99s SUMMER! (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



1999年 3月

世の中では、8月に起こると噂されている“ノストラダムスの大予言”で云われているハルマゲドンの到来に、ちょっとだけビビッて人々は暮らしていた。

そんな中、サーフ系雑誌“F”で働くグリオと中出氏は、4対4の合コンを新宿で行っていた。
合コン相手は、グリオが学生時代の知り合いを通じて集められた女性たちであった。


居酒屋 王民 お座敷宴会場 週末の金曜日 午後7時

「え~…、今夜は“異業種交流会”にお集まりいただき、ありがとうございます」
「それでは乾杯の前に、まずはお互いの自己紹介から始めましょうか…」

お座敷の長テーブルに座る女性4人に向けて、グリオが笑顔で言った。



「では、まずは男性陣から自己紹介を…、僕はグリオです。音楽と酒と古着が好きな24歳です!」

グリオがそう言うと1人の女性が、「つまんなぁ~い!、ありきたり~!」と、チャチャを入れる。
どうやらその女性が、グリオの学生時代からの知り合いの様だ。

「ぐぅぅ…、じゃ、次、オギワラ…」
グリオはそう言うと、次の自己紹介をオギワラという男に振った。

「どうもぉ~♪、オギワラっすぅ~!、別に女に困ってるってワケじゃないスけど、来ちゃいましたぁ~♪」

オギワラが、そう自己紹介をすると、女性陣は“何?、コイツ…?”と、いう表情をして引くのであった。



※オギワラは、場の空気がまったく読めないアホであった。顔はお笑い芸人の“ゆうたろう”に似ていた。石原裕次郎ではなく、飽くまで、ゆうたろうの方である。

「次…」
グリオがしかめっ面で言う。

「小野です!、今日はご機嫌麗しゅう…、どぉほほほほほほッ!」
坊主頭でメガネの小野が、彼独特の笑い声を上げる。

※小野は、コメントに困ると、この独特の笑い声で誤魔化そうとする。

「こいつさぁ~!、ドーテーなんだよぉ!」

小野の隣に座るオギワラが、いきなり女子に向かって、小野の触れて欲しくない真実を暴露した。
目の前の女子が1人、「プッ…」と、小さく噴き出した。

「ちッ…、ちがいますよぉぉ~ッ!」
それを見た色白の小野が、顔を真っ赤に染めて弁解する。

「なんだよぉ~!、嘘つくなよぉ~!、23年間、童貞じゃねぇかよぉ~!(笑)」(冷やかすオギワラ)



「ちがいますよぉぉ~ッ!、どぉほほほほほほッ!、どぉほほほほほほッ!」
小野が取り乱す。

「隠すなよぉ~!、小野ぉ~!(笑)」(オギワラ)

「どぉほほほほほほッ!、どぉほほほほほほッ!、どぉほほほほほほッ!、どぉほほほほほほッ!」」

オギワラのコメントにパニック状態の小野が、もはや制御不能の、どほほ笑いを繰り返す。

それから数分後、小野の発作が治まると、最後に中出氏が自己紹介を始めた。


「ナカデです。中出氏と呼んでください…」
彼はそう言うと、中指でメガネのフレームをくぃっと押し上げた。

「それだけ…?」
中出氏に1人の女性が聞く。

「はい…」
中出氏がニヤッとして言う。

「もっと自己アピールしたらぁ~?」と、他の女性も言う。

「ダメです…。私は、自分の事を話せば話すほど、周りにいる女性が私から離れて行く傾向があるので、今はここまでです」

中出氏がそう言うと、女性たちは「へぇ…、そうなんだぁ~?」と言う。

(確かにそうだよな…)

そのやり取りを見ているグリオは、心の中で納得するのであった。


「じゃあ次は女子がお願いします」
グリオが女性陣に自己紹介をお願いする。

女性陣が自己紹介を始める。
しかし女性たちは気恥ずかしいのか?、自分たちの名前しか自己紹介では言わない。

「陸奥英子です…」
そう言ってペコリと軽く頭を下げる女性。

「多田薫です…」
同じくペコリの女性。

「亜月優です…」
同じくペコリ。

そして最後の4人目の女性の番となった。

その女性は他の女性と違って、いきなり長テーブルの上に足をドン!と、かけると、男性陣に向かって叫び出した!



「土田ヨシコじゃ~~~~~~~~~~~ッ!!」

「うわぁッ!」(驚いて仰け反る男性陣)

「ぐわぁははははははーーーーッ!」
それを見た土田ヨシコは、左右の手を腰に当てて大笑いした。

「あ~、びっくりしたぁ…」
グリオは冷や汗をかいて、そう言うのであった。


そして合コン開始から30分経過後。

「じゃあ、そろそろシャッフルしましょうか?」
中出氏が笑顔で女性陣へそう伝える。

「さんせぇ~い!」
笑顔のオギワラと小野が、間の抜けた声で同調する。

解説をしよう!

“シャッフル”とは、合コンにおいて、男女が、より一層親密になる為に、座席を男女に別かれず、男女入り混じっての席替えの事である!← (説明しなくても分かるか…)


「ちょっと待ってぇ~…、トイレ行ってくる」

陸奥英子がそう言って席を立つと、多田薫や亜月優、土田ヨシコも「あたしも~」、「あたしも~」と、引きずられる様に一緒にトイレへ行くのであった。

「どうやら女子は、トイレで作戦会議の様ですね…」

トイレに歩いて行く女性陣の後姿を見て、中出氏がニヤッと笑いながら言う。

「ナカデさん…、俺たちもそろそろ、誰がどの女に行くか、担当を決めときましょうよ!」
グリオが中出氏に言う。

「そうだなぁ…、俺、多田薫ちゃんにしよっかなぁ…」
オギワラがニタニタして天井を見上げながら言う。

「バカッ!、お前は土田ヨシコだよッ!」(グリオ)

「ええッ!、俺、ヤですよぉ~!、カンベンして下さいよぉぉ…!、小野!、お前、土田ヨシコに行けよ~!」(オギワラ)

「ええッ!、俺がぁ~ッ!?、ヤダよぉぉ!」(小野)

「いいじゃん!、お前、童貞なんだからぁ!」(オギワラ)

「そんなのカンケーないじゃんかよぉッ!」(小野)

「そりゃ良い考えかも…」(納得するグリオ)

「何言ってんですかぁ!、グリオさんまで!、もぉ…、どぉほほほほほッ!、どぉほほほほほッ!…」(小野)

「まぁまぁ…、落ち着きましょうよ…」(笑顔の中出氏)



「落ち着けませんよぉぉッ!、どぉほほほほほッ!、どぉほほほほほッ!…」(小野)

「良かったら私、行きましょうか…?、土田ヨシコ…」(澄まし顔の中出氏)

「ええッ!?、良いんですかぁナカデさん!」(グリオ)

「構いませんよ…」(澄まし顔の中出氏)

「ストライクゾーン、広すぎませんか…?」(オギワラ)

「というか…、大暴投でしょ?」(小野)

「まるで悪球打ちの岩鬼じゃないですかぁ!?」(グリオ)

「私の人生、バーリトゥード(何でもアリ)ですから…」
そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをくいっと押し上げるのであった。


そしてシャッフルした後、程なくして合コンの1次会は終了した。

「次、2次会どうする~?、カラオケに行く~?」
店を出た女性陣にグリオが言った。

「ごめ~んグリオくん、今日は帰るわぁ~、明日早いからぁ~…」

グリオの知り合いの陸奥英子はそう言うと、女性陣は駅の方に向かって歩いて行ってしまった。

「残念でしたねぇ…」
女性陣の後姿を見つめるグリオに、小野が言う。

「チッ…、脈ナシか…」(グリオ)

「明日用事があるんじゃ、しょうがないですよ」(小野)

「バカ!、そうじゃねぇよ!」(グリオ)

「え?」(小野)

「陸奥英子と電話で昨日、合コンの打ち合わせしてた時は、明日はオールナイトだ!って、盛り上がってたんだよッ!、あんなの嘘だよ!」(グリオ)

「ええ!、そおなんですかぁ~!?」(小野)

「くそ~…、アニキがいねぇと、やっぱイマイチ盛り上がんねぇなぁ…」(グリオ)

「こーさんは、何で来なかったんですか?」(小野)

「知らねぇよ!、ガーラ湯沢から帰って来てからは、なんか1人でコソコソやってるみたいだな…」(グリオ)

「オンナでも出来たんですかね?」(オギワラ)

「分からん…、でも、オンナ作ったら俺に言うと思うんだけどなぁ…?」(グリオ)

「これでまた、合コン相手を探さなきゃなりませんね…」(中出氏)

「くそ~…、ウチの部署にはカワイイコが1人もいねぇからなぁ~…ッ、だから、こんなしょっちゅう合コンしなきゃなんねぇんだよなぁ…」(グリオ)

「なんでウチの部署には、カワイイコを入れないんですかねぇ…?」(小野)

「いくらカワイイコが入って来ても、いつもホンコンとタシロがイジメて、すぐ辞めさせちゃうんだよぉ!」(グリオ)


※本紺(ホンコン) 編集部デザイナー

「ホントですかぁッ!?」(小野)

「ああ…、ホントだ」(グリオ)

「だったら、良い知らせがありますよ」(オギワラ)

「なんだよ良い知らせって…?」(オギワラにグリオが聞く)

「あの2人、今月いっぱいで退職するみたいですよ」(オギワラ)

「まじぃ~~~!?(笑)」(グリオ)

「ええ…(笑)」(頷くオギワラ)

「よっしゃぁあああッ!、これでウチの部署にカワイイコが入って来ても安心だぁ~ッ!(笑)」
両手拳を握りしめて、グリオが力強く言う。

「大変ですねぇ…、いろいろと…」(澄まし顔の中出氏)

「何、他人事みたいに言ってるんすか、ナカデさん!」
そう言って中出氏を見たグリオが「うわぁあああッ!」と、いきなり驚き仰け反った!

叫んだグリオが見た光景は、中出氏の腕に自分の両腕を絡めて立つ、デレデレした土田ヨシコの姿であった!

「じゃッ!…、私、今日はこの辺で…」
右手をサッと上げてグリオに挨拶する中出氏。

中出氏はそのまま、土田ヨシコと身を寄せ合いながら夜の街へと消えて行った。

「うげぇ~…、ナカデさん、お持ち帰りしちゃったよぉ…」

茫然としたグリオが言う。
傍に居た小野とオギワラも、冷や汗を垂らしながら中出氏の後姿を見送るのであった。



 そして週が明けた月曜日
サーフ系雑誌“F”編集部。

「アニキッ!、ホンコンさんとタシロさんが、3月いっぱいで会社辞めるって話し聞きましたぁ?」
グリオが僕の席に来て、小声で言った。

「ああ…、さっき編集長から聞いた」
僕が言う。

「そうなんですか…、じゃあデザイナーの人数減っちゃって大変ですね」(グリオ)

「うん…、でもなんか新しいデザイナーをもう採用したらしいぜ」(僕)

「女性ですか?」(グリオ)

「ああ…、今年、デザインの専門学校を卒業する若いコみたいだ」(僕)

すると突然、中出氏が大きな声で僕らの話に割り込んできた。


「今度こそ、可愛い女の子が入って来ると良いですねッ!?」


(お前…、なんて恐ろしい事を…ッ!)
僕とグリオはそういう表情をして、中出氏を見つめた。


「ん?」
状況が掴めない中出氏は、澄ました表情でそう言う。

僕とグリオが無言で、うつむいていると中出氏は自分の後ろを、そ~と振り返った。
そこには、怒り顔のホンコンとタシロが立っていた!

「うわぁああああ!、すいませんッ!、すいませんッ!」(中出氏)

俺、知~らねっと…。

関わりたくない僕とグリオは、中出氏を置き去りにして、その場から、そ~と立ち去った。



 4月になった。
例の新しい女性デザイナーが入社して来た。

「野中涼子です。宜しくお願いします」

彼女が皆の前でそう挨拶を済ますと、編集部の男性連中が「イヤッホゥッ!」と叫び出した。
グリオはアクションが大き過ぎて、ジャンプまでしていた(笑)

新しいデザイナーは、美人だったのだ。


 リョウ(涼子)は新卒だったが、仕事の飲み込みが早く、すぐに即戦力として活躍し出した。
性格も明るく、彼女は編集部のマドンナ的存在になるのであった。






 5月

「久保木くん…、ちょっと良いかな?」
「この前言ってたロゴマークなんだけど、このブルー地をオレンジの文字でベタ抜きしてくれないか。文字のフォントは任せるけど筆記体が良いな…」


サーフ系雑誌“F”編集部。
僕は自分で描いたラフスケッチを、デザイナーの久保木に渡しながら言った。


「何やってんですかアニキ?、コソコソと…」
久保木と話している僕に、グリオが言ってくる。

「俺のロゴマークを作ってくれと頼んでたんだよ」

「アニキのロゴマーク?」

「ああ…、ロゴマークが出来たら、販促品を作ってライブ会場で売るつもりだ」

「プロみたいですね」

「今時は、ちょっとしたインディーズバンドの連中だったらそれくらいやってるよ」

「へぇ…。どんな販促品を作るんですか?」

「ステッカーと缶バッジとTシャツだな」

「本格的ですね」

「ロゴが完成したら、CDアルバムの盤面にもそれをクレジットする」

「アルバム作るんですかッ!?」

「そうだ…。サニーのプロデューサーに渡さなかった曲が8曲ある」

「シングルで良いんじゃないですか?」

「シングルなら、誰でも作れる。それじゃダメなんだ。フルアルバムだからこそ作る意味がある」

「金掛りそうですね?」

「そうだな。ディストリビューターも通すからな…」

「ディストリビューター…?」

「流通業者の事だ。ディストリビューターを通せば、インディーズでも、大手CDショップやamazonと取引できる。つまり世界中がマーケットの対象となる」

「手売りや委託販売中心の、自主製作盤を作るのかと思ってましたよ」

「それじゃあ金掛ける意味がない。だからレコーディングした音源も、その後、専門業者に渡し、マスタリングして音圧を上げる」

「まるでプロじゃないですか!?」

「ある程度、プロと同じ土俵に立たなければ戦えないからな…。だからディストリビューターを通すんだ」
「その為には、自分の音楽レーベルも立ち上げなきゃディストリビューターと取引できない、だからそれもやる」

「レコーディングするスタジオ代や、バックミュージシャンのギャラだけでも相当いきますね?」

「だから、レコーディングはカズに頼んだ」

「あの自宅にスタジオ持ってるギターの人ですか?」

「そうだ。あいつは元々ヘビメタ出身だから、エレキで速弾きやライトハンドもお手の物だ」
「あいつはその後、プリンスに傾倒してファンクに走っているから、カッティングも問題ない」

「更に俺の影響で、アコースティックギターでフィンガリング奏法も、スライドギター奏法もマスターしてる」
「だから俺があいつと組めば、バックを雇わなくても、ベースもドラムもコーラスも自分たちで全てまかなえるという訳さ」

「レコーディングは7月から始める。そうなったらお前とも当分飲みに行けないな(笑)」

「どのくらい掛るもんなんですか?」

「まぁ1年は掛るだろうな…」

「1年も!?」

「そりゃそうだろう、フルアルバムだぜ。カズの曲も4曲提供してもらうから、12曲を休日の合間に少しづつ録音する」
「録音も今日はドラムとベースだけ、翌週はリードギターとギターソロってな感じで、1曲録り終えるのに何日も掛る…」

「長丁場ですね?」

「ああ…、だが本当に忙しくなるのはCDが完成してからだ。プロモーションをしなければならない」

「プロモーションもですか?」

「そうだ。自分で全てやるんだからな。メディアや販売店にプロモ活動しなきゃ、在庫を抱えちゃうからな」
「お前、CDは作ったら勝手にCDショップが注文してくれて、お店に並ぶとでも思ってんのか?」」

「そうじゃないんですか?」

「あれは各CDショップへ営業して、店に置いてもらうんだ」
「新星堂なんかはまだ良いよ、本社を押さえれば取引が済むから…」
「問題はタワレコやHMV、ディスクユニオンとかだ。あれらは全部各店舗にいるバイヤーを、それぞれ捕まえて営業を掛けなきゃならいんだから…」

「ゲッ!、相当キツイっすね!?」

「そうだよ。せっかく営業しても、今食事に行っていませんとか、レジ打ちしててしばらく戻りませんとか、そんなのばっかりだ」
「やっと担当者捕まえてサンプル音源を渡しても、その後、いつ連絡しても、まだ聴いてません…。てな感じだしな」
「だって1日に、俺みたいなやつからのサンプルCDが100枚くらい届くらしいから、無理もないよ」

「これはラジオ局にCDサンプルを送っても、これと同じことが言えるんだ」
「つまりインディーズが店に置いてもらったり、ラジオで曲を掛けてもらうってのは、たまたまCDを聴いてくれて、たまたま聴いた担当者の好みだったという奇跡が続いて、初めて成立するんだよ」

「僕は手伝いませんよ!」

「分かってる…。こんな重要な仕事を他人に頼んで、いい加減にやられたら、それこそアウトだ」
「こういう事は、身銭切ってやっている本人しか、本気でやらないから自分だけでやるよ」

「ああ…、そうだ!、ところで来週から6月いっぱいまで、CDアルバム用の素材の撮影を始めるつもりなんだ」
「今なら海も空いてるからな。だからレコーディングは7月からにしたんだ」

「そーなんですか…。で…?、オチは…?」

「だからお前も付き合えよ。海で俺を写真撮影してくれよ」

「ヤですよ。なんでアニキと男同士で海に行かなくちゃなんないんですか?、どうせこの時期に海なんか行ったって、ナンパできる水着の女の子が海岸にいる訳でもないし…」

「そうかぁ…。弱ったな…、写真素材はレコーディング前に終わらせておかないとマズイんだよなぁ…」

「良かったら私、手伝いましょうか?」

「へっ!?」
そう言って僕が振り返ると、そこには新人デザイナーのリョウが立っていた。

「君がッ!?」



「私、写真が趣味でよく海とか撮影しに行くんです。一眼レフも持ってます」

「良いのかッ?」

「はい…。なんか面白そうじゃないですか!」

「よっしゃッ!」
小さくガッツポーズする僕。

「いやぁ~、君、良いやつだなぁ…」
僕がリョウの肩を軽くポンポン叩いて言うと、「行きますッ!」と、後ろから急にグリオの声。

「ん?」
後ろを振り返る僕。

「行きますッ!」
もう一度、僕の事をしっかりと見つめたグリオが言う。

「もういいよ!、お前には用はないから…」
僕は手首を振って、グリオを追い払う様な仕草をした。

「ダメですッ!、アニキとリョウちゃんを2人っきりで、海になんか行かせられません!」
「彼女は編集部の期待のホープです!、もしアニキが手を出したりでもして、辞められたら大変な損失になります!」

「お前、人の事ジロー・ラモみたいに言うなよ」

「飛びますッ!飛びますッ!ですか?」と、影絵の狐みたいな指の形を両手で作るグリオ。



「そりゃ二郎さんだろがッ!」(※坂上二郎)

「とにかくホンコンみたいに、アニキの犠牲になって辞める女性を、これ以上増やす訳にはいきませんッ!」

「えッ!、ホンコンさんってそうなんですかッ!?」
驚くリョウ。

「そうです!」
真顔で言うグリオ。

「いやッ…、ちがッ…、お前!、ホンコンが辞めたのは、俺とはカンケーねぇだろッ!」
グリオとリョウを交互に見つめながら、僕が慌てて言う。

「リョウ聞いてくれ!、それはありえないから…。君も実物のホンコンを見たら、それはありえ無いって分かるからッ!…」


※実物の本紺(ホンコン)

「女性に対して酷いこと言いますね、アニキは…ッ」

「お前なぁ…」
僕は、わなわなと震えてグリオに言う。

「分かったよ…。だが遊びじゃないぞ。撮影の邪魔だけはすんな!分かったな?」



「イヤッホゥッ!」
グリオはそう言ってジャンプした。



 僕はその夜、平日だがARROWSへ久々に飲みに来ていた。
サキからメールが入り、今日は久しぶりにバイトへ入るから来て欲しいという連絡があったのだ。



※サキは新宿にある「EXP」という音楽専門学校に通っていて、夜は学校の寮がある上石神井で、ARROWSという駅前のBARでバイトをしていた。そして彼女は先日、アイドルロックバンドのドラマーとしてプロデビューをした。


「それベースじゃないのか?」
カウンターに立つサキの後ろに立て掛けてあったベースを見て、僕が言う。

「うん…、ドラムのキドー先生がリズムを学ぶ為には、他のリズム楽器の事も知っていないといけないって、それでベースも授業で習うんだぁ…」
サキが言った。

「へぇ…そうなんだ?」

キドー先生とはEXPの講師だ。

僕が20代前半頃までは、当時ヘビメタブームだった。
その時の立役者である、マーズシェイカーのドラマーだった人物である。

「ドラムも、ただロックのビートを習うんじゃなくて、レゲエとかR&Bとかいろいろ叩かされるんだよ」
僕のグラスに、ハーパーをつぎながらサキが言う。

「へぇ…そうなんだぁ…?」
「まぁそれで話は戻るんだけど、俺はしばらくレコーディングで忙しくなるから、ここにはあまり来れなくなるから」


グラスのバーボンロックに口をつけた僕が、さっきまで話していた事を再びサキに言う。


「グリオさんと海で撮影とか楽しそうだね?」
サキが少し沈んだ声で言う。

「そんな声出すなよ…。君がプロになったお陰で、俺だってもう一度挑戦してみる気になったんだぜ」

「東京に出て来たばかりの頃は楽しかったなぁ…」
懐かしむ様に、サキが天井を見上げて言った。

「でも、君はデビュー出来た。それが叶ったんだから良かったじゃないか?」

「おっと!、もうこんな時間だ…。じゃあ俺、明日も仕事だからそろそろ失礼するよ」
BARの時計を見た僕が言う。

「帰っちゃうの?」

「平日だぜ…。この後、三男坊には行けないよ」

「しばらく行ってないね?」

「仕方ないさ、君は週末と休日が主に忙しくなるんだから」

「それじゃあまた…」
僕はそう言うと、ARROWSを後にした。




 それから僕は、5月、6月とグリオとリョウを引き連れて、伊豆や湘南にCDアルバムの素材を撮影しに出かけていた。

夕暮れの稲村ガ崎海岸。

「走れッ!走れッ!」 

グリオが僕に笑いながら指示を出す。

僕は青春ドラマの1シーンみたいに、夕暮れの海岸を全速力で走らされた。

カシャシャシャシャシャシャ……。

それをリョウが、カメラで連写する。

「あのさぁ…。このシーン、CDジャケのどこで使えるんだよ?」
息をハァハァさせた僕がグリオに聞く。

ははははは…。
それを聞いて笑う、グリオとリョウ。

「俺はお前と言う人間が、よく分からんよ…」

僕がグリオにそう言うと、僕のケータイがブルブルと震えた。

ポケットをガサゴソしている間に、電話を取り損ねてしまった僕。

着歴を見るとサキからだった。
僕は折り返し電話を掛けてみる。

(お掛けになった番号は、電波の届かない場所におられるか、電源が入っていない為、掛りません…)
僕のケータイから、そう聞こえるアナウンス。

(TV収録の合間に掛けてて、忙しいんだな…)
僕はそう思うと電話を切った。

「カノジョさん?」
隣にいたリョウが、僕にそう聞いた。

「いや…、そんなんじゃないよ…」
僕はリョウへそう応えた。



 その日、海での撮影を終えた僕は、グリオとリョウとで、近くの海鮮居酒屋で飲んでから家に帰った。
だから自宅に到着した時刻は、深夜12時を回っていた。

あの後、何回かサキから電話があったが、タイミングが悪く電話に出る事が僕は出来なかった。
その度に折り返してみるが、彼女も電話には出なかった。

僕は家からサキに電話を掛けてみる事にした。

「はい…」
すれ違っていたサキが、やっと電話に出た。

「起きてたか…?」

「うん…、まだ寝る時間じゃないよ」

「そうか…。で、どうしたんだ?」

「別に…」

「なんだよ?、なんかあるから電話して来たんだろ?」

「何かないと電話しちゃダメなの?」

「そんな事ないけど…、でも気になるじゃないか…」

「なんか忙しい割には、パッとしなくてさぁ…」

「バンドの事か?」

「うん。なんか全然楽しくないよ」

「仕事とはそういうものさ」

「朝は早起きして、近所のスタジオで個人練習してから学校行ってさ…」

「ほう…」

「エイマックスからは、もっともっと痩せろって言われて、夜にはジョギングも始めたよ」

「別に今だって痩せてるじゃないか!?」

「でも、アイドルグループなんだから、もっともっと華奢にならないとダメだって…」

「そんなヒョロヒョロに痩せて、ドラムなんか叩けるのかよ?」

「だから毎日すごい疲れる…」

「君が弱音吐くなんて珍しいな…?、まぁそれだけ厳しい世界なんだろうな…」

「たまには、パ~と飲みにでも行きたいよ!」

「仕方ないさ。お互いに生活環境が変わったんだ」
「それに君だって、一応アイドルという事なんだから、これからバンドが売れて来たら、深夜に俺と酒なんて飲んでる訳にもいかなくなるぞ」

「何で?」

「スキャンダルになるだろ?、もっと自覚しろよ」

「ねぇ…、プロって何なの?」

「プロってのは、金がいろいろと絡んでくるから、制約は付きものだ」

「それなら、人と会えないじゃない?」

「そういう事だ。そうやって段々と疎遠になって行き、やがて君も俺の事とかも忘れていくよ」

「そんな事ないよ…」

「まぁ、今のところは、君もまだそんなに売れてないから、顔も世間にゃ割れてないだろう…?」
「今度、寮まで車で迎えに行くから、そしたらまた関町のドンキーでも行って、ハンバーグでも食べに行こう」

「わ~い♪、いつ、いつッ!?」
電話越しでサキが言う。

「おとなしく良いコにしてたら連れて行く…」
僕が言う。

「おとなしく良いコ…?」

「そうだ…」

「ごろにゃん…」

「ふふ…、良いコだ…」
僕は電話越しでふざけてるサキに、思わず笑ってしまった。


こうしてサキと会う約束をした僕であったが、その後も互いにすれ違い、一緒に出掛ける事はなかったのであった。





7月

 アルバムのレコーディングが始まった。


レコーディングは、カズがプログラミングしたドラムに、まず僕がサイドギターを録音し、それにカズがベースとギターを録音した。
そしてそのオケに、僕がボーカルを入れて、最後に、コーラスやギターソロを入れる。

各パートをいっぺんに録れないので、2曲を仕上げるのにも、一ヶ月は掛る作業となった。
この頃になると、僕はARROWSにも、ほとんど行かなくなっていた。




 10月になった。
収録する楽曲は、半分近く録音が終了していた。

僕は、休日はレコーディング作業をし、平日の仕事が終わってからの夜は、ジャケットデザインをリョウに指示していた。
CDのジャケットや、中の歌詞カード、それと盤面のデザインは、リョウにお願いしていたからだ。

ジャケットや歌詞カードのデザインは、CDプレスする会社のセットサービスにも組み込まれていた。
だがそのデザインは、決まったテンプレートから選ばなければならないもので、あまりカッコよくないものばかりだった。

僕のような知られていないアーティストは、ジャケ買いする人たちも意識しなければならない。
そういうところも、手を抜くことが出来ないのである。

だから僕は、ジャケットのデザインもリョウに頼んだ。
彼女と毎日仕事をしているうちに、彼女のデザインセンスが良いと分かったからだ。

それと並行してレーベルも設立した。
そのレーベルのロゴも、僕はリョウにデザインしてもらうのだった。





 11月
レコーディング終了予定の日程まで、結構押して来た。
リリースは来年の5月と決めていたので、プロモ期間を考えると、3月までにプレスを済ませておきたかった。

この時期からは、ミックスダウンも並行して行われた。
ミックスダウンとは、録音された各パートの音源を、右や左へと振り分ける作業だ。

ミックスダウンをしないと、歌もギターも全部同じ場所から出てしまい、音がぶつかってしまう。
だから、各パートがかき消されない様に、このミックスダウンという作業はとても重要な作業となる。

このミックスダウンが、実はレコーディングで1番やっかいであり、時間も掛る作業なのだ。
何度やり直しても、納得がいかずに延々と作業がループしてしまう。

これを業者に発注すると、ミックスダウンの現場にずーと立ち会っていなければならなくなり、金も物凄く掛ってしまうのだ。

だから僕は、ミックスダウンは自分でやる事にした。
そしてそれが済んだら、その音源の音圧を上げるマスタリングだけを業者へ頼むことにしたのである。




 12月に入った。
楽曲のレコーディングは全て終わり、あとは各楽曲のミックスダウン作業を残すだけとなっていた。
僕はレコーディングに夢中になっており、サキとの連絡もまったく取る事はなかったのであった。



 サーフ系雑誌“F”編集部。

「今夜合コン?、良いなぁ~、俺もたまには誘えよ」
僕がグリオに言う。

「ダメですよアニキは。今回の合コンはリョウちゃんの友達とやる合コンですから、男性は20代の若者じゃなきゃダメなんです!」

「サッカーだって、オーバーエイジ枠あるじゃん」

「ダメです!、相手女性が全員21歳なのに、33歳のアニキがいたらおかしいじゃないですか!」

「分かった!分かった!…。で?、男は誰が行くんだ?」

「僕と中出さんと、久保木さんと春日さんの4人です」

「ふ~ん…」
僕はそう言うと、その場から立ち去った。

その時、僕のケータイへメールが入った。
ARROWSのサキからだった。

「えっ!?」
僕はサキからのメールを読んで驚いた。

僕は編集部からベランダに出て、サキに電話をかけた。





 その夜、僕はARROWSに行って、1人で飲んでいた。
すると、合コンに行ってるはずのグリオからメールが入った。


(アニキ、今から飲みませんか?)

僕はグリオにメールの返信をする。

(良いけど、お前合コンは?)

(ダメです…。かわいいコはリョウちゃんだけで、あとはホンコンとタシロと大差ありません。なので2次会はパスです)

あ~、行かなくて良かった…(笑)

グリオからのメールを見た僕は、そう思いニヤニヤした。

(今、ARROWSで飲んでるからお前も来いよ)

(分かりました。タクシー飛ばしてスグ行きます!)



「お待たせしました!」
店に着いたほろ酔い気分のグリオが、店内に入るなりそう言った。

「あれッ?、サキちゃんは?」
サキのいないカウンターを見たグリオが続けて言った。

「彼女はこの店を辞めたんだ。だからもういない…」
カウンターに座る僕が、グリオに振り返り静かに言う。

「えッ!、いつ辞めたんですか?」
驚いたグリオが、席にも着かずに僕に言った。

「先週の金曜が最後だって言ってたかな…?、俺だって昼間にメールもらってから初めて知ったんだ」

「じゃあ呼び出しましょうよ!近くに住んでるんだから…」

「EXPの寮にも、もういない…。彼女は実家の福岡へ今日帰った…」

「デビューした女子高生バンドはッ!?」

「ダメだったみたいだ…。使い捨ての世界だ。彼女は切られたんだ…」
そう言うと、僕はタバコに火を点けた。

「じゃあもう会えないんですかッ?」
悔しそうな感じでグリオが言う。

「そういうことだ…。やっぱり厳しい世界なんだな…」
僕はタバコの煙を吐く。

「何ですかアニキはッ!、妙にサバサバしてッ!」

「そんな事ないさ…」

「アニキはサキちゃんと、何パツもヤッてるから良いかも知れませんが、俺はそうじゃないんですからねッ!」

「ヤッてね~よ俺だってッ!、お前そういう誤解される様な事、大声で言うなよッ!」

「嘘ですねッ!、あれだけチャンスがあったのに、ヤラナイ訳がありませんッ!」

「そんなら、なんで俺もサキが福岡に帰るのを、さっきまで知らないんだよ!」

「ホントですかぁ~…?」

「本当だ…。それから、今日電話でサキと最後に話したんだが、彼女は空港だった。今までありがとうって、泣いてたよ…」

僕がそう言うと、グリオは黙ってしまった。

ヤレヤレ…。
まったく、コイツは酒が入ると突然暴走し、訳の分からない事を言いだすから始末が悪い…。




 僕らはその後、隣にある居酒屋「三男坊」で始発まで飲む事にした。
グリオは既にARROWSで飲み過ぎて、ベロベロに酔いつぶれていた。

出入口付近のテーブル席に座ると、グリオはすぐに寝てしまった。

「この席、寒いからストーブ置いときますね」
三男坊の若い店長が、隙間風の入って来る僕らの座る席の側に、石油ストーブを置いてくれた。

「あれ?、今日はあの可愛いコはいないんですか?」
店長が僕に聞く。

「彼女はもう来ないよ…」
僕がそう言うと店長は「そうですか…」と言って、深く理由を聞くこともなく、そのまま厨房へと戻って行った。



「寒い…」

しばらくすると、うつ伏せで寝ていたグリオが、そう言って僕の隣に移動してきた。
ストーブの火が僕の方に向いていたから、グリオは寒かったのだろう。

僕は、うつ伏せで寝るグリオを横目に、1人日本酒を飲んだ。
そしてサキの事を考えていた。

サキはNHKの歌番組にも出演した。
それでも、彼女は消えて行った。
ビジュアルが良くても、テクニックがあっても、大手事務所がバックについても、あの業界で生き残るのは大変だという事か…。

僕はこの先、どうするべきなのか考えていた…。


To be continued….