さあ、てくてく東北の旅も最終日。
特に予定を立てていなかったので、
ガイドブックと時刻表をにらめっこしながら、
ちょっと欲張りしてみることにしました。
平泉、松島、山寺と「奥の細道」をたどってきた今回の旅。
「せっかくだから、最上川を下ってみようか」とヘルシー君。
実は、私もガイドブックを見ながら、
酒田で行きたい場所を見つけていたので、
ひとまず天童駅に向かいました。
やっぱり天童です。
歩道のブロックが将棋盤になっています。
この一手、分かりました! 満足。
電柱にも将棋盤。
でも、あぁ・・・持ち駒が分からない!
天童駅から奥羽本線で、まずは新庄へ。
雪原の中をひた走ります。
芭蕉は1689年(元禄2年)3月27日(旧暦)、
門人曽良(そら)とともに江戸・深川をたって、
陸奥、出羽、北陸をめぐる旅に出ました。
松島、平泉、山寺には旧暦の5月に訪れたんですね。
奥羽本線には、芭蕉ゆかりの地が続きます。
尾花沢では地元の俳人に招かれて10日間も滞在し、
「涼しさを 我が宿のして ねまる也」という句を残している。
山寺を訪れた翌日からは、
最上川舟運の河岸として栄えたところ大石田に3泊。
「このたびの風流ここにいたれり」と書き残しています。
新庄駅で、陸羽西線(奥の細道最上川ライン)に乗り換えます。
列車は4人がけと2人がけの対面シート。
最上川側(右手)の2人がけに座りました。
車窓に最上川が見えてきました。
ヘルシー君にカメラを持たせていたら、
感動しすぎて、シャッターを押しません・・・。
私が奪い取り、ひらがなの「もがみがわ」を撮影しました。
最上川といえば、「五月雨を あつめて早し 最上川」ですね。
この句は、芭蕉が大石田で宿泊した俳人・高野一栄宅で催された
連句の会でよまれた句なのだそうです。
その後推敲され、最上川全体の情緒を述べた句として、
「奥の細道」に掲載されました。
芭蕉が訪れたのは夏の最上川ですが、
天童を出て約2時間半、列車は酒田に到着です。
ついに、日本海までやってきました。
実は、私が酒田に来たいと思った理由は、
「土門拳記念館」に行ってみたかったからです。
土門さんは酒田出身の写真家。
私が大好きな奈良・室生寺の写真を撮影した時の話を聞いて、
ぜひ、土門さんの作品をいろいろ見てみたいと思っていました。
酒田駅の案内所で、おじさんに教えてもらい、
100円バスの「るんるんバス」に揺られて20分。
さらにシャーベット状の雪道を歩いて、たどり着きました。
記念館には土門さんの全作品約7万点が収蔵されています。
私は以前、室生寺の写真に魅せられ、写真集「古寺巡礼」を買いました。
記念館には、お寺の建物や数々の仏像の写真、
土門さんの出世作となった「筑豊のこどもたち」の写真が展示されています
影を生かした仏像の写真には、思わず息をのんでしまいます。
筑豊の写真は、懐かしい風景を思い出させます。
1時間半も堪能させていただきました。
記念館では、お土産に写真集「土門拳の昭和」を買いました。
「古寺巡礼」とあわせて、私の宝物です。
るんるんバスの中で、おばあちゃんに声をかけられました。
ヘルシー君は「また、声かけられたね!声かけやすい顔なんだね」って
うれしそうに言っていましたが、
「土門拳さんは立派な人だ」と言える酒田のおばあちゃん。
いいな・・・と思いました。地元を褒められるなんて、素敵です。
酒田市の中心街でバスを途中下車して、
「五郎兵衛食堂」さんで、ラーメンをいただきました。
とってもおいしくて懐かしくて・・・。
私はやっぱり、こういうラーメンが好きです。
野菜炒めも注文してしまいました。
まちを歩きながら駅へと向います。
土門拳記念館に行くことで夢中になっていましたが、
映画「おくりびと」の撮影場所でもあったのですね。
確かに、まちの中を歩いていると
映画に出てくる建物や空がそのままです。
てくてく最終日、そんな酒田に寄れてよかったです。



































