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若者のみならず、全国民の「紙の本ばなれ」が進む日本。ことに「ビジネス書」や「実用書」が苦戦を強いられていると言います。なぜこのジャンルは以前のような盛り上がりを見せることができなくなってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』では文筆家で多くのビジネス書を世に送り出している倉下忠憲さんが、その理由を考察。考えうる「2つの大きな流れ」を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題「ビジネス書・実用書の展望」
書いている人間も盛り上がらず。苦戦する「紙のビジネス書や実用書」
以下の記事を読みました。
● 出版物の推定販売額 電子は好調も紙大きく落ち込み 前年下回る | NHK | 文芸
書籍では村上春樹さんの6年ぶりの長編小説や、42年ぶりに続編が出た黒柳徹子さんの本などの話題作で「文芸」や「学参」のジャンルが健闘しましたが「ビジネス」や「実用書」は振るいませんでした。
まず、全体として紙の出版物は苦戦しています。前年を6%下回る1兆612億円とのことで、芳しいとは言えません。ちなみに、データを見る限りでは2018年から連続で下がり続けていて、2022年も前年比6.5%と大きな下落幅となっています。
景気の悪化、物価の向上、人口の減少、他のメディアの勢力拡大……、挙げていけばいくらでも理由は考えられますが、ともかく紙の本が売れにくくなっている状況はたしかにあるでしょう。
とは言え、話題作が出たことで比較的健闘した「文芸」や、毎年根強い需要を見せる──そして受験競争が激化することによってその需要が高まる──「学参」といったジャンルに比べると、「ビジネス」や「実用書」のジャンルはあまり振るわなかったとのこと。
実際、私の感覚としてもこれらのジャンルに盛り上がりは感じられない1年でした。頻繁に書店に行き、そうしたジャンルの本に興味を持つだけでなく、実際に自分でも書いている人間の感覚からしてそうなのです。これはなかなか深刻な事態なのかもしれません。
今回は、そうしたビジネス・実用書を巡る現代的なあれこれについて考えてみましょう。
【参考ページ】出版科学研究所オンライン
■回っていかない「話題になるからさらに売れる」というスパイラル
まず、真っ先に目につくのが「話題作」の不足です。文芸では村上春樹さんの新作があり、それが売り上げを底上げしたようですが、同様の動きはビジネス・実用書には見られませんでした。
というか、振り返ってみるとここ数年単位でそうした話題作を見かけていません。ある程度のヒット作はありますが、「多くのビジネスパーソンがこれを読んでいる」と言えるほどの規模では売れていないと想像します。
時計の針を戻すなら、たとえば『7つの習慣』は相当な規模で認知されていたでしょうし、『ストレスフリーの整理術』も同様です。妙な言い方になりますが、このジャンルに興味を持つ人ならば大半の人が読んでいた印象があります。
そうした巨大ヒット作と対比してみると、昨今のヒット作はそこまで大きな規模にはなっていません。あるいは、売れてはいても「話題」になっていない、という状況があるのかもしれません。売れているから話題になり、話題になるからさらに売れるというスパイラルが回っていかないのです。
では、なぜそうした巨大ヒット作が生まれていないのでしょうか。
■「ビジネスパーソンならばこの人に注目!」と言える人の不在
まず、思いつくのがカリスマの不在です。
2010年頃のビジネス書であれば、カリスマ的存在があり、その人の本ならばかなりの売れ行きが見込めました。勝間和代さんしかり、本田直之さんしかりです。
もちろん、2024年現在でもインフルエンサー的な人(ひろゆきさん、メンタリストDaiGoさんなど)は存在しますが、そこまで大きなヒット作を生むこともなく、その内容に注目されることも少なくなっているのが印象です。簡単に言えば、「ビジネスパーソンだったら、この人に注目しよう!」と共通的に言える人がいないのです。
同様に、『7つの習慣』をベースにした手帳術や『ストレスフリーの整理術』におけるGTDのような、カリスマ的な技法・ノウハウも現状ではほとんど見かけません。ギリギリ『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』はヒット作に入るかと思いますが、どちらかと言えばノート術界隈での盛り上がりで、ビジネスシーンにまでは広がっていないというのが実情ではないでしょうか。
結局のところ、人に関しても、技法に関しても、カリスマ的な存在が不足しており、それはつまり皆の注目を集めるような存在がないわけで、巨大なヒット作が生まれないのも一つの自然な帰結に思えます。
もちろん、今でも10万部を越えるようなビジネス・実用書自体は存在しています。しかし、皆がそれについて言及するような事態には至っていません。売れるのは売れるけれども……て留まっていて、それ以上のムーブメントにはつながっていない状態です。
唯一の例外は、2020年に発売された『独学大全』で、この本はさまざまな言及がなされていました。売れただけでなく、話題になっていたわけです。
ただし、著者の読書猿さんはネットの一部ではたしかにカリスマ的存在であるものの、いわゆる「社会的に成功した人」というイメージを持つカリスマではありませんし、紹介されているのも単一の技法ではなく、さまざまな場面に「効く」複数の技法であって、ここにもカリスマ性は見つけられません。つまり、『独学大全』のヒット自体が、カリスマの不在をより強調しているわけです。
そこから考えられるのが、現状は単にカリスマが存在していないだけでなく、そもそもカリスマなるものが求められていないのではないか、という推測です。この推測は後の項目とも関係しています。
■圧倒的に分かりやすい「動画」に完敗
さて、ビジネス・実用書は、ビジネスに関する情報や、実用的な情報を伝えるための書籍です。でもって、そうした情報を伝えられるのは書籍だけではありません。他の媒体も存在しています。
その中でも、真っ先にライバルとして登場したのがブログでしょう。一時期Amazonのレビューでも「こんな情報ならブログを読んでいればいい」のようなコメントを多く見かけました。実際、気合いの入ったブログ記事の方が情報が充実しているということはたしかにあります。その意味で──本来であれば──商業出版と切磋琢磨し合うよきライバルが登場したといえるでしょう。
とは言え、Google広告圏の拡大の影響で、アフィリエイト目的の記事が爆発的に増加し、それに伴って「気合いの入ったブログ記事」は年々減少していき、情報源としての魅力はここ数年で一気に減退しました。実際、記事を書く方もインセンティブの影響で、書きたい気持ちが薄れてしまった事態もたくさん起きているでしょう。
その代わりに台頭してきたのが動画です。代表格はYouTubeですが、Udemyなどのオンライン講義プラットフォームも見過ごすことはできません。こうした動画サイトでも、ビジネス・実用に関する情報はたくさん発信されており、内容的には書籍とバッティングしています。
むしろ、ツールの使い方などに関しては書籍よりも動画の方がはるかに「わかりやすい」という事実があります。これはもうどうしようもありません。「動作」を伝えるために何枚ものスクリーンショットを並べる代わりに、その動作を実際に動画で見せる方がはるかに手っ取り早いのですから。
ブログに関しては、書籍と同じで「文字で伝える」媒体であり、同じ土俵に乗っていたと言えます。しかし、動画は異なるメディア表現であり、そもそも土俵が違っているのです。それまでは他に選択肢がなかったので仕方なく書籍として表現されていたような情報が、動画にシフトしていく動きは避けがたいでしょう。
また、ブログにしても動画にしても言えるのが、巨大で支配的な存在というよりも、それぞれの人の好みに合わせたニッチな存在が確立されている点です。
たとえば、いつもYouTubeを見ている二人がいるとして、その人たちが知っているYouTuberは大きく異なる可能性があります。「料理動画好き」のようなクラスタ内であっても、そうした差異が起こりえるのです。
この点もカリスマの不在と関わっているでしょう。ネットの普及によって、マスレベルのカリスマが減退した分、細かい好みに合わせたマイクロ・カリスマが乱立している状態なのです。
■生成AIが止めた「紙のビジネス書・実用書」の息の根
2023年からは、さらに強力なライバルが加わりました。生成AIです。
何かしら技術上困ったことがあれば、生成AIに「訊けば」解決することが増えました。彼らはひねった答えは返せませんが、その分「至極ごもっとも」な回答を出してくれます。人間が抱える悩みは共通していることが多く、その回答もたくさんの「サンプル」が見つけられるので、生成AIにとっては楽なタスクなのかもしれません。
以下は、GoogleのBardに「今年の4月から新入社員として日本の企業に勤めることになりました。最初のうち、どんなことに気をつけたらいいのかを教えてください」という質問をしてみた例です。
● 今年の4月から新入社員として日本の企業に勤めることになりました。最初のうち、どんなことに気をつけたらいいのかを教えてください
正直に言うと、その辺のビジネス書に書かれているのはこういう話です。そうした内容がものすごく端的にまとまっています。最近のビジネス書は、「手軽に読める」や「本が苦手な人でも読める」というコンセプトを掲げていることが多いわけですが、このスレッド以上に「手軽に読める」ものはないでしょう。
さらに、詳細が気になった部分があれば、追加で質問できます。情報が一方的に与えられて終わる書籍とは、その点が圧倒的に違っています。
書籍の場合、読者が所有する知識地図がわからないので、必要な知識を一通り揃えることが求められます。一定のページ数が必要なのはそのためです。生成AIの場合、「わからなければ、追加で聞いてくれ」が使えるので、最初に大まかなアウトラインを示すだけで済みます。そこから読者のニーズに合わせて詳細な情報を展開していけばいいのです。
はっきり言って、実用的な情報をできるだけ簡易に求めたい場合、生成AIはこれ以上ない媒体と言えます。もちろん、情報的に完璧なものを提供してくれる保証はありませんが、ざっとした概観を得るならばほとんど不足はないでしょう。
現状はそこまで普及率の高くない生成AIですが、「ノウハウ的に困ったことがあったら、本を読むでもなく、Webをググるのでもなく、生成AIに尋ねる」という“作法”のようなものは徐々に確立されていくと想像します。当然、その分ビジネス・ノウハウ書の売り上げは割を食うことになるでしょう。
■「瀕死の状況」で書き手や出版社に求められるもの
ここまでで大きく二つの流れを確認しました。
一つは、巨大なヒット作の土壌になるような「共通の話題を集める素材」が不足している(あるいはそもそも求められていない)という状況です。
もう一つは、書籍以外のメディアの台頭により、そもそも情報を求められる媒体としての期待が下がりつつある、という状況です。
「動作」などに関しては動画メディアが優れており、手軽な情報入手では圧倒的に生成AIが勝っているという点を考えると、書籍が担える領域は以前よりも小さくなっていることは間違いありません。その上、カリスマの不在でその領域を大きく支配できるコンテンツを期待するのも難しい状況なのです。
そういう厳しい戦況の中で、何を展開していけばいいのか。それが書き手(あるいは本を出す側)に求められる思考でしょう。
長くなってきたので、その検討は次回としましょう。
(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2024年2月5日号の一部抜粋です。本記事のつづき(2月12日号)をお読みになりたい方は、この機会に初月無料のお試し購読をご登録の上、2月分のバックナンバーをお求め下さい)
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