地方議会についてこのブログを始めたのですが、まさかまさかの衆議院が解散の方向で政界は動いています。

この動きに対してメディアは「国民不在、大義のない選挙」だと報道しています。

個人的意見としては「国民不在、大義のない選挙」とは思いますが、報道によって自民党への怒りを駆り立てようとするメディアを見るに、自民党ともども変わっておらず相変わらずだと思います。

さて前回、大阪の橋下市長(衆議院選に出馬しそうですけど・・・)の言動から、地方政治の「地方議員の資質が少々悪くとも、致命的にならないことが多い仕組み」について紐解いていきたいと思います。

橋下市長と言えば...

「大阪都構想」

をスローガンに掲げてますが、その根本にあるのが、

「より良い大阪としたい」というシンプルなもののように思えます。

以下のような施策にもそれは顕著に見受けられ

 ・財政健全化
 ・現役世代への予算分配
 ・教育の充実

私のような現役世代からすれば、国家・組織(この場合は大阪ですが)がよりよくなるには収支のバランスを取り、お金は教育にもしっかり使うのは当たり前に思えます。

しかし、これらを実施するに波風が立ち、有力与野党に所属している府議会議員に大きく反対を受けているのは皆さんもご存じだと思います。


私は橋下市長の施策に考えは近いですが、それは一先ず置いておき、この市長の構想に審議をつきつけている議会の姿こそが議会のあるべき姿ということを皆さんに認識して頂きたいのです。


ご存知の方には恐縮ですが、議会は基本的に施策をつくる立場ではないのです。


市長(首長)と議会は全く逆の立場のです。


  市長(首長)・・・役所のトップで施策を考案する立場

  議会・・・住民を代表した議員によって施策の正当性を審議
      時に条例(地域の法律)を制定する立場


即ち、市長は役所代表、議会は住民代表なのです。


しかし、役所という組織は(様々な評価はありますが)成熟した組織なので、突拍子もない施策で予算を組むことはまずありません。
故に、「地方議員の資質が少々悪くとも、致命的にならないことが多い仕組み」、即ち地方議員が審議をしなくても「失点を極力起こさない」文化のある組織がつくっている予算なので、致命的なことが起きにくいのです。

寧ろ、橋下市長のように何かをやろうとした方が、地方議員は前例にないことが起きているので審議が活性化するのです。



私の勝手な想像ですが、議員や議会が市長と予算をつくってるようなイメージがなかったですか?


現に議員に口きいて、何かをして貰おうという人や団体があるのが現実です。


そのイメージと現実の矛盾はどうしてあるのか?

橋下市長が役所公務員の政治参加を厳しい態度でのぞんでいる事にその一端が見え隠れしてます。

ここまで読まれた方はお気づきになると思いますが、市長選挙ならいざ知らず、役所の施策を審議する議員の選挙に役所の人間が関わることは、審判を買収するようなものです。

しかし、地方議会ではこれが寧ろ正しいことのように住民に浸透していたりします。
これについてはイメージと現実の矛盾と絡めて、次回に書かせていただきます。

※番外編で衆議院解散について書くかもしれません