7bd072da.JPG






 今日は、早朝5時半に宿を出発し、ローマを後にした。

9時前に港町ナポリへ到着。

高層ビル群がそびえ立つその町は、

どのイタリアの町よりも都会だった。


 反面、ナポリっ子こそ、本当のイタリア人といわれるように、

とにかく皆さん陽気陽気・・・。

聞いてもいないのにホテルの場所を教えてくれる。

そして、町はかなり汚い。

まるで、エジプトの町に来ているような感じがしてちょっと懐かしく感じた。


 本日の予定は相方と別行動し、ナポリ近郊の遺跡、ポンペイへと向かった。

ポンペイはヴェスヴィオース火山の噴火によって1900年ほど前に

一瞬にして灰に埋まった町。

そこには、まるで時が止まったかのような錯覚にとらわれる。


 遺跡といえば、ほとんどは権力者や宗教的な象徴の意味外が強いものが多い。

しかし、ここは民衆の生活の場、さらにいえばポンペイの国のライフスタイルを

読み解くことができる。


 遺跡の保存状態・・・というより、町はそのままの姿で残っていた。

民家の台所、壷、さらにはコロッセオや運動場、道には石畳が機能的に

敷き詰められ、所々に水道管が露出している。

屋内には壁中に壁画が色あせることなく残っており、祭殿や中庭などが

当時の生活感をそのままに伝えてくれた。


 自分の中で、エジプトのピラミッドやカンボジアのアンコール遺跡

と並ぶ、歴史の奥深さを知ることのできる遺跡だった。


 町なので、とにかく広く、歩くもの至難の業。

見所も、というより見るところが町なので、とにかく数か多い。

ただ、これほどの都市か一瞬にして滅びたと思うと、どこか胸が痛む。


 一番興味深かったのは、人が灰に埋もれてうめいている人の遺体が

展示されていたことだった。

その悲痛な表情は、はだしのゲンに描かれている苦しんでいる人そのものだった。

後々、日本人ガイドがしゃべっていることを盗み聞きしたところによると、

人が埋もれると、その形のまま溶けて空洞になるらしい。

そこへ、考古学者が石膏を流し込むと、人型がとれるという。

死体じゃなくてほっとしたものの、そのリアルさが未だに印象に残る。


 このポンペイを知るきっかけとなったのは、4回生前期の講義で

京大の先生に教えてもらったことである。

彼は、ポンペイの水道技術についての調査チームに参加し、

ポンペイを訪れたのだった。

その時紹介してもらった遺跡も見ることができた(若干柵をくぐりましたが…)


 この洗練されたモザイク画が埋め尽くすポンペイという町。

ヴェスヴィオース火山を背景に、今なお姿を残している町は、

一つの芸術のように見えた。


 その後、海まで出て、岬で一杯を楽しんだ。

夜はリーダーと合流し、町一番のピッツァ屋さんへ。

本場ナポリのピッツァはマジで違う!

大きな窯で手際よく次々にピッツァが焼かれていく。

種類もベーシックなマルゲリータのみ。

これぞ「ザ・ピッツァ」を楽しんだ。


 たぶんイタリア最後の夜になると思うが、イタリアは最高だった。

ありがとう。グラツィエ!



(写真:地中海と一杯)

f4f3f425.JPG






 旅もあと2週間。

ドイツ、スペイン、フランス、イタリアと旅し、

今日は第5の国、バチカン市国へ。


 国といっても、どこからがバチカン市国なのか、

歩いているだけではまったく分からん。

サン・ピエトロ寺院を中心に、豪華絢爛な国のなかは、

有名な博物館や宗教施設がずらっと並んでいる。


 とりあえず広場に入ってみたものの、なにやら集会があるらしく、

広場は講演会場になっていた。

厳重なセキュリティーチェックを受け、博物館へ向かう。


 とにかく混むことで有名なこの博物館名物の行列が

博物館の塀を囲い込むようにずらっと並んでいた。

入り口も遙か先で、まったく見えないまま、とりあえず最後尾へ。

意外と早く進み、小一時間ほどで中にはいることができた。


 エジプト王朝に時代から、中世・近世までの壮大なコレクションの

見本市みたいな博物館。

その豪華さに、夢の宮殿にいるかのようでした・・・なんてね。

でも、間違いなく自身が訪れた博物館の中では1番であろう。


 大きな建物の天井に描かれた絵、ラファエロやミケランジェロの大作を

見て、正直絵に感動した。というよりは、その壁や天井一面に絵を描くという

努力と忍耐に感心した。

人間ってここまでやれるんだという限界を見せてもらったような気がする。


 必ずしも大きな絵が良いというものではない芸術の世界でも、

ここまで大きすぎると、オレが描いても世界遺産になったかもしれない(笑)

それに、天井に描くという、難しさ、もったいなさ。

ずっと上を見ながら描いたのか?

それとも、台を作って寝て描いたのか?

どちらにせよ、頭に血が上りそう。

さらに、見る僕らとしても非常に疲れる。

首がつりそうになりました(笑)

せめて、壁に描いてくれよ・・・。


 この博物館全体が芸術という作品の中で、

ボクが一番気に入った絵は、「アテネの学堂」というラファエロの作品。

ミケランジェロやダ・ヴィンチ、ソクラテスなど、歴史上の偉人や天才を

一枚の絵の中に描くという、まさに夢のようなコラボ作品。

まぁ一番おもろいのは、描いたラファエロが、自分自身をちゃっかり

描いているというオチャメなところ。

思わず、おみやげででっかいパズルを買ってしまった(笑)


 その後、サン・ピエトロ寺院を鑑賞し、腹も減ったし、

自炊をすることに。

イタリアということで、パスタを作った。

500gのパスタを2人でたいらげ、久々に満腹中枢が悲鳴を上げる。

なんか、この旅でメシをたらふく食べた記憶がない。

あぁ、幸せ。


 食後はすっかり暮れたローマの町を散策し、ライトアップされた

コロッセオを見ながら、生ギターの演奏を聴き入った。

ほんとに幸せなローマの休日でした。


 宿泊者はほぼ日本人と化した宿に帰り、多くの日本人と旅の情報交換。

これがかなり重要で、よく助けられている。

今回も日本で調べたときにはさっぱりだった(それでいーのかよ…)

ギリシャまでの行き方が、なんとなく見えてきた(よーな)


 あと、旅人たちのオススメは、オランダのアムステルダムらしい。

ドラッグ・売春が合法な国。

でも、意外と安全らしい。

また、時を見計らって行かねば・・・。

まぁ、オレは楽しまないと思うけど・・・。


 明日はナポリ!!

本場のピッツァがオレを待っている。



(写真:バチカン市国)

cf165271.JPG






 まだ夜も明けぬうちに、フィレンツェの町を旅立ち、

次なるはイタリア最大の観光地であり、首都のローマ。

鉄道(もちろんローカル)で4時間の道程。

爆睡して、周りの紳士に起こされる始末。

でも、なんとかローマ・テルミニ駅に到着。


 さすがは世界随一の観光地らしく、駅周辺に安宿が整っている。

宿もすんなり決まり、いざ観光へ。


 とりあえず、一番近かったんで、やっちゃいました。

トレヴィの泉でのコイン投げ。

これをするとローマへ再び訪れられるという言い伝え。


 ミーハーなボクは「ローマの休日」ばりにジェラードをほおばる。

ヨーロッパへ来て思ったことは、とにかくアイスクリーム屋が多い。

至る所に店があり、しかも食べたいと思わせる気候・環境がある。

もちろん、味は最高。

その他にも飲み物はコーラ(日本でいうお茶のような感じだろうか)、

軽食といえばケバブかサンドウィッチ、あとはピッツァ。

ほんとにどこに行ってもこれらは揃っている。

この旅でコーラが好きになって帰りそうである。


 食べ物以外だと、観光客が持つカメラ・ビデオの99%が日本製。

ソニー、フジ、キヤノン、ニコン・・・世界での日本パワーを見せつけられる。

そうそう、我が愛機のソニーαちゃんもけっこう持っている人を見かける。

やっぱりキヤノン、ニコンが多いが、がんばれソニー!!


 話を戻す。

その後、スペイン広場、ポポロ広場、真実の口と、まぁ定番ばかりですな。

しかし、疲労がひどい。

少し歩くと座りたくなる。

口数も旅を始めた頃に比べ、極端に少ない。

正直、しっかり景色を見ているか、観光しているかも怪しい。


 そんなこんなで、最も有名なフォロ・ロマーノとコロッセオに着いた。

やっとローマのメインディッシュって感じです。

エジプトの遺跡を彷彿とさせるような遺跡群が僕らを迎えた。

丘陵の斜面を上手く利用し、ローマ時代の世界へタイムスリップさせてくれる。

巨大なる建造物の中にも、人々の生活やコミュニティへの想像を

かき立たせてくれるものばかりだ。


 夕日が意思の芸術を赤く染め、今日もローマは生き続ける。

コロッセオが滅びるとき、ローマも世界も滅びるのだから。



(写真:フォロ・ロマーノ)

958fdeb3.JPG






 まぁ、見はなされたというか、完全な自分たちのミス。

今日は早起きしてウッフィツィ美術館に行く予定だった。

朝8時ぐらいには美術館前に長蛇の列ができている・・・

・・・ハズだった。


 なんだこの閑散とした冷たい空気は!?

まぁ、入り口を間違っただけでしょう、なんて言いながら

本を見ている。

「休(月)」の文字。

あわてて時計を確かめる。

絶対くるうことはないCASIOのG-SHOCKは、文字盤に「MON」と。

うそやん!!


 フィレンツェの町に超関西弁が響きわたる。

フィレンツェ観光の目玉が一つ消えた。

しょんぼりして、もう一つの美術館であるアカデミア美術館へ。

寝起きでかなり迷い、10分ぐらいで済む距離を30分以上かかり、

着いた。 休み。 おまえらは床屋さんか!!


 一気にフィレンツェがアウェーに見えた(笑)

今日は気合いを入れて、フィオレンティーナのユニフォームに

身を包んでいるのに・・・。


 仕方なく、中央市場でトマトとリンゴをゲットし、

遅めの朝食を済ませた。

次に訪れたメディチ家礼拝堂では、人骨を飾るための見事な彫刻を

見て、ミケランジェロが手がけた部屋を見学。

 まぁフィレンツェを感じることができたので良しとしよう。


 そして、フィレンツェの町の象徴でもあるドゥオーモのクーポラ

(円形のドーム)へ。

目が回るくらいの螺旋階段と、屋根裏部屋のようなスペースをのぼり、

頂上へ出た。


 昨日もピサの斜塔にのぼったな~なんて思いながら、

ほんとに高いところが好きです、ボク。

眼下にはオレンジ(屋根)と白(建物の壁)の世界がパァーッと広がる。

なんかここまで巨大な建造物を造る必要があったんだろうかと

考えさせられるくらい、周りの建物は小さい。


 先人の努力の結晶を、一瞬にしてのぼってしまった自分を考えると、

先人に感謝したい。


最近そんな風に思う。



(写真:フィレンツェの町並み -クーポラ屋上から-)

10fa83ea.JPG






 昨日の夜は実をいうと、華やかなヴェネチアの町を離れ、

フィレンツェに深夜0時に着いた。

思っていた以上に(安い)宿が見つからず、ある有名な美術館の廊下で、

今回の旅2回目の野宿を決行した。

2回目ので、、なんというか手慣れてきたというか・・・。

この前買ったコートが非常に役立った。


 そうして朝早くに起き、宿を探し終えた僕らは、

フィレンツェの隣町、ピサへ向かうことに。

ピサへはフィレンツェから鉄道で1時間ほど。

斜塔以外とりたてて何かがあるわけではない。

そののどかな町へ降り立った。


 しばらく町を歩くと、斜塔は突然現れた。

見る方向が悪いのか、イマイチ傾いているように見えない。

が、しかし、実はスゲェ傾いていた(笑)


 塔はのぼることができる。

なんと€15もかかる。

修復費用も含んでいるとはいえ、ちと高すぎる。

今夜の宿泊費用とてんで変わらない(笑)


 ここまできたら、男ならのぼるしかない!!

塔は入場者数を非常に細かく制限しており、

手荷物までも持ち込めない徹底ぶり。

やっぱ建物に負荷がかかると、だんだん傾いていくのだろう。


 塔にのぼるまで2時間ほど待ったものの、いざ塔へ。

入った瞬間から平衡感覚が奪われた。

階段は螺旋状になっているため、当然階段の傾きも場所によって違う。

階段の石畳は人の足ですり減り、かなりくぼんでいる。


 塔の頂上まで来ると、さすがに息が上がった。

もう傾いているのかさえ、定かではなかった僕に、

外の景色がそれを認識させてくれた。

・・・確かに傾いている。

円形の塔頂上部に立つ僕の、一番高いところから低いところまでは、

高低差1mくらいはあるかもしれない。


 世界で一番有名な塔。

ニュートンが万有引力を発見したという作り話が

本当であってほしいと少し思う。

「あぁ、リンゴ持ってくればよかった。」



(写真:ピサの斜塔)

 
 


12d03ff1.JPG






 待ちに待ったヴェニスの町。

車やバイクが一切通らない。

僕にとっては素晴らしい町だと思う。


 前日宿を取った後、町を少しうろついたんだけど、

テキトーに歩いていると迷いに迷って、泣きそうになりました。

歩いていると、行き当たるのは水路、水路、水路・・・。

とにかく袋小路が多く、なかなか目的地まで行けない。

広い迷路の中にいるようだ。


 そんな翌日の今日は、詳細な地図を頼りに散歩をすることに。

まっすぐ南へ向かいたいのに、右へ行ったり、左へ行ったり、

橋を渡ったりと・・・とにかく歩きまわされた!


 あとあとヴァポレット水上バスのようなものに乗って、

その目的地まで快適に行ける水路に驚いた。

この町にとって、歩ける道は、水の道の補助的なモノだと感じた。


 しばらく歩くと、大きな広場に出た。

すごい人、人、人・・・。

けっして大きくはない島に、これほどまでの人とは…。

おそるべしヴェネチア。


 ずっと潮のにおいがしていたのに、なかなか海が見えないこの町。

とにかく海が見たくなって、海岸沿いの道へ出てみる。

そこには、まるで心の中の想像のヴェネチアを、

そのまま表したかのような青い空、緑の海、

その全てが太陽を受けてキラキラ輝いている。


 絵になるゴンドラ乗りや、対岸の島に広がる中世の町並み。

入り組んでいた町中では分からなかった、町全体を見ることができた。


 とりあえずヴェネチアは財布のひもをゆるめて、エンジョイすることにした。

とりあえず、麦わら帽子を購入。

やっぱ、海にはこれが似合う。

帽子を選んでいると、通りすがりの見知らぬイタリア人夫婦に

「似合うよ!」とポンと肩をたたかれ、意気揚々(笑)


 本島の対岸から、初めての“レストラン”と名のつく店で

ピッツァを注文し、サン・マルコ広場を眺めながらの昼食。

この旅始まって以来の優雅さをかみしめた。


 ヴェネチアが世界随一の観光都市として有名な理由がよくわかった。

水上に咲く大輪の島々。

時を忘れて旅を楽しんだ一日だった。



(写真:ヴェネチアの風景)

472492a9.JPG






 今日は完全な移動日となった。

ニースから今日の目的地までは、鈍行で何時間かかんねんってほど遠い…。

な・の・に、朝は初めてのホテルステイで、めちゃめちゃのんびりしてしまった。


 まぁ、それでも9時前には駅に着き、昨日も訪れたフランスの隣町、

イタリアのヴィンテミリアへ向かうことに。


 小1時間ほどで着いて、フランス国鉄SNCFから、イタリア国鉄トレンイタリアへ

乗り換えることに。


 1時間ほどヒマがあったので、メシを食べるために海岸へ向かった。

昨日は気づかなかったが、そこではバザーのようなものがけっこうな規模で

開かれていて、かなりの人でにぎわっていた。


 僕たちはピンときた。

この寒いヨーロッパをやり過ごすためには、防寒具が必要だと。

野宿を始め、ヨーロッパは予想以上に寒く、荷物削減のために

薄着しか持っていなかったため、最近の寒さに悩まされていた。


 とりあえず手頃な値段のものを探してみることに…。

あった。€15。

踊る大捜査線の青島警部のようなカーキのジャケット。

怪しい華人が店を開いているところで見つけた…。

裏地はありがちなバーバリー柄。

しかも、けっこういい品だとアピールしてくる。

・・・間違いなく安物の特性だ。


 とはいえ、背に腹は代えられず、値切って€14(って€1しかダウンしなかった)

で購入。ちょっと痛い出費になってしまった。


 世界の車窓からは、まだまだ続く。

地中海の絶景を眺めながら、イタリア有数の港町ジェノバへ。

そこから、ルートを北に変更する。


 ジェノバでたまたま出会った日本人とミラノまでの車内でだべっていると、

こやつはすごいということがわかった。

なんと、自転車でヨーロッパを旅しているらしい。

まぁそこまではありきたりかなと思ったが、+α海外初心者マーク。

別にチャリ部に入っているわけでもなく、この旅のために購入。

さらに、命の次の次に大切な地図は、地球の歩き方の粗末な広域地図。

オレにいわすと、無謀のような・・・。


 とりあえず思いつきでヨーロッパに来たという彼いわく、

明日からミラノ近くでF1が開催されるらしい。

そんな情報は初耳だ。

あわよくばミラノで宿を探そうと思っていた僕らは、この事実を受け入れ挫折。

泣く泣くミラノの滞在を諦め、ヴェネチアへ進路を変更した。


 てなわけで、今日は完全な移動日となってしまったわけです。

現在ヴェニスへの移動中。到着は午後9時前。

・・・宿あるかな?



(写真:ミラノ ターミナル)


3a653352.JPG






 今日は1日中、南仏のバカンスを楽しむことに。

まずは、昨日行ったビーチで泳ぐことに。

ちょっと寒かったけど、青い空、緑の海、輝く太陽を楽しむことができた。


 最初はじじばばしかビーチにいなかったが(笑)、

だんだんと若いカップルや、ナイスバディを見せつける美女、

さらにヌーディストも現れだした!!

バカンスって感じがします!笑


 海辺で太陽をかけ布団に昼寝をして、いざモナコへ。

その前にイタリアとの国境の町、ヴィンテミリアへ立ち寄った。


 素朴な町並みの奥にアルプス、両側の崖に立つ家々、

透きとおるような清水の流れる川、そしてその先に広がる碧い大海原。

“絵になる”と思った・・・。


 南仏の旅のよいところは、海岸沿いをひたすら走る鉄道からの車窓であろう。

いたるところにビーチがあり、山の斜面には家が立ち並ぶ。

まるで太陽の光を精一杯浴びようとするかのような、

そんな町並みが多い。

海にはヨットやバカンスを楽しむ人々。

少々波はきついが、どの浜辺でも泳ぎたいと思わせる風景が続く。


 そんな車窓を遮られるように、地下にあるモナコ公国唯一の駅、

モンテカルロ駅に着いた。

地下といっても不思議である。

駅は斜面の上部に存在するため、町へはさらに下ることになる。

駅から続く谷間を通り抜けると、そこには超裕福な国、

モナコの全景が飛び込んできた。


 斜面を埋め尽くすように高い建物が立ち並び、

港は高級クルーザーでごった返している。

港の奥には超豪華客船が出航をむかえ、巨体を狭い港から巧みに押し出す。

そして、町の道路を高級車が猛スピードで駆け抜ける。

ひと目でこの国に惚れ込んでしまった。


 さっそく大好きなF1のコースをたどって、町を散策してみることに。

道にはF1で使う赤と白の縁石がひかれ、その道の上をフェラーリ、ポルシェ、

ベンツ、アメ車などなどの高級車が走っていく。

やっぱり、かっこいい。


 町全体も非常にクリーン(清潔)。

物価もさほど高くなく、むしろフランスより安いぐらい。

今まで(高くて)ガマンしていた焼きたてのピザを買い、夢中でほおばった。


 カジノやオシャレなレストラン、博物館など

時間的にもお金的にも格好的にも行けないところがたくさんあった

名残惜しい町(国)だった。

またお金をつくって訪れたいと強く思った。


 カゼもあとは鼻とのどを残すだけとなり、

明日からのイタリアの旅をエンジョイしたい。


メルシーボク。



(写真:コート・ダ・ジュールの車窓)

8f891491.JPG






 朝五時前、目が覚めた。

しばらくして、自分のカラダが冷えきっていることに気づく。

相方は気持ちよさそうに爆睡。

とりあえず50mほど先のマクドまで行ってみる。

川から容赦なく吹き付ける風は、寒いというよりピリピリする。

あったかいスープ、あったかい飲み物、そーいえばこの旅で

まだ出会っていない。


 フランスという世界が冷たく見える。

日本はとりあえずコンビニがある。

マクドも24hでやっているとこが多い。

すばらしい国だ。

体は温まることなく、ただただ体力ばかりが奪われた。


 しばらくして、駅に一人のフランス人がやってきた。

僕たち不審に見つめる。そらそうだろう。

向こうには100均のカッパを着て、寒さに震える僕が

どう映っているのだろう?


 とかなんとか想像しているうちに、僕に話しかけてきた。

とりあえず、片言のフランス語と英語を駆使して話しかけてみる。

どうやらもうすぐ駅が開くから、ということを言っているみたいだ。

ちょっと、いいやつ。


 5時半ほどに駅舎がオープンした。

いの一番に飛び込んだ。あたたかさを感じる。

しかし、体力がほとんどない。

自分の体温をつくり出す、カロリーのあるものを食べなくては…。

そばにあった自販機で、超高いスニッカーズに手を出す。

コインを入れ、ボタンを押す。

機械が動き、スニッカーズが押し出される。

しかし、落ちてこない。

パッケージの端がちょうどひっかかって止まってしまった。


 もうふんだりけったりな気分になって、泣きそうになった。

自販機をドンドン叩いてみるものの、ビクともしない。

なんて運にみはなされているんだ。

あんだけ、教会を訪れたのに、神は僕をみはなしたのか?

それともこれは試練なのか?


 今度は体当たりでドンドンやってみる。

駅舎にむなしく響き渡る。

それにもめげずに、渾身の一撃をくらわす。

ドスッ。

待望のチョコレートは生まれてきてくれた。


 夢中でむさぼり、お腹が少し満たされたところで、

寒さをまぎらわすために、イスに座り無の境地へ。


 こうして、無事次のチケットを買うことができ、

コート・ダ・ジュールの町、ニースへ。

ニースまでの列車の記憶はまったくない。

アヴィニョン、アルル、マルセイユ…名だたる町が恋しい。


 ニースには列車が少し遅れ、午後3時に着いた。

ホテルを探すのもめんどくさく、駅のインフォで聞くことに。

ユースよりも安い€17の宿を紹介してもらい、駅近くのその場所へ向かった。


 そこは、駅近で最高の立地。

しかし、中にはチャラい兄ちゃんが一人いるだけだった。

チャラい説明を受け、部屋へ。なるほど、安いわけがやっと分かった。

中には、Wサイズのベットが二台と、シングル一台。

すでに先客がいるようで、空いているWサイズのベットへ。

つまり、共同部屋かつ2人で1つのベット。

まぁいいや。

Wベットも相方と寝るのはドイツ以来。


 この日は、海岸でボーっと日焼けし、高いケンタッキーとシャンパンで

久々の豪勢なディナーにした。


 海からのそよ風が気持ちいい。



(写真:世界遺産 カルカソンヌ)

aa77a519.JPG








 早く元気になって、旅をもっと満喫したいと、

ココロでは思っても、カラダがなかなかいうことを聞いてくれない。

ユースで少し遅めの朝食(不味い)をとり、バルセロナを後にする。


 向かった先は、フランスとの国境に近いフィゲラスという田舎町。

かの巨匠、サルバドール・ダリの美術館がある町。


 バルセロナと比べれば、本当にのどか。

もしや…と思いつつ美術館へ。

途中、市場で買ったトマトをほおばり向かうと、そこには長蛇の列。

うわぁ…と思わすため息が出た。

しかし、並んでみるとなんなく入ることができた。


 美術館のゲートをくぐると、そこにはキミョウキテレツな

空間が広がっていた。


「ダリとは何か?」ということを改めて考えさせられる。

自分自身今まで行った美術館の中で、一番印象深い場所だった。

建物自体がダリの作品としての機能を持ち、各フロアには

観客を魅せる工夫が数多くちりばめられていた。


 その後、行けるところまでという感じで、フランスを目指すことにした。

ここで、予定していなかったミスがでた。

フランスの国鉄が思った以上に高かったのだ。

この分ではフランスを越えるまでに€100以上かかってしまいそうであった。

僕たちは顔を見合わせ、苦渋の決断をした。


 その答えは、「世界遺産を見に行こう!」であった。

それなら高い交通費にも目をつむれる。

そして、もう一つは野宿をすること。

夏といえども、もう9月。

フランスではジャケットやニットを着た人が目立つ。

しかも、治安は悪い。

駅では不審者(ジャンキー)を必ず2~3人は見かける。

いや、しかしお金が・・・背に腹は代えられない。

だんだん、ビンボー旅行の神髄が見えてきた。


 目的地カルカソンヌに着き、暗く冷たい石畳の路地を

2人黙って歩いていると、建物の窓から照らされる明かりが

どこか切ない。

時計は午後10時30分。

晩飯は駅で買ったフランスパンのサンドイッチ1つ。

それでも500円以上したため、躊躇した。

お金持ちになりたいとつくづく思う。


 ただ、奇跡は起こった。

真夜中の路地を抜けると、そこにはまるでディズニーの世界から

飛び出した。いや、僕たちがその世界に迷い込んだような光景が広がっていた。

二重の城壁に囲まれたその世界遺産は、モン・サン・ミシェルにも

ひけをとらない。

正直、ひもじさにめげそうになっていた僕は、感動のあまり

息をすることを忘れた。

頭の中で感動するのではなく、腹のあたりが熱くなった。


 城壁と城壁の間を、ぐるっと一周するだけでも一苦労だった。

ただ、人影はほとんどなく、世界遺産を独り占めできた気分にひたれた。


 さぁ、初体験の駅前野宿が待っている!



(写真:世界遺産 カルカソンヌ)