昔のコンピュータウイルスの話(最終話) | White hat hacker hachi のブログ

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●コンピュータウイルス感染のまとめ

 

トロイの木馬の感染

 

前回の最後で「ウイルスに話を戻す」と予告してしまったので、纏めて置く。

最近はウイルスの流行も目立たなくなった様に感じるが、本当にそうなのだろうか?

 

(昔から自分のシステムに入って居たマルウェア。今日、見付かった)

 

1つはアンチウィルスの性能アップや各ベンダーのサポート体制が良くなったのが原因だろう。

 

ウィルスだけでなく、自分が感染で大慌てした頃はアドウェアには対応してい居ないアンチウィルスが普通だった。

 

 

また、最近はリンク先の危険のチェックなどもかなりシビアに出来て、ユーザーに様々なアドバイスも出来る様になって来た。

 

それと、毎年ウイルスは種類は増加している一方、その振る舞いはますます悪質化して来ている。

 

昔は、感染をすると毎日同じ時期に大音響で音楽を流すなどの害の小さな優しいウイルスが多かった。

 

(「トロイ」のイメージ)

 

しかし、最近は「トロイの木馬」の様な「黙って相手の脇から入り込み情報を盗む」などをしたり、あからさまに「身代金」を要求するなどの悪質な物が増えて来ている。

 

(「あなたのシステムはトロイの木馬に感染しています」と言う詐欺メールは、「デマウイルス」で可愛いものである)

 

感染させる相手も、今は個人でなく大きな企業が狙われるケースが増えている。

 

銀行やゲームメーカーなどは感染被害を公にしたくないから、本当は大きな被害を被っていても出来るだけ隠そうとする。

 

だから、本当の被害は想像以上に深刻な物なのかも知れない。

 

一般ユーザーの被害としては少なくなっていると思う。

 

しかし、金額的に見れば記録を塗り替えるほど増えているのだろう。

 

やっばり狙うなら「濡れ手に粟」の方が旨味がある。

 

確かに個人も大きな被害に遭ってはいるが、一件当たりの被害額は遥かに少ない。

 

 

●ブラックその物の「パチンコ」
 

最初は「コンピュータウイルス」の話からスタートしたが、なぜか次第にソフトハウスの話に内容がシフトしてしまった。

 

自分には何回もパソコン趣味に波があり、何度も中断して戻るを繰り返していた。

 

 

 

一時、暫くの間は「パチンコ」をしていた。

 

パチンコはグレーと言うより完全にブラックのイメージが付いて回った。

 

これは、スクリプトキディやクラッカー、ハッカーよりも遥かに世間体も悪い。

 

でも、誰も信じなぃが「プログラミング」の観点からとても楽しかった。

 

パチンコの世界での華々しい活躍は、また機会があったら(本人がその気になったら)話す。
 

 

●と言うより、「ミニHS物語」


今回は、昔、友人から取材した「プログラマーのお仕事」をご紹介する。

また、この舞台は特定のソフトハウスなので、名前は「HS」とだけ紹介して置く。

全国的にも名前が轟いた組織なので、年代によってはご存じの方も居るだろう。

HSは地元に根差すソフトハウスで、地元をとても大切にする企業だった。

後に本社は東京港区に移転したが、地元重視の方針は最後まで変わらなかった。

HSで最も親しかったのは、最終的には社長にもなった弟の方。

 

 

(当時社長の兄の作品)


兄はとても包容力のある優しい人だったが、時々、理解不能の奇行が目立ち、社員全員も付いて行けない事が良くあったのは有名な話。

でも、これが最大の彼の特徴だった。

経験上良く知っているのだが、天才と言われる人は集中するとそうなる事がある。

この日、本社受付の女性とも雑談したが、「社長だから許されるけど、普通なら変なおじさんだよね?」と…。

HSはブラザーが中心の会社だった。

いつも、スーパーマリオのゲームを見ると、この兄弟を連想する。

自分は、二人とも結婚式の司会もしているし、仕事を離れても良く弟の家にも遊びに行っていた。

 

「ボンバーマン」などは、正式発表の前日位に貰った覚えがある。


決して戦略的に立場を利用した訳では無いのだが、社長、副社長とお友達と言うのは随分と有利だった。

社員食堂は何時行ってもタダ(後日、同行社員から徴収)。

 

社へ遊びに行くと社員全員が挨拶してくれる。

完全に役員並みの扱いで、特に開発部全員ともお友達なのでセキュリティの厳しい現場にもフリーパスで入り込めた。

報道関係に勤めて居た関係もあり、仕事でも随分お世話になった。

 

こっちの会社と広告の大きな契約をして貰った事もある。

 

有名な全国キャラバンなどは、優先的に取材させて貰った。


開発に在籍したプログラマーの「のんたさん」も「非公式の個人的取材」と称して職場に良く遊びに行った。

開発の現場では一般の会社と違って、社員は「時間を売っている」と言う意識は全く無かった。

出社、退社の時間はラフだったし、休憩なんかも全く自由だった。

特に驚いたのは、彼がアイデアに行き詰まると、行き先だけ庶務担当に言えば例え「スロット」にさえも自由に行けた。

「内緒」ではなく、「正式」に。

 

連絡の相手も、「上司」ではなく「庶務担当」で良かった。


彼はその日は30分ほど遊んだが、ビッグを何回も引き箱は溢れんばかり。

 

良いリフレッシュになった。

コインは全部チョコレートと交換して女性社員らに配った。

これが、10年以上も前の話だから驚く。

プログラミングと言う特殊な仕事のせいでもあるが、当時からとても自由な会社だった。

HSから独立した仲間も、自分の様に外部にいる仲間もみんなが「HSグル

ープメンバー」として認定されていた。

ジャンボ機を1台借りきっての社員旅行などは日本中を震撼させた。

今は事情があって組織は消滅してしまったが、そのDNAを受け継ぐ血は今もこの地に生き続けている。


(終わり)


お断り

「売名行為」と見られるといけないので、組織名は「HS」として紹介させて頂いた。
出来るだけ極端な表現はしなかったつもりだが、ご意見・ご希望があれば連絡が欲しい。

可能な限り対応する。