Arcade Fire の新作、
"Reflektor" 。
Reflektor/Arcade Fire ¥1,485
Amazon.co.jp
前々回の記事でご紹介したように、Amazon の理解不可能な不手際により、注文した商品が到着せず、聴き始めが大幅に遅れたこのアルバム。
そういえば、前作の Suburbs も聴き始めが遅れたっけ。
こちらは単に、買ったのに自分が聴くのが遅くなっただけなんだけど、何か因縁めいたものを感じるなあ(気のせい)。
なので、聴き始める前からそれなりに色んな感想やレビューが目に入って来ます。
ダンスアルバムであるとか、トーキングヘッズの Remain In Light を意識してるとか、アメリカを飛び出して第三世界の音楽に触れて新たな音楽の地平に辿り着こうとしてる、とか。
あまりバイアスをかけるのも良くないので、そのへんはサラっと流しておいて、聴き始めました。なにせ、今年最後の大物にして、真打登場とでもいえるアルバムです。
前作はリリース年の自分のベストアルバムになったし、そりゃ、期待するなというのが無理ってもの。
1曲目の始めから、いきなり違う雰囲気です。
ジェームス・マーフィーのプロデュースということで、結構身構えていたけれど、やはりそうきたか。
その後も、今までの彼らとはちょっと違った雰囲気の楽曲が続いて行きます。
完成されつつあったバランスを崩しに行った、Arcade Fire 。
ジェームス・マーフィー+電子音を変数として加えてみると、どんな変化が自分たちの音楽に生まれるのか。
前作で一旦の完成を見たとふんだのかもしれません。
自分たちが求める音楽の形の完成形が前作であり、次に進むためには、完成されたバランスを崩す何かを取り入れること。
それがジェームス・マーフィー+電子音というジョーカーです。
それでも軸はまったくブレてません。
あくまでも中心にあるのは、Arcade Fire のロックそのもの。
エモーショナルで、どことなくノスタルジックなスパイスが効いて、そこから溢れてくるエネルギーの質と量がもの凄く、聴いていてカラダの芯が熱くなってくる。
1曲ごとに明確なサウンドスケープがあって、同じような曲がダラダラと続くことがない。
その展開のリッチさに、脳内に快感物質が噴き出してくる。
そこに大きくメスを入れるつもりも、別の何モノかに変えるつもりもまったくない。
揺らがない自分たちの音楽に、ジョーカーを入れてみるとどうなるのか。
ジョーカーとの反応を楽しみながら創ったんでしょう。
軽薄な電子音と、単調で強制的なデジタルビートはありますが、巷で言われている、決してダンスミュージックを創ろうとしたのではない。
あくまでも、自分たちの音楽に変数を入れて見ようと思った。
その変数にはダンスという側面が含まれていただけのこと。
だから、彼らはダンスミュージックを作ったとか、新しい音楽のカタチを見せようと思ったが中途半端なものに終わっている、などの意見は見当外れなのだろうと思いますね。
そしてここには、彼らならではの、ダイナミズムと緻密さの両立という長所は健在。
それを支えていると思われるのが、オーウェン・パレットによるストリングス。
前作でもとても良いサウンドを奏でていてくれました。
彼らの音楽に特徴的な緻密性と質感は、ここにあるような気がします。
VIDEO VIDEO VIDEO 自分にとって残念なのは、電子音ですね。
特にシンセベースの音と、シンセストリングスの音。
LCDサウンドシステムに出てくる、意図的にチープにしたような単純明快なシンセの音。
ここだけは彼らの音楽に似合っているとは思えないのだけれど。
それと、2枚目最後の曲の後半部分。
あくまでも密度の濃い彼らの曲と音楽ですが、この曲だけは冗長と言わざるを得ません。
そんなこともあって、結果としては前作ほど感激に身を震わせるほどではありませんでした。
もちろん、他のミュージシャンに比べれば、出色のデキ。
自分にとっては、前作があまりにも完成度が高すぎましたからね。
長いアルバムを2枚に分けたのは好感持てます。
収録時間的には前作とあまり変わらないと思うけれど、前作は1枚通して聴くのに時間がかかり、若干集中力が削がれるという問題があった。
それが2枚だと、1枚ごとに聴くというメリハリができます。まあ、1枚目の最後の曲と2枚目の最初の曲につながりが出ない、ということはあるんだけど。
こういったこともアルバムの評価につながるし、自分たちの音楽を買ってくれた人たちにできるだけ楽しんでもらおうと工夫している姿勢が見えるような気がします。