユミオ)

「こーくんとは、デビューしてからは会ってません…。あ!、一度だけ、年末に会いました…。でも、それ以降は一度も…」(ジュン)

「別れたんだぁ…?」(ユミオ)

「はあい!?」(ジュン)

「付き合ってたんだろ?、アンタたち…?」(ユミオ)

「私、こーくんと付き合った事なんて、1度もありません!」(ジュン)

「え?、そうなの?、だっていつも一緒に居たじゃないの?」(ユミオ)

「本当です!、彼とは何もありません!」(ジュン)

「ふぅ~ん…、複雑な関係だったんだねぇ…?」
ユミオがそう言って、ジュンをニヤリと見つめた。

「ユミオさんは、バンドの仲間たちと会ったりしてるんですか?」
今度はジュンがユミオに聞く。

「大学卒業してから何年かは、同窓会みたいなのもやってたけど、今は全然…」(ユミオ)

「クミチョウは、今どうしてるんですか?」(ジュン)

「クミチョウ…?、ああ…、クミの事…?、ははは…、あんた懐かしいね、その呼び方…(笑)」
ジュンの質問に、笑みをこぼすユミオ。



クミチョウとは、ユミオのバンドリーダーで、ドラム担当の女性である。
名前が、山口クミなので、山口組→クミチョウというあだ名になったと云われていた。

当時クミは、ジュンの事をよく可愛がっており、色々と相談にものってくれていたのだった。


「クミなら、結婚したよ」
ユミオが、クミの近況をサラリと言う。

「え!?、本当ですか!?」(ジュン)

「ああ…、もう3年くらい経つのかなぁ…?、今はダンナの実家がある、北海道に住んでるよ」(ユミオ)

「そうなんですかぁ…?」
ジュンは、当時クミから5歳上の恋人がいると聞いていた。
その男性(ひと)と、結婚したのだろうか?と、ジュンは思うのであった。

「ジュン…、あたしも結婚するよ」
すると今度は、ユミオも結婚すると言い出した。

「もう32になるからね…」
ユミオは少し照れくさそうに、苦笑いして言う。

「ええッ!?、そぉ~なんですかぁ!?、おめでとうございますッ!」
ユミオの言葉に驚きながら、ジュンは祝福する。

「だから歌手も引退する…」
そしてユミオは、少し寂しそうな笑顔でジュンに言った。

「え!?」
ジュンがまた驚く。

「もう、やるだけの事はやった…。だから良いのさ…。後悔はないよ…」(ユミオ)

「そんな…」(ジュン)

「ジュン…、お互い、そろそろ潮時かも知れないね…」
ジュンの現状を知っているユミオは、そう言う。

「……。」(無言のジュン)

「あんただって今年29になるんだろ?…、将来の事も、そろそろ考えなきゃ…」
黙ってしまったジュンに、ユミオは明るく微笑みながら言った。

その時、ジュンと向き合うユミオの背後から、マネージャーの、のぞみが現れた。

「ジュンちゃ~~ん!、どこ行ってたの~!?、仕事取って来たよぉ~!」
そう言いながら、駆け寄って来るのぞみ。

「じゃあ、あたしもう行くから…」
その様子を見て、ユミオがジュンに言う。

「あ…、あの…、式はいつ挙げるんですか…?」
オロオロしながら聞くジュン。

「式は挙げないよ。そんなお金ないしね…」
歩き出したユミオが、振り返って苦笑い。

「じゃあね!」
そう言ってジュンに手を挙げるユミオが、ジュンの傍に来たのぞみと目が合った。

のぞみに、無言の笑みで会釈するユミオ。
そして、のぞみも慌てて頭を下げる。

くるりと踵を返し、通路を歩き出したユミオ。
その後ろ姿を見つめながら、ジュンもペコリと頭を下げる。

顔を上げたジュンは、何とも言えない虚しさが込み上げて来た。
この世界に、ほぼ同時期に入った、尊敬するユミオが去って行く事に…。

「ジュンちゃん、どうしたの?」
隣に立つのぞみが、ジュンの表情を見て聞く。

「ううん…、何でもないよ…(笑)」
顔を左右に振って、ジュンが笑みを浮かべて言った。

「ところで、新しい仕事は、どんな仕事?」(ジュン)

「ジョーさんの出てるドラマの、劇中挿入歌の話を貰って来ましたぁ~♪」
のぞみが、笑顔でジュンにそう言った。

「うぇッ!?、またぁアイツ絡みのシゴトぉ~!?」
ジュンが嫌な顔をして言う。

「ジュンちゃんッ!、仕事選んでる場合じゃないでしょッ!、オファーがあるだけでも幸せなんだよッ!」
少しむくれて言うのぞみの言葉に、ジュンは先程のユミオの言葉を思い出す。

「懐メロだろうが何だろうが、自分の事をメディアが取り上げてくれるんだよ!?」
「だから、あたしからしたら、アンタは羨ましいって言ったのさ…」(ユミオ)

(そうなんだよなぁ…)
ジュンはそう思うと、自分の言動を反省するのであった。



 月日が経ち1999年の12月
僕は33歳になり、ジュンの方は30歳になっていた。

この頃には、僕の1stアルバムのレコーディングも大詰めに入っていたのだが、アルバムをリリースしたらその後、音楽をプロとしてか、インディーズとしてか、どっちでやっていくのかで、悩み考えていた時期であった。

 ある日の夜、僕は仕事帰りに、西武線の上石神井駅にあるBAR、「ARROWS」で1人酒を飲んでいた。
すると、合コンに行ってるはずのグリオから携帯にメールが入った。

(アニキ、今から飲みませんか?)

僕はグリオにメールの返信をする。

(良いけど、お前合コンは?)

(ダメです…。かわいいコはリョウちゃんだけで、あとはホンコンとタシロと大差ありません。なので2次会はパスです)

あ~、行かなくて良かった…(笑)

グリオからのメールを見た僕は、そう思いニヤニヤした。

(今、ARROWSで飲んでるからお前も来いよ)

(分かりました。タクシー飛ばしてスグ行きます!)

そんなやり取りを、僕がグリオと交わしている頃、ジュンはギタリストのカズと、久方ぶりに電話で話をしていたそうだ。



 場面変わって、石神井公園近くのカズの自宅

「へぇ~、お前もユミオと会ったんだぁ?」
携帯電話を手にしたカズがジュンに言う。

「うん…、ユミオさん、歌手を辞めるってそん時、聞いて凄いショックだったよ…」
自宅のマンションから携帯で電話を掛けているジュン。

「あいつは、お前みたいに売れなかったからなぁ…」(カズ)

「私だって今は全然だよ…。デビューしたての頃にヒット曲出せたのも、単なる運みたいなもんだし…」(ジュン)

「運も実力の内って、言うじゃねぇか(笑)」(カズ)

「そう言われてもね…。あ!、そうだ!、こーくんって、転職したんだってね?」(ジュン)

「そうそう!、よく知ってンなぁ?」(カズ)

「ユミオさんに、その時、聞いた」(ジュン)

「あいつも、やっとサービス業から離れて、土日が休みの会社員になったよ(笑)」(カズ)

「こーくんは元気なの?」(ジュン)

「元気!、元気!、俺、あいつと今、レコーディングしてんだよ(笑)」(カズ)

「え!?、彼、プロになるの!?」(ジュン)

「いや…、インディーズで、フルアルバムを作ってる。12曲入りの…」
「あいつのソロアルバムの手伝いを、週末にやってるんだ俺ん家で!」(カズ)

「フルアルバム…?」(ジュン)

「そう…、だから大変な作業だよ。なんせ1週間に1日しか録音出来ないから、1年がかりの作業だよ(苦笑)」(カズ)

「楽しい?」(ジュン)

「ああ…楽しいよ♪、何かさぁ…、学生時代を思い出すよ(笑)」(カズ)

「その日の録音作業が終わったら、飲みに行ったりしてるの?」(ジュン)

「そう!(笑)、あの時と、まったく一緒!」(カズ)

「ふぅ~ん…」(ジュン)

「それからあいつ、小さなライブBARで、弾き語りもやり始めたよ」(カズ)

「弾き語り…?」(ジュン)


人生の輝きをもう一度… ~ Tanaka-KOZO

「アコギの練習を転職してから始めてさ…。ヘタくそだけど、1人でギター弾いて、歌って、頑張ってるよ(笑)」(カズ)

「そうなんだぁ…?、彼はプロでやる気になったのかしら…?」(カズ)

「それは分からん…。でも、あいつは他人に指図されて楽曲を作りたくないっていうタイプだからなぁ…」
「やっぱプロって、嫌な仕事も割り切って引き受けなきゃダメじゃん?、お前も分かってると思うけど…」(カズ)

「まぁ…、そうね…」(ジュン)

「あいつは、自分の作った1曲、1曲に思い入れが強すぎるから、商業的な生産は出来ないんだよ」
「普通さ、アルバムの中に、“捨て曲”てあるじゃん?」
「あいつには、そういうの無いんだよ。自分の作った曲は、みんな平等に愛しちゃってンのよ(笑)」(カズ)

「でも…、その気持ち、今なら凄い分かる…。だって今、全然楽しくないもん。流れ作業みたいに曲作って、愛着が湧く前に、もう次の曲を渡されて…」(ジュン)

「俺も一緒だよ…。興味のねぇ音楽やアーティストらの曲を提示されて、それを演奏してばっかだし…」(カズ)

「もしかしたら1番好きなものは、“仕事”にしちゃいけないのかも知れないね?」(ジュン)

「そうだな…?、好きなものなのに、好きな様にやらせて貰えなくて…、でも、食べてく為にはそうしなきゃならない…」(カズ)

「こーくんみたいに、食べていける余裕が出来てから、好き勝手に音楽やる方が楽しいかもね…?」(ジュン)

「そうだよな…?、あいつ賢いな…?(笑)」(カズ)

「カズ…、実は私さ…、歌手を…」(ジュン)

「おおっと!、そうだ!、ジュンッ!」
カズが、何か言おうとしたジュンの言葉を慌てて遮り言う。

「何?」(ジュン)

「お前、最近ヒマになって来てンだろ?(笑)」(カズ)

「まあね…(苦笑)」(ジュン)

「だったら、今度、俺ん家来いよ!、俺たちのレコーディング見に来いよ♪」(カズ)

「え!?」(ジュン)

「お前の中で眠ってる、置き忘れたものが発見できるかも知れねぇぞ♪(笑)」(カズ)

「私の中で眠ってる…、置き忘れたもの…?」(ジュン)

「そうだよ!、それに、あいつとは、もう随分会ってないンだろ!?(笑)」(カズ)

「うん…」(ジュン)

「だったら1度見に来いよ!、同窓会だ!」
「年が明けたら、すぐレコーディングを再開するからよ♪」(カズ)

「行ってもいいの…?、本当に…?」(ジュン)

「当たり前だろ!?、何、遠慮してんだよ?、その代わり、差し入れ忘れんなよ!?(笑)」(カズ)

「差し入れ…?」(ジュン)

「牛丼!(笑)」(カズがニヤッとして言う)

「あ!」
そう言ったジュンが思い出す。
高校時代、カズはいつも荻窪駅前の松屋で、牛丼を食べてから家に帰っていた事を…。

「分かった!、牛丼買ってくね♪」(ジュン)

こうしてジュンは、バンドボーカルの彼と11年振りの再会する事となるのである。

… to be continued.