児童ポルノ法改正案(単純所持規制)について | 狂直の日記

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多摩武蔵守のブログです。
こちらのブログは政治話中心で行こうと思います。ブログタイトルは『三国志』虞翻伝の評より拝借しました。
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 児童ポルノの単純所持も違法化され、刑事罰が科されるようになるという児童ポルノ法の改正案が今国会に改めて提出されるというニュースが流れています。
 児童ポルノの単純所持規制については、ネット上で強硬な反対論があって、主に強権捜査や冤罪の危険が主張されています。
 曰く、冤罪のもとになる。曰く、定義が曖昧。曰く、子供の写真や写真集まで違法になる。曰く、警察が片っ端から家宅捜索をする。
 しかし、私はそれらの反対論には説得力がないと考えています。


 なお、前提にしたのは第181回国会に提出された改正案であり、今回の通常国会で法案に変更があれば、また検討の必要があることを申し添えます(単純所持規制の改正案は何度も国会に提出されているので、あまり大きくは変わらないと思いますが)。


1.冤罪の危険について

 まず、児童ポルノ法は犯罪の要件と刑罰を定めていますので、ここに書いていない一般原則は刑法の規定に従うことになります。
 刑法において、明記された例外を除いて故意でない行為は罰しないので、送りつけられた場合や、ウィルスでダウンロードさせられた場合などは故意犯には該当しません。
「冤罪が生じるのは手続法‐すなわちどのように制度を運用するかについての法‐の問題であり、実体法‐すなわちこの文脈でいえば何を罪とするかについての法‐の問題ではありません。」(注1)


 昨年にPC遠隔操作ウィルスによる掲示板への殺人予告書き込みで、PCの所有者が逮捕される事件がありましたが、遠隔操作ウィルスであることがわかると、警察は被疑者を釈放しました。


 また違法と適法の区別がつかないといいますが、それは児童ポルノ法に限った話ではありません。「物理的な関係においては、合法な譲渡と違法な譲渡(詐欺や脅迫によるものなど)の区別など付きませんが、法的には付いています」(注2)。


 冤罪というと決まって痴漢冤罪を引き合いに出す向きがありますが、「そもそもここで例に挙げられている痴漢冤罪問題にしても、では世の中に強制わいせつ罪を廃止しろとか、強制わいせつ罪の対象から痴漢を除けとか、そのような主張をされている人がいるのでしょうか? 世の中広いですからゼロではないかもしれませんが、ほとんどは冤罪をできるだけ少なくするよう運用をきちんとしろという主張でしょう。冤罪のリスクがあるから罪とすべきでないというのは、痴漢冤罪でいえばこの『強制わいせつ罪を廃止しろとか、強制わいせつ罪の対象から痴漢を除けとか、そのような主張』に他なりません。痴漢冤罪問題でそうした主張が主流ではない以上、痴漢冤罪問題を引き合いに出すのは牽強付会でしょう。」(注3)
 同じことはPC遠隔操作ウィルスにも当てはまると思います。この事件を論拠に威力業務妨害罪を廃止せよという人はいないからです。


2.定義が曖昧でいくらでも恣意的に解釈できる


 児童ポルノ法における「児童ポルノ」の定義を見てみます。

「3  この法律において『児童ポルノ』とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一  児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
二  他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
三  衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」


 わいせつ物頒布罪(刑法175条)や侮辱罪、名誉毀損罪に比べれば、厳密な定義をしていると評価していいと思います。また定義の曖昧さが原因とした冤罪や強権捜査がないという運用実績も評価すべきでしょう。


 そうは言っても解釈が変更される可能性はあるではないか、と主張する向きもあるでしょう。実際、児童ポルノ法の刑事事件では裁判官の判断は様々で、似たような事件でも違った判断を下していることがあります。しかしそれは、「定義が曖昧でいくらでも恣意的に解釈できる」「児童ポルノも子供の入浴写真も一緒くたに摘発される」という議論とは異なるものです。


 児童ポルノ法にしてもその他の刑罰法規にしても、私達はおおむね違法なものとそうでないものを見分けることはできていると考えます。


 定義の曖昧さや濫用の恐れを根拠にするなら、他の法律より突出して立法技術上の問題があるか、悪用されるリスクがあるという立証が必要でしょう。


「善悪問わず『弾力的な運用』が絶対にできないような条文は書けないし、人民の大多数が条文の通常の理解や立法趣旨を逸脱して法を運用することを国家権力に求めることもある。」
「人民の大多数の要求に条文は抵抗できないので、絶対の保障をそこに求めることはむなしい。」

「仮に国家権力が悪辣非道であってとにかく我々の表現を弾圧しようと意思を固めているのであれば、何故彼らが条文だけは守ろうとするのかがよくわからない。条文はあるが、誰も守らないという状態は多くの発展途上国において見られるし、国家の保有する集中された実力があればとりあえずあらゆる法規制を無視して意思を実現することは難しくない。あらゆる『悪用の危険』から原理的に逃れるためには国家権力のない場所に逃げるしかなく、おそらくそこに法規制の役割はないし、条文の表現を云々する意味もない。悪用の危険を指摘するなら、したがって、原理的な危険ではなく現実的な危険を示す必要がある。」
「実際の運用を問題にするなら、それを規制する政令・規則や人事・予算面でのコントロールについて具体的に検討すべきで、それをサボって抽象的な危険性だけを言い立てても問題解決にはつながらないし、説得力もない。」
(注4)


3.子供の写真や写真集まで違法になる

 確かに、写真集については、国会図書館で児童ポルノに該当する疑いのある写真集などを自主的に閲覧制限しています。しかし個人でそれを所持しているからといって、摘発される可能性がどのくらいあるのかは別の問題です。


 また、子供の写真も物として児童ポルノに該当する可能性はあります。子供の入浴を盗撮した写真が、児童ポルノに該当するとされた裁判例があります。 

「児童ポルノ該当性というのは客体の要件ですから、医学・学術・芸術などの撮影目的で児童ポルノ該当性は左右されないです。性欲刺激興奮の要件も一般人基準、つまり、見た人基準。えづらで決める。」
「3号ポルノの定義をそのままにして、与党案のような単純所持罪を設ければ、親の場合でも、児童ポルノ該当性を認めた上で、性的好奇心や正当行為などの要件で切ることになると思います。」(
注5) 


※2021/2/13追記 大屋雄裕・慶大教授(法哲学)による以下の解説の方が正しいのではないかと思われます。

現行法の児童ポルノの定義は2条3項に置かれていますが、1号(児童の性交)と異なり、2号(性器接触)・3号(裸体)には「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という文言が入っています。家族写真などはこの条件を満たさないので定義自体に非該当とされているかと。」(注10) httpht(tps://twitter.com/takehiroohya/status/449709428174897152s://twitter.com/takehiroohya/status/449709428174897152?s=20
https://twitter.com/takehiroohya/status/449709428174897152?s=20


 幼稚園の行事などで撮影した写真や医療用の写真も編集のやり方しだいでは児童ポルノに該当します。
 警察庁は幼稚園で撮影した写真が児童ポルノ愛好家に収集される危険性があるとして、安易にネットに掲載しないよう注意を呼び掛けています(注6)。
 しかし幼稚園が児童ポルノ製造罪で摘発された例はありません。また子供のプールや入浴の写真を撮影すると児童ポルノ製造罪で逮捕されると規制反対派は主張していますが、盗撮を除いてはそのような例はありません。
 児童ポルノ法の立法趣旨は「児童の性表現を大人が食い物にするという性的虐待から児童を保護する」ことですから、上記の例が摘発されないのは当然でしょう。
 立法趣旨を織り込んで解釈するのは、性善説でもなんでもなく、法文の普通の解釈です(立法趣旨が全てという意味ではありません、念のため)。


4.強権捜査の可能性について

 規制反対派が決まって主張するのが、「単純所持規制が導入されたら、警察が強権捜査をする」というものです。
 
 家宅捜索や押収は裁判所の令状がなければ行えません(刑事訴訟法第218条)。さらに令状の申請は、警部以上の上級警官でなければ行えません(犯罪捜査規範第137条)。そして疑うに足る根拠がなければ、裁判所は令状を出しません(「被疑者又は被告人が罪を犯したと思料されるべき資料を提供しなければならない」。刑事訴訟規則第156条/6月30日追記)。
 また警察権の行使に際しては、複数の手段がある場合は、国民にとって最も穏当で、侵害的でない手段を選択しなければなりません(警察比例の原則。警察官職務執行法第1条第2項)。
 だいいち児童ポルノに該当するものを持っていたとして、警察がそれをどうやって認知するのでしょううか。児童ポルノを所持しているという根拠がなければ捜査令状は出ないから、差押えも家宅捜索もされない、ということになります。
 現行法でも製造や他社への提供を目的とした所持は違法なので、たびたび一斉摘発が行われているではないかと反論する向きもあるでしょうが、これは警察がファイル交換ソフトを監視しているからです。そして、一斉摘発による冤罪は確認されていません。


 強権捜査の危険性を根拠にするなら、警察がほかのことでも強権捜査を行っている事例がなければなりません。なぜなら捜査はどの行為を犯罪とするかの問題ではなく、法律をどのように運用するかという問題だからです。そしてまた強権捜査は刑法の他の規定でも起こりうるからです。
 たとえば実際の住所と住民票の記載が異なるので、電磁的公正証書原本不実記録罪の疑いで逮捕、ホテルに宿泊する際に偽名を用いたので、有印私文書偽造罪の疑いで逮捕、などが考えられます。しかし、このようなことがあちこちで行われているでしょうか。


 著作権法改正(ダウンロード違法化)の際にも強権捜査の危険性を根拠に反対する向きがありましたが、「そもそも悪用の危険性を根絶することは不可能であり、すでに『転び公妨』だの軽犯罪法だのやろうと思えば使えてしまう手段がそれなりにある以上この件だけの危険性を吹聴することにはやはり意味がないよなと、そういうことになる。」(注7) 

 児童ポルノ法も同じで、この件において強権捜査の危険性を根拠にするなら、児童ポルノ法のみその危険性が突出しているという論拠がなければならないでしょう。


 また奈良県条例で既に児童ポルノの単純所持規制がされていますが、奈良県で単純所持規制の条例を根拠にした強権捜査や、この条例がもとで起きた冤罪は確認されていません。このこともモデルケースとして参考にすべきでしょう。
 ツイッターで「奈良県条例は児童の定義年齢が13歳未満なので参考にならない」という指摘を受けましたが、奈良県に児童ポルノは13歳以上のものしか存在しないのでしょうか? さらに私の知る限り、規制反対派は定義年齢がどうのということとは関係なく、冤罪や強権捜査の危険性を訴えていたのではなかったのでしょうか?


5.その他
 
 最後は上記の点に含まれない点について述べたいと思います。

 まず、児童ポルノ単純所持規制は刑事責任不遡及の原則に触れるという指摘について。現状では所持は適法なのに後から違法化されるのは刑事責任不遡及の原則に触れるのではないか、というわけです。
 しかしこれについては、否であろうと考えます。「所持罪というのは、継続犯なので、単純所持罪の施行後の所持については、単純所持罪が成立するということで、遡及処罰されるわけではありません。」(注8)


 次に、漫画など絵メディアへの影響について。まず、現行法では絵メディアは児童ポルノ法でいう児童ポルノに該当しません。またこれでコミックマーケットへの萎縮効果を云々するなら、製造罪や提供罪の時点で、その影響が現れていなければならないでしょう。
 現実には、1999年の児童ポルノ法制定・その後の改正後も、コミックマーケットの一般参加者数、参加サークル数ともに減少傾向は見られません。

 http://www.comiket.co.jp/archives/Chronology.html (注9)


 最後に。悪質なのが、「我が国が暗黒社会になる!」「警察国家になる!」という脅迫的言辞です。
 それが正しかったことは一度もありません。
 通信傍受法、暴力団対策法、ウイルス作成罪、サーバの保全命令を盛り込んだ改正刑事訴訟法、東京都青少年健全育成条例。さて、これらで我が国が暗黒社会や警察国家になったでしょうか。
 それどころか、スパイ防止法が同じ理屈で潰されるなど、こうした言論で国益(国家の独立と国民の安全)を損なっているように思います。 


※2015/7/9 0:36追記

 その後成立した改正児童ポルノ法では、単純所持は違法とされたものの罰則は科せられず、自己の性的好奇心を充足する目的での所持に罰則が科せられています。また児童ポルノの定義規定にも変更が加えられました。

 詳しくは、当ブログの以下の記事を参照して下さい。


「改正児童ポルノ法について」

 http://ameblo.jp/tamamusashinokami/entry-11902403324.html

「続・改正児童ポルノ法について」

 http://ameblo.jp/tamamusashinokami/entry-11921453252.html


【引用元】

(注1)「ネット関連規制反対派は法律関係者がネット技術をわかっていないと批判する前に、自らが法律論をわかっていないことを自覚すべし」(BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com)
 http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20080317/p1

(注2)同上

(注3)同上

(注4)「青少年ネット規制法案」(おおやにき)
 
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000515.html

(注5)「入浴する場面が児童ポルノとされた事例」(奥村徹弁護士の見解)
 
http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20090724#1248357283

(注6)「「子どもの写真、ネットに載せないで」=ポルノに転用、幼稚園に呼び掛け―警視庁」(同上)
 
http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20120423#1335166186

(注7)「続・著作権法改正について」(おおやにき)
 
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000869.html

(注8)「単純所持罪(持ってるだけで逮捕される)の施行と刑罰法規不遡及」(奥村徹弁護士の見解)
 
http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20080831/1220143610

(注9)「コミックマーケット年表」(コミックマーケット公式サイト)
 
http://www.comiket.co.jp/archives/Chronology.html

(注10)大屋氏の2014/3/29のツイート

 https://twitter.com/takehiroohya/status/449709428174897152?s=20
https://twitter.com/takehiroohya/status/449709428174897152?s=20


【参考資料】
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(平成十一年五月二十六日法律第五十二号)
 
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO052.html

「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案」(第181回国会)   http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g17301005.htm

「児童ポルノ法 ~規制反対派の断末魔が聞こえる~」
 
http://captain-nemo-1982.doorblog.jp/