さて、16日も状況はさしてかわらず、CBSは「日本から良いニュースは一つもありません。日本人もひとかけらの良いニュースを探している状況です」とまあ、何とも絶望的なコメントで始まった。しかし、この日の夜は日本でもちゃんと動きがあって、自衛隊と警察がとりあえずまずそうな燃料に水をかけると言うことになった。

そういうわけで夜はNHKの中継をネットで見て、一家総出で自衛隊ヘリ部隊の散水作業を応援したのであった。私のような元々は左巻の人間が自衛隊を心底応援するようになるとは自分でも恐れ入るが、米国に来てから、戦争は戦争、ミリタリーの人はミリタリーの人と,別々に考えるべきだと思うようになったのであった。それはどうでもいいが、この日は日本時間の午前中自衛隊が4回ほど散水をして、夜は警察が水をかけたのだかかけなかったのだか良くわからない終わり方をして、応援をした割りには大して進展が無かった。

翌17日のこちらの夜は、東京消防庁が出動するという事が確定的になって、今度はこちらを応援しようと言うことになった。やはり餅は餅屋である。結局これはなかなか作業が始まらず、実際に放水が始まったのはこちらの時間の18日午後、日本時間では19日の未明という所であろうか。18日の夕方のニュースはようやくこちらの報道もやや楽観的になり、お手上げですみたいな突き放した雰囲気から、日本の努力でナントカ止めてくれと言う、祈るような雰囲気の放送になった。

18日はしかし、NHKが通常の放送を始めだしたので、ネットでのストリーミング放送は切れがちになり、連続で見ることは出来なくなったのであるが、19日は東京に戻った東京消防庁の隊長たちの会見があって、目頭を大いに熱くしたのであった。
パニックになると何を考え出すかわからないもので、とにかく子供だけはなるべく安全な所にやりたいということで、Judyやボスの家に取りあえず預けて両親だけ帰国とか、Judyと私、妻とだれか適当なアメリカ永住権保有者(海獺さんとか)が偽装結婚をしてそのままアメリカに居着いてしまう、とか色々バカな考えを結構マジで話し合ったのだが、よくよく考えてみれば、最悪の場合でも東北・関東に人が住めなくなる程度で、西日本は多少放射能は飛んでくるかも知れないが、人が住めなくなると言うことはなさそうである。

そうこうしているうちに、ルフトハンザが成田ではなく大阪に着陸地を変更したというニュースが入った。そこで思いついたのは、私たちが乗る飛行機が大阪に着くようになったら、流石に関東もヤバイか混乱しているであろうから、その場合は妻の伯父の家に妻と子供は避難するという作戦である。伯父の家は一昨年、四国までクルマで旅行したときに夕食を招待されて、人柄もすばらしいし、多分あの家だったら東南海地震が起きても壊れることはなさそうだと言うことはチェックした。

そういうわけで、緊急の場合は伯父の所によらせていただきたいむねお願いするとともに、妻の両親と私の両親にも電話でそういう状況だと伝えることにした。非常に重要な決断なので、いちおう電話をしてそれを告げたのであるが、どちらの両親もまったく脳天気な感じで、東電や自衛隊が頑張っているから何とかなるだろうみたいに考えているのであった。妻の母親に至っては、池上さんによると外国メディアは日本の事情がわからないから、深刻な報道をしていると言っていた、ということであったが、まったく日米で報道がここまで違うかとあきれた次第であった。

べつに、安心している人たちを怖がらせる必要は無いのであったが、こちらの報道はこれこれこうで、事態は大変厳しいので、よろしくお願いしますと言ったところ、伯父は快く是非来て欲しいと言うことで、私としては大安心なのであった。米国に来ているせいか、アメリカっぽい考え方になったせいか、NHKや枝野官房長官に「安心です、安全です」といわれてもとてもそういう風には思えなく、自分の身は自分で守る、という習性がついてしまったのかと思ったのであった。
さて、14日は郵便局の窓口の人や、隣でならんでいた人に「日本からいらした人ですか」「今回の津波ではご家族は大丈夫でしたか」「映像はとてもすごくて映画みたいだった」「映画より全然すごいわよ」などと、会話をしたくらいであった。私は多少連絡の取れない友人の状況が気がかりではあったが、津波被害とは関係なさそうだし、電話が通じないだけだろうと思っていたので、被災者の皆さんには申し訳ないが、この時点では人事だったのであった。

ところが15日になると、事態は一変したのであった。それまでも燃料が圧力容器内で露出しているだろうという話はあって14日はメルトダウンがどうこうという話題があったのだが、軽水炉は構造上メルトダウンが難しく、東電もかろうじて最小限に抑えるだろうという期待が持てたので、それは余り心配していなかった。しかし、15日は3号機の建屋が吹き飛んでここにあろうことか猛毒のMOX燃料があり、プールの水が無くなったので、ほとんど野積みに近い状況であると言うことがわかったからである。

べつに猛毒でも普通の火災ならそんなに怖くないが、問題はこれが発する放射線が高すぎて、プールに水を入れる作業がそもそも難しいどころか、炉心を冷却するための作業をしている人々さえいられなくなると言う問題がでてきたのである。アメリカでは、この日は「お手上げ」という感じで、もう原発放棄は時間の問題で、あとはどうなるかわからないというとんでもない報道が支配的になった。

夜はCBS Evening Newsを見ていたが、割と控えめなこの局でさえ、きわめて深刻な事態と捉えていて、明るい話は何一つ無かったのであった。私も妻もボーゼンとするしかなく、ほとんど目に涙をためてなかば死んだような感じになったのであった。