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2006.9/15 「アジアって、楽しい」

 シンガポールの旅は1日で終わり。

次なる国は、魅惑の王国“タイ”

飛行機がリタイムで2時間遅れはしたものの、そのおかげできれいな空港でゆっくりすることができた。

事前にS$10分のお食事券をもらっていたのだが、リタイムのお詫びにもうひとつお食事券がついてくるハプニング。

まぁ、最初のS$10で腹いっぱいハンバーガーを食ったけど…。

シンガポールの空港には、無料でインターネットやゲームができる場所が充実していて、ホンマに退屈しない。

いや、空港ってじつに快適だ!


 少しの間、映画「ターミナル」気分を味わった後、タイに向けて離陸した。

いや、ずっと思ってたけど、さすがシンガポールエアライン!!

キャビンアテンダントはみんなスタイル抜群!!(すんません、オヤジです…)

んで、今回はインリンにバリ似たに接客してもらった。

2人でマジ興奮してました。(ごめんなさい)


 さて、タイには5時間ぐらいで着いた。

最初の印象は、とにかく日本人が多い。

パスポート・コントロールには日本人しかいなかった。

そのため、向こうの人もみんな日本語が上手い!

なんか日本に帰ってきたような気分になった。


 タイの宿泊先は、バックパッカーの聖地“カオサン通り”の近くにすることに…。

この通りがすごいのなんのって。

世界中から集まったバックパッカーで溢れかえり、おしゃれなバーや屋台がずらりと並んでいる。


 一気にテンションがあがった僕らは、ビール片手にうろつくことに。

まぁ、タイの屋台はぜったい腹壊すなんて思いながらも、この雰囲気では後先考えずに楽しまなきゃ損だと思い、食べまくった。

ホンマにエジプトに比べりゃ、なんて安全なとこなんだ。

けっこうフラフラになるまで、ビールを飲んだね。(こーゆうのが、1番危ないんだろうなぁ…笑)

この夜は、飲んで、食って、ベットへバタンキュー。

なんて幸せなんだ(笑)

エジプトでガリガリになったのを取り戻せそうだ!(笑)


 そうそう、タイに着いて1番にしなければならなかったことが、カンボジアへの移動手段。

日本でもいろいろとアドバイスをもらっていたので、日本語が通じる旅行代理店を探すことに(カオサンの周辺は旅行代理店もたくさんある)

良くしてもらったので、あえてここで推すけど、「ビッグ・ブルー」っていうとこはめちゃめちゃいい!

日本人スタッフもいて、いろいろ相談にのってくれた。


 カンボジアまで飛行機で行くか、バスで陸路で行くかそうとう迷っていたけど、飛行機代片道2万円、バス代片道1200円って言われると、バスの圧勝だったね(笑)

ちなみに、ガイドブックや外務省のHPには、タイとカンボジアの国境付近は危険レベルでいうと4段階中3番目の危険度。

エジプト全域に4番目の危険情報が出ていたことを考えると、けっこう危険な雰囲気。

しかも、内戦が終わってから十数年。

あちこちにまだ地雷が埋まっているらしい。


 まぁ、みんな行ってるから大丈夫だろうと、腹をくくった。

それが、すごい旅になるとは知らず・・・
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2006.9/14 「1日だけの大都会」

 ははっ、2カ国目だべ。

その国とは“シンガポール”!!!!

自然と高度化した都市が交じり合う小さな国。

ちょっと、都市計画でも興味がある。


 てか、この国すげぇよ!

地下鉄のチケットを買うときに、オレたちのいなかっぺぷりを発揮してしまった。

この国の切符は、すべてカードタイプ。

旅行者もデポジットをして、いちいちカードを買うことに。

んで、驚いたのは買うとき!

ここの券売機には、日本みたいな金額のボタンがない。

んで、どうやって買うかって?

なんか、真ん中に路線地図があって、自分の行きたい駅を押すだけ。

そうすっと、画面に金額が出てくる。

マジハイテク。

まぁ、そんな田舎もんの話はさておき。


 この日は朝に空港についてから、宿を探し、その後市内を回ることに…。

シンガポールは安宿といえども、ちょっと高い。

その割には設備はフツーなんだけどなぁ(笑)


 まぁ、シンガポールといえばベタベタですけど、“マーライオン”でしょう!

てなわけで見に行くことに…。


 その道中、この旅で初めての雨にあった。

ちょっとほっとしたというか、なんか気持ちよかった(笑)

一気にカラカラの空気から、じっとりとした空気に変わり、ちょっと服装に戸惑う。


 そして、そのマーライオンの感想はというと・・・

ベルギーで小便小僧を見たときと同じ感想。

はっきり言ってやろうか?

しょぼいよ…あんた。

しかも、口のまわりコケで汚いし。

ちょっと上げるつもりだったテンションのやり場に困った(笑)


 その後は、セントーサ島というリゾート(!?)の島へ行くことに。

マーライオンのお父さんと赤ちゃんがいた。(まぁもっとでっかいヤツと、小さいやつってこと)


 そんなリゾート開発された島のビーチへ行ってみた。

天気も悪かったせいか、海水が汚いし、人もぽつんぽつんとしかいない。

閑古鳥が鳴いていたね。

まぁそんなとこへ行って、男2人でなにすんねんって話にもなって…

旅の疲れもあって、とりあえず展望台に上って、ぼーっと海の向こうに浮かぶタンカーの群れを見ていた(笑)

そうそう、シンガポールの港って世界でも最先端の港らしい。

かなり巨大なくせして、ハイテクだとか…。


 その日の最後に無料の噴水ショーを見に行った(いや、これがメイン)

けっこー子ども向けのつくりにしては、めちゃめちゃ楽しめた!(横でツッキーは瀕死だったが…)

レーザー光線とか、噴水を霧状にして、それをスクリーン代わりに映像を映したり。

もちろん、高々と上がる噴水。しまいにはあっちこっちで炎が立ち上がる。

おもしろかったべ。


 その夜は、ホテルの周辺が「リトル・インディア」という地区なので、そこのインド料理の店で食べることに。

いや、辛いけど旨い。

久々に飯を食ったよ(笑)

料理は大きな葉っぱの上に乗っかって出てくる。

もちろん、手で食べる(初体験でした)

水は最後までがまんがまん!


 その後は、もちろんショッピング!

シンガポールはスーパーマーケットというよりハイパーマーケットって感じ。

とにかくでかい!

そして、安い!

そら、日本人が買い物にくるわなんて思いながら、これからまだまだ続く旅のことなんてほったらかして買い物しまくった。(ほとんどお菓子ですけど…)

そんな一日でした。


 まぁ、今の気分は正直よくエジプトから帰れたなという、ほっとした気持ち。

なんか、もう旅を十分すぎるほどした感じがする。

かなりの満足感と疲労感が一気にきたのか、この日は一日中グダグダやった。

明日がんばろう。
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2006.9/13 「別れ、そして新たな旅へ」

 エジプトに別れを告げ、一路シンガポールへ。

もう乗り慣れてしまったシンガポール航空の席、聞き慣れてしまった安全説明のビデオ、そしてきれいなお姉さんたち(笑)

この旅は本当に飛行機が多い。

全ての離着陸を足すと7回にもなる。


 また、空港ごとにカラーも違うのがおもしろい。

カイロの空港は正直汚いし、暗い。

バンコクも同じようなもの…(もう少し旅行が遅ければ、新空港だったのに!)

しかし、シンガポールのチャンギ国際空港はやっぱ違う!!

オレたちはトイレのきれいさに驚き、空港で何度トイレに行ったことか…(笑)

それに、トランジットや入国審査の経路も分かりやすい。

そして、なんといっても雰囲気がステキ。

ドバイの空港もなかなかのものだったが、やっぱりシンガポールが1番かな。


 まぁ、そんなこんなで、今日は1日移動日です。

エジプトの疲れと、失った栄養を、機内で充電せねば!
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2006.9/12 「ツーリズムの影」

 結局疲れて寝てしまったので、13日の空港でこの日記を書いている。

途中からエジプトのまとめを書いたので、前の文章とかなりかぶっているものもあるが、ご了承願いたい。


 昨日は遅めの出発で、ルクソール西岸の遺跡を見た。

王妃の谷では、ネフェルトアリの墓は修復中で見れなかったものの、多くの美しい壁画を見ることができた。

壁画は比較的新しい(といってもかなり前ですけど…)色づかいなどもくっきりと残っており、小さな洞窟の部屋中に描かれている。

その絵は、小さな部屋の“空間を支配する”ようであった。


 その後、時間も余っていたので、貴族の墓へも行ってみた。

またここがかなりマニアックな場所だったらしく、観光客の姿はゼロ。

管理人のおっさんもかなりヒマだったらしく、丁寧に説明してくれた。

壁画は照明では痛んでしまうため、洞窟内には照明はない。

そこで係りの人が、入り口から鏡を上手に使って、中を照らしてくれた。


 5つほどの墓を回ったのだが、僕たちはこの旅で1番のデンジャラスなアドベンチャー(!?)をすることになる。

他に誰も観光客がいなかったため、係りのおじさんが立ち入り禁止のエリアに入れてくれた。(もちろん、バクシーシ目当てなのだが…)

その中でも、ラモーゼという貴族の墓には、地下に続く洞穴が開いていた。

照明もなにもなく、ポケットライトでは穴の底を確認することはできない。

かろうじて階段状になっているものの、崖に近い縦穴。

おじさんは、そんな穴へ入れと言ってきた。

なんと、地下には部屋があるのだと…。


 僕たちは一瞬ためらった。

なにか危険なにおいがする。

でも、行ってみたいと思った。


ポケットライトの明かりだけを頼りに、富士山以来の急な崖を下っていく。

もう、入り口の光は見えない。

ゆうに10mは下っただろうか?

そんな地中深くに、小さな部屋が現れた。


 4本の柱がある部屋、その奥に小さな穴ぐらが…。

もちろん、整備も何もされていない。

正直びびって、このまま地震か何かで埋まってしまったら、助からないだろうななんて思った。

そんな、僕たちの目の前に現れたのは、なんと“ガイコツの頭”!!!!

博物館で見た生々しいミイラも何体も見た。生後6ヶ月の赤ちゃんのミイラも見た。

しかし、こんな無造作に放置されたガイコツには、ホンマ寒気がした。

エジプトの炎天下の中でも、洞窟は意外に涼しい。

その“涼しさ”が“寒さ”に感じられた。


 急いで地上に出て、太陽の下へ行っても、少しの間寒気は止まらなかった。

水をガブ飲みして、気持ちを落ち着かせようとした。


 その後、何度目になるだろうか、ナイルに沈む夕日をじっと見ていた。

僕たちのエジプトの旅は終わった。


 エジプトでの生活は、決して楽なものではない。

小学生ぐらいの子どもたちが、観光客相手に物売りをしている。

街中の人たち全てが、僕たちを“日本人”として特別視していた。

街を歩いていると、話しかけられない時間なんてない。

“エコツーリズム”が生み出した、様々な問題。

すこし、勉強してみようと思う。


 ホテルへ戻ると、数人の日本人バックパッカーと出会った。

いや、エジプトへ来て思うことは、日本人女性はたくましい!

特にバックパッカーには、女性が多いんではないだろうか?

あんな重そうなリュックを背負って…。


 仕事を辞めて、1年間ぐらい旅をするという人にも会った。

中東を回ってエジプトに来たらしい。

オレもちょっとイランとかに興味が出てきた。

こういう人たちと話していると、定職を持つことだけが将来ではないような気がしてくる。

少なくとも、こういう人たちと出会えたことは、自分にとって大きかった。


 その夜、カイロへ向かう列車の中で、日本大使館で昔働いていたことがあるエジプシャンと出会った。

寝台車の部屋が横だったこともあり、少し談笑をすることに…(けっこー眠かったけど…)

今は観光ガイドの仕事をしているということだったが、職業病かエジプトについて何も知らない僕たちに、エジプトの歴史を語ってくれるという。

眠い目をこすりながらも、エジプトの歴史を1から全て聞くことに。

もちろん日本語で(笑)

彼とはエジプトに入ったときに出会いたかったな(笑)

ツアーでない分、タダでガイドをしてもらったのはマジでラッキーだった。

しかも、かなり面白い話だった。(さすがは日本大使館で働いていただけのことはある)


 そして、最後に彼はこんなことを言っていた。

「昔のエジプト人は賢かった。それが、今のエジプト人は…」

同じことを、僕もこの旅を通して感じていた。

なぜ、あんなピラミッドや壁画を作れた勤勉な人たちが、今では観光客相手に詐欺まがいのことばかりしているのだろう?


 その原因のひとつに、イスラム文化があるのだろう。

長い歴史の中で、エジプトはイスラム教圏からの侵略を受けた。

イスラム教が定着するにつれて、多くのエジプト文化が変化していった。

今では過去の遺産を元に、観光客相手にバクシーシをせびるようになった。(全ての人がそうではないが)


 しかし、彼らは本当に陽気だ。

フレンドリーという言葉が、良く似合う。

誰とでも友だちだし、はるか遠くから来た僕らにだって親切に対応してくれる。

イスラム教圏の国では、その人とのコミュニケーションがめちゃめちゃ楽しい。


 また、エジプト人だけでなく、日本人との交流も楽しみの1つである。

世の中にはたくさんの「お兄さん、お姉さん」がいるんだなと、改めて実感した。


 会社を辞めて中東やヨーロッパを1年かけて回る人たち、カイロの大学で考古学を学ぶために進学する人、ルクソールで観光業をしようとしている人、ホンマにいろんな人がいる。

みんなどこか変わった人たちだけど、“自分の行きたいがままに生きる”ということを、心から全うしている人たちだと思った。

自分が将来同じようなことをするかは分からないが、夢のためにこんなエジプトまでこれる精神力は、見習おうと思った。


 エジプト人・日本人を問わず、ほんとにいろんな生き方の人がいるもんだ。
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2006.9/11 「世界を知ることの意味」

 明日が、実質エジプト最終日。

今までのエジプトを振り返ると、ホンマにいろいろなことがあった。

外国人をいいことに、ボラれるのは当たり前。

公共機関でさえ、ボってくる。

警察さえ信用できない世界。


 街を歩けば、出会う人みんなに「ジャパニーズ?チャイニーズ?ワンダラー、ワンダラー(1$)」と商売をされる。

彼らは「安い」という言葉を知らない。

いつも、誰でも「ノー高い」って言う(笑)


 車のクラクションやイスラムの放送(これがまたすごい!)が街中に響きまくっている。

取り合えず落ち着ける、気を許せる場所がない。

始めは、すごいところへ来てしまったと思ったが、今では日常のことのように感じられる。


 売買の駆け引きも上手くなった。

もちろん最初は、高値をふっかけられる。

そこで、買わないそぶりを見せたり、変えるフリをしたり、時には相手をだます。

例えば、「他の店では、もっと安く買ったよ」など…。

大抵は、相手の最初の言い値の半額以下になる。ひどいときは10分の1になるときもある。

相場もわかってくるようになったし、ガイドブックも心強い。


 こんな世界なので、エジプトにはスーパーはない。

つまり、値札の貼った商品は見たことがない。

すべては店員の言い値で決まる。

水1つが1.5£E(=30円)ぐらいのところから5£E(=100円)まで、水一つ買うのにも値切らなければならない。


 言い値から、いかに自分の思っている値段に下げていくか。

これがマジでおもしろい。

まぁそんなことをしていると、大概の店員と仲良くなる。

時には、日本人と思われていると高く値をつけられるので、フィリピン人やインドネシア人に化けることも。

その他には、ちょっとムリはあるけどフランス人やイタリア人と言ったりして…(笑)


 エジプトやインドネシアに言えることは、イスラム圏の国々では人と人とのコミュニケーションが非常に豊かである。

日本ではスーパーがあり、値札もある。

ほとんど店員に値段を聞くこともない。

しかし、エジプトでは値段を聞かなければならない。

つまり、コミュニケーションを嫌でもとらなければならない。


 彼らは、出会って5分もたたないうちに、まるで友だちのように話し、握手している。

道が渋滞しているときは、隣の車の人と楽しく談笑している。

しかも、どんな人もである。


 なんか、すばらしい世界だなって思う。

こんなに人と話すことが楽しくなる世界なんて、日本では考えられない。


 今日は9/11。

アメリカ同時多発テロの日。

世界を考えるという意味で、エジプトに来れたことはとてもよかった。


 話は戻って、今日の旅の話へ。

今日は昨日に引き続き、自転車でルクソール西岸を回った。

王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿など、見所はたくさんある。


 しかし、暑い。

本に「ドライヤーの中にいるような感じ」と書いてあったけど、本当にそう感じる。

いや、それ以上かもしれない。


 そんな道を、ぽつんと2人だけチャリこいでるバカがいる。

エジプト人にとってみても、相当変わっているのであろう、通る車、車から「がんばれよ」とか、グッドとか話しかけてくる。

なんか、オレたちすごいことをしているんだなと思い、ちょっとバカを実感した。

でも、そんな道を観光客が大型バスに乗って通り過ぎていく。

彼らには味わえない経験である。

改めて、エジプトの温かさ(いや、暑さか!?笑)陽気さみたいなものを感じた。


 ホテルは1泊400円だが、クーラーもあり、快適な生活をしている。

しかし、1歩外へ出れば、砂ぼこりと騒音の街である。

そんな街で楽しく生きる。

うだるような暑さの中でも、陽気に生きている人々にはホントに頭が下がる。


 続いて、自分のことを少し。

日に日に黒くなっていく自分の顔を鏡で見ながら、段々とエジプシャンに近づいていくのが分かる(笑)

お腹も少しゲリ気味で、正露丸のお世話になっている。

自分の中のマイブームは、灼熱の大地を歩いた後の冷たい炭酸飲料!!

これほどジュースを飲んでいることは、人生で初めてではないだろうか?

炭酸が、ほてったカラダにしみこむのがマジでわかる(笑)


 野菜を全然食べていないので、栄養が気になるところではあるが、それはアジアのフルーツで取り戻そうかな(笑)

トイレは1日3回ぐらい。

水分はほとんど汗として流れる。

きたない話、まっ黄色のが出る(笑)

水は1日5ℓぐらい飲んでいるのかな?

ホンマ、オレの水分を返せ!!


 やっと、旅の本題へ。

さっきも言ったけど、ガイドブックの話しを真に受けてしまい、灼熱の荒野をチャリで疾走することに…。

王家の谷ではツタンカーメンの墓に入ったり。

その後、ハトシェプスト女王葬祭殿へ。

ここら辺から、暑すぎて記憶があるようなないような・・・(笑)

帰ってきてから、写真見直します!
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2006.9/10 「友よ」

 今日はそろそろ疲れも溜まってきているみたいで、朝から体がだるい。

昨日の晩のうちにアスワンからルクソールへ移動し、ホテル「アラベスク」に宿泊した。

そうそう、昨日アスワンのホテルのオーナーにだまされかけ、怒って出て行った。

結構うさんくさかったけど、最後の最後にだましてくるとは…。

ホント気が抜けない。


 レンタル自転車を持ってきてくれた、エジプシャンの青年に起こされ、遅めの朝食。

ハエがたかったであろうパンと、ジャムの朝食にももう慣れた。

目玉焼きを作ってくれるのがちょっとうれしい。(だいぶと卵の殻が入ってますけど…気にしない。笑)


 日記を書くことにも少し慣れてきたので、今日は相方のことについてでも書こう。

オレがこの旅で、1番元気づけられた曲は、福山雅治の「友よ」である。

疲れたときや、不安になったときに、めちゃめちゃ癒された。


 さて、この旅の相方(友)は“ツッキー”

ちょっとオレと同じで、空気を読めない気があるけど、いいやつ。


 ツッキーとの旅では、ヒマなときは恋愛の話をすることが多い。

まぁ、この旅でしか話してくれないことを、いっぱい話してくれてる気がする(笑)

パートナーとしては心強いような、そうでないような…。


 朝はゆっくり洗濯物を取り込んで(いや、よく乾く。でか、乾きすぎ!!)、自転車でルクソールのナイル川東岸を回ることに。

ルクソール神殿、カルナック神殿と見て回った。


ただ、朝が遅かったことが致命的であった。

エジプト観光の定石は、日の上りきらない早朝に観光をする。

なぜなら、まぁ暑いから。いや、熱いのほうが正しいかもしれない。

特に9月。

いや、日差しはハンパない。

スプライト、コーラは必需品。

普段は炭酸なんで一気飲みしないオレですら、1ℓくらいなら簡単に空けてしまう。

とにかく、炭酸が旨い。

生き返るというか、なんというか…。

店には水が炭酸かしか置いてない。

まさに、日中の遺跡観光は“根性”という言葉が良く似合う(笑)


 その根性で、だだっ広い両神殿を見て回った。

かなりダメージを受けていて、崩れたものや修復中の壁などが目立ったが、それでも見ごたえは十分であった。

炎天下の中、白く光りそびえたつオベリスク。

部屋には、色鮮やかな壁画。

うちの大学と同じぐらい広いかもしれない、壮大な神殿が様々な景色を見せてくれる。

当時の原形を想像するのが楽しくなった。

また、エジプトをかみ締めたひと時であった。


 その後、フェリーで対岸に渡った。

明日から2日間かけて見学しようと考えている「王家の谷」などの下見。

長い長いサイクリングロード(いや、チャリを乗っているのはオレたちだけ)。

前を見ればツッキーだけ。

迷ったらどうしようなんで思いながら、とにかくチャリをこいだ。

遺跡群の入り口で、今日はもうクローズしているという話を聞いて、来た道を戻る。


 夕食は、ナイルの夕日とルクソール神殿を見ながらのマクド。

いや、でかいのなんのって。

ドリンクだけで、リッターはあるんじゃないかっていう量。

まぁ、この地ではマクドが1番まともな料理に感じる。

なんてったって、4つ星のレストランですから(笑)


 その後、少しスーク(商店街)をうろつくことに。

フェアトレードの店を見つけ、入ってみる。

ツッキーが興味あるらしく、わざわざオーナーを呼んでもらって話を聞くことに。

最近、オレら行動的だなぁと思いつつ、オーナーと話をした。

明るく親切なオーナーは、フェアトレードのことを色々話してくれた。

短時間ではあったものの、すごくいい勉強になった。(写真は、そこの家族と…)


明日は早い。寝よう。
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2006.9/9 「砂漠の果てにあるもの」

 AM3:00起床。

今日はいよいよエジプト最南端の大遺跡“アブ・シンベル”に行く。

日も明けないまま、車は砂漠にのびた一本道を疾走する。


 日が昇ってくるとすぐに、アブ・シンベルに着いた。

湖が一望できる見晴らしの良い場所に、その遺跡はあった。


 心のドキドキを抑えながら、神殿の正面に向かう。

目の前に現れたのは、4体、いや3体の巨大な像。

言葉が出ない。

ピラミッドとはまた違った興奮が沸いてくる。


 内部はもっとすごかった。

壁という壁、天井までのいたるところに施されたピエログラフと壁画。

保存状態もかなりいい。


 入り口から入ると、まず迎えてくれたのは8体の大きな像。

2体ずつがお互いを見つめあい、まるで僕たちを迎えてくれるように立っている。

その一番奥には、正面を向き座った小さな像が4体。

幻想的にライトアップされている。


 スポットライトを当てられ、黄金色に輝く壁画は、素直に“美しい”と感じた。

まぁ、それが360°広がっているので、見るのに一苦労である。

また、当時の色が残っている部分もある。

こんな辺境の地まで来てよかったと、心底思った。


 それほど大きくない内部を、1時間以上かけて回ったが、まったく飽きなかった。

ルーブル美術館を3時間ぐらいで回ってしまった、“オレ”がである(笑)

口から出る言葉はただ、ただ「すげぇ」の一言。

ホントに来てよかったと思う。


 帰りのミニバスでは、乗り込んでいるみんなで仲良く話した。

ホンマにいろんな人がいる。

オレは、カメルーンから帰化したフランス語を話せるカナダ人(ウィル・スミスにマジ似てる!)と話していた。

その友だちは、昨日飛行機で荷物をロストしたらしく、今日は昨日買ったズボンをはいているとか…。

話は、オレが書いていた日本語に興味を持ったらしく、いろいろ教えた。

んで、オレもカナダの話や、帰化した話などいろんなことを聞いた。

この旅の1番のメリットは、いろんな人と話せることだと思う。

空港から送ってもらったお姉さん、宿で知り合ったバックパッカー、一緒にジュースを飲みながらナイルに沈む夕日を眺めた人、陽気なエジプシャンたち、外国人の旅行者・・・ホンマいろんな“出会い”がある。

普通の生活では一生出会えない(変わった)人たちとの、コミュニケーション。

旅の醍醐味である。


その“出会い”を自分の糧にできるように、いろんな経験談を聞けたらなと思う。

その積み重ねは、この旅を終えたときに、必ず自分に影響を与えるはずである。

そう、信じたい。
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2006.9/8 「いざ、南へ」

 一路、アスワンへ。

カイロから南へ鉄道で14時間。

ナイル川沿いのちょっとした田舎町。


 駅を出ると、ロバや馬のフンの臭い。

でも、もう慣れた(笑)

たどり着いた「ヌビアン・オアシス・ホテル」はなかなかのもの。

着くとすぐに値切り交渉&ツアーの勧誘(いや、勧誘というよりは押し売り)

これも、慣れた。


“高い”っていう演技や、相手をじらすジェスチャーはかなり上達した、と思う(笑)

結局、30分の奮闘の末、$35で1泊2日のツアーを組むことに。


 そして、環境システム工学科としては興味を示さざるおえない「アスワンハイダム」へ。

昔、小さすぎてナイル川をせき止めることができなかった「アスワンダム」を通り過ぎ、しばらく行くと、なにやらでっかい湖が…。

それをつくっているのが、この「アスワンハイダム」

正直、大きさがよく伝わらなかった。

まぁ、俗にいう“ダム”の範囲ではなかった。

いや、でかい。


 次に、そのダム建設のために沈んでしまうため、島の上に移築された「イシス神殿」へ。

島というだけあって、ボートで向かわなければならない。


 湖に浮かぶその神殿は、神秘に満ちていた。


 石を削り、形どられた様々な文字や模様は、古代エジプトを感じるには十分すぎた。

管理も不十分なため、ゴミが目立ったことが残念だったが、建物に触れ、そこに刻まれた文化を感じることができた。

古代人は偉大だ。


 続いては、オベリスクの石切り場を見学。

ここには切りかけで放置されたオベリスクがあったり、切り出された跡が無数に残っていた。

大きな一枚岩が、いかにしてあのきれいなオベリスクになるのかを想像するだけで、お腹がいっぱいになる。


 その後、元々予定していなかった“フルーカ”という帆船に乗ってナイル川クルーズに。

この旅で1番のバカンスになったのではないだろうか?

2人の船員に巧みに操られ、風の力だけで力強く動く船は、ナイルの壮大さと、やすらぎを十分に感じさせてくれた。


 他のフルーカはツアーの団体客をいっぱい乗せていたが、僕たちの船は2人っきりの貸切状態。

船の先端で寝そべって、ナイルの流れに身を任せる感覚は、今までの疲れを癒してくれた。

2つほど島へも上陸した。

1つは植物園のような島、もう1つはコプト人の住む島であった。

そこでは、コプト人の昔ながらの街並みや生活を見ることができた。

青年がガイドをしてくれたのだが、いろいろと考えさせられることがあった。


 フルーカに戻り、ナイル川の西岸に沈む夕日をゆっくり見ていた。

“SAMURAI BLUE”の帆を掲げたその船は、ナイル川をゆっくりゆっくりと進んでいった。

まるで、時間がゆっくりと流れていくように、夕日はゆっくりと沈んでいった。
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2006.9/7 「めざしていたもの」

 今、列車を待ちながらこの日記を書いている。

カイロ発アスワン行きの寝台列車。

$53と、エジプトでは破格の値段。


 夜の8時発で、7時半に着いたのだが、まだ来ない。

そばにいたエジプトのおばさんやおじさんに「遅いですね」って言うと、「エジプシャンだから」って笑われた。

そんな談笑をするのも、また楽しい。

「世界の車窓から」の1シーンのようだ。


 今朝は朝6時に出発し、いざ念願のピラミッドへ。

ペンションのドミトリーで同室だった、西川君と3人で向かうことに…。

バスに乗ろうとしたけれど、便名の数字が読めん。


 急がないと、1日限定100人のクフ王のピラミッドに入れない。

そこで、流しのタクシーを捕まえて、いざギザへ!!


 猛スピードでとばすタクシーが途中で止まる。

いきなり変なおっさんがタクシーに乗り込んでくる。

よくゆう悪質のガイドである。

「あぁ・・・引っかからんときたいなぁ」と思いつつ、5人になったタクシーでギザへ向かう。

しかし、このガイドがうるさいのなんのって…。


 そんでもって、違う入り口に連れて行かれる。

ホンマついてない。

チップはもちろん払わず、サヨナラ。

急いで別の入り口に向かう。


 そうそう、初めてピラミッドを見た感想を。

一言で言うと「なんじゃこりゃ!?」

よう建てたなぁという気持ち。

いや、すげぇ。(まぁトーゼンな反応ですよね…)


 入り口の坂をダッシュし、いざチケット売り場へ。

「あった、あったよお母さん!」

“クフ王へのチケッツ”

そして、感動のピラミッド内部へ…。


入り口でカメラ持込チェックがあり、少し手間取ったものの、洞窟の中へ。

思ったよりも狭く、細く、息苦しい通路。


 どれだけ登ったろうか?

ひとつの大きな部屋に着いた。

その部屋は、石の壁できれいな長方形を形づくっていた。

その薄暗い部屋の奥に、ファラオの眠る石棺。


 自分の中の冒険心が“ドクン”と音を立てた。

入り口から(現在の入り口は盗掘で作られた穴)奥へと広がる、壮大な世界観。

人一人がやっと通れるような、通路(もはや道とは呼べない)。

一度中に入ってしまうと、自分がピラミッドのどこにいるのかは、想像もつかない。

ただ分かることは、かなり高い位置にいるということ、そして中心にいるということ。

しばらく、その暗闇を味わった。


 その後、カフラー王のピラミッドへ向かおうとした途中、ラクダ乗りにつかまってしまう。

そして、初めてのラクダ乗り。

ラクダって想像以上に背が高い。

一度乗せられると、降りることはできない。

これがはめられた!

人目につかないところまで、うまく誘導され、降りる前に金を払えという。

粘ったが、相場の倍ぐらいの50£E(約1000円)を払ってしまう。

いい社会勉強になった。(これをきっかけに、お金のやり取りの仕方が上手くなっていく)


 ピラミッドもすごかったけど、もっとよかったのはその周辺に広がる集落の遺跡群。

10m以上の穴(窓)があちこちに開いていて(正確に言うと、穴が開いているのではなく、自分たちが建物の天井にいる。

つまり、大部分は砂で埋まっている。)、まだまだ発掘されていない場所や壁画の数々。

「こんな無造作にしてあっていいのか?」

1日いても飽きないくらいのアドベンチャーがそこにはあった。


 さらに、ピラミッド周辺のセキュリティーの人に、本当は入っちゃいけない場所(例えば。カギがついているような)に連れて行ってもらった。もう、その場所には、僕らとその人しかいない。

まぁ、彼らの目当てはバクシーシ(チップ)なのだが、ホンマに色々見せてもらった。

しっかり管理されている多くの遺跡と違って、エジプトはこんな有名なピラミッド遺跡群ですら、身近に遺跡を感じることができる。

目でみて、手で触って、そして多くの謎がまだまだある。

すごいね。


 夕方には、シタデルあるイスラム地区へ。

イスラム文化の中心地。

またピラミッドとは違ったエエもんを見せてもらった。


 そして、今は電車の中。

ビール片手に夜食をほおばる。

ではでは。
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2006.9/6 「初アフリカ大陸!!」


 初めての個人海外旅行で、エジプトをチョイスしたのは少々ムリがあったようだ。

空港を出ると、右も左も分からない。

というか、文字が一文字も読めない。数字ですらアラブ語。


 そんな時に出会った日本人女性2人。今思えば、ホンマに救世主に見える。

大人数のほうがタクシーが安くつくからと、誘ってくれた。

2人にすがりつくしかないと思い、彼女らが泊まるという「さくら」というペンションに行くことへ…。


 空港のトイレでチップをせがまれたりすることも、もう慣れてはいるはずだったが、アラブ人に手を差し出されるとなんとも怖い。


 空港からの道にも圧倒された。

広がる景色は、今まで見てきたどの景色とも違っていた。

首都とは思えない。

廃墟、いや住めるのか?

そんな景色・雰囲気に圧倒され、パニックになりながらもペンションに着く。


 すると、小さな子ども(小学生ぐらい)が出てきて、30kgはゆうに超えるであろうスーツケースを、ペンションがある建物の7?8?階まで運んでいく。

すぐにエレベーターを探してしまった僕たちには、考えられない。


 ペンション「さくら」は、日本人に人気の安宿。

なんといっても、オーナーが日本語を喋れる。

ここでの日本語は相当貴重である。

そのオーナーに歓迎され、紅茶を飲みながら、やっと気持ちを落ち着かせることができた。

正直、内心はエラい所に来てしまったと思っていた。

なんという“運”だろう?

たぶん空港で誘ってもらえなかったら、今頃どうしていただろう?

そんなことを考えると、ぞっとする。


 さて、カイロでの拠点が決まったことで、僕たちもやっと行動できるようになった。

まずは、明日のアスワンまでの切符を買いに行くことに。

しかし、これが難関であった。


 カイロの中央駅、ラムセス駅の1つの窓口に群がる群衆。

みんな、列車のチケットを買おうとしている。

とてもじゃないが、あの雰囲気に割ってはいる自信はない。

幸い、タクシーのドライバー(ペンションのオーナーの兄)が助けてくれて、列に並ぶことに。


 行列ができているにも関わらず、窓口の女性は実にゆったり。

なんともエジプトらしい。

しかも、行列も特に順番があるわけではなく、皆たむろしているようだった。

僕たちはドライバーが群集を掻き分けて進む後に続く。

当初の僕たちの予定では、アスワンまで2等列車で1300円ぐらいで行ける予定であった。


 しかし、切符がない!?

なんと、前日ではもう満席とのことであった。

しかも、外国人は安全のため、カイロ以南に列車で行く場合は、装甲車のついた護衛がある列車で行かなければならない。

そのため、本数が限られているのである。

ホントついてない。


 しかたなく、外国人専用の高級列車「ワゴン・りー」なるものを使用することに。

片道$53は正直痛かったが、何とかチケットを取ることができた。(まぁ、いろいろと紆余曲折があったよな、ツッキー笑)


 その後、エジプト考古学博物館へ。

まぁ、正直な感想、博物館と言うより巨大な倉庫。

所狭しと展示された遺産の数々。

薄暗い展示室には、全て見るには何日かかるだろうと、考えさせられるほどの量があった。

1番見たかったツタンカーメンのマスクにはめちゃめちゃ感動した。

あいつ、マスクだけじゃない!

そんな広い博物館の2階の半分を占めているほどの、財宝の山。

若くしてなくなったため、財宝の量はかなり少ないと言われているにも関わらず、感動するほどのものであった。


 博物館にはミイラ室があり、別料金で1000円取られはしたものの、その価値はあった。(そうそう、ちなみに学生はエジプト全土の遺跡の入場料は半額)

ラメセス2世といえば、みんな知っている有名人。

そんなすごい人のミイラを、目の前で見ることができた。

驚いたことに、ミイラには歯も爪も、髪の毛までもが残っている。

生々しく、ちょっと重苦しい気分になった。


 博物館を満喫した後は、ペンションまで徒歩で戻ることに。

地図では近かったのだが、迷ってしまった。

もちろん標識なんて読めるはずもない。

しかも、エジプト人はあまり英語が通じない。

けど!けど、彼らはすごく親切!

めちゃめちゃ優しい。親切にその通りまでつれてってくれたりもする。(ただ、あまり意図が伝わっていなかって、さらに迷ってしまったが…)

そんな、人とのコミュニケーションをたくさんした。(いや、せざるおえなかったというほうが正しい。笑)

でも楽しいね。


 夕方は、オールドカイロとハーン・ハリーリ(エジプト最大のみやげ物屋)に出かけた。

初めて電車にも乗ったし♪


 そーとー疲れながら、帰宅。

そして爆睡。