c946f391.JPG






 今は朝からトプカプ宮殿を見に行くことに。

宮殿全体はイスタンブールの象徴として、ボスボラス海峡を見渡せる場所にあった。


中身自体はあまり見応えはなかったが、宝石の数々には男でも目を奪われた。

その宝石の感想としては、なんともったいない使い方を・・・といった感じ。

もう、ちょっときれいな石といった感覚で、イス、机、箱等々…身の回りのものは

何でもかんでも宝石をちりばめてやった!ってかんじ。

ちょっとやり過ぎでしょ。


 んで、本日のメインイベントは昼食。

元々おいしいトルコ料理を食べてみたいと思っていた僕らは、

日頃のうっぷんを晴らす意味でも、旅のゴールが見えたことで、

お金に少しは余裕が出たことからも、

食べたいものを食べたいだけ食べようと決めてしまった。

料理はどれもおいしく、日本でも流行りそうな(てか流行ってるのかな?)

日本人好みの味付けだった。


 ただ、ちょっと料理を頼みすぎて、成人男性2人でもきつい量だった。

これはちょっと食べ過ぎたかな~と思い、少しばかりお会計は心配に…。

まぁ、いっても4000円ぐらいかなと、ある程度検討をつけてみた。

近くのオヤジにチェックを頼むと、スラスラと書き上げた数字は53YTL。

正直びっくりした。

なんせ宿泊費2日分よりも高かったのだから・・・。

といってみても、もう遅い。

2人の胃袋のなかに消えてしまっていた。


 こんな感じで僕たちのイスタン2日目は終わった。

明日からはまた金欠と戦うことになりそうだ。



(写真:ラマダン明けのモスク)
 
946de683.JPG






 朝4時、急に腹が怒り出した。

突如始まった試練は、朝9時のバスターミナルに着くまで続いた。

波のように押し寄せては引いてを繰り返す。

ギリシャから腹ン中に居ついている悪ガキが、今頃暴れだしたのだろうか?


 まぁこんな話はここまでにして、イスタンブールのオトガルのトイレで

初めてイスラム式のトイレを経験した。
(もちろん左手でケツは洗わなかったが・・・)


 イスタンブールに着いた印象は、広い、そして寒い。

昨日豪雨とカミナリの中をバスが走り抜けていたことを考えると、

寒さは天候のせいかもしれないが、それでもコートなしにはいられない。

とにかく、イスタンの中心部へ。 そしてホテルを目指す。


 イスタンで有名な日本人安宿「Tree of Life」へ。

イスタン1の安宿とは聞いていたが、昨今のユーロ高で値上げしている。

チェックインするなり、節約のイロハを口うるさくいわれ、なんか嫌な感じ。


 宿泊者全員が日本人なので、安心といえば安心だが、

なんか海外へ来ている気もしないのは、ちょっと幻滅。

長期間バックパッカーが久々に日本人に会えて落ち着いているといった感じ。

長期滞在者もいるが、彼らは何をしているんだろう?

とまぁモンクばっか出る場所ではあったが、寝泊まりには問題はない。


 そして、早速街へくり出す。

とにかく、朝から何も食べておらず、腹が減ったので、

日本語のおかげで有名になった「サバサンド」を食べに行く。

旧市街と新市街を結ぶ「ガラダ橋」の袂で、サバサンドは焼かれていた。

あたり一帯魚の焼けるいい匂い。

でもしばらくはどこで焼かれているか分からなかった。

でも匂いは確かにする。


 よくよく目を凝らしていると、波で揺れまくっている船の中で

サバが器用に焼かれていた。

元気の声を出しているお兄さんに「サバサンド?」と聞くと、

「イェース、サバサンド!!」とテンション高く答えが返ってきた。

日本語が商品名になっているという話は本当のようだ。

この他にも日本語は様々な場所で使われていた。

グランドバザール(大規模な商店街)では、「バザールでござーる」や

なぜか「山口組」という言葉も(笑)



 とにかくトルコ人は日本語が上手い。

他の国でも単語単語をを話す、うさんくさいやつはよく見てきたが、

トルコ人は普通に日本語を話す。

恐れ入った。


 後々聞いた話だが、トルコ人には親日的な人が多いらしい。

歴史的・政治的にも、日本とトルコには深い絆があるようだ。

若者はそこまで考えているかは別として、日本人を快く迎え入れてくれる

雰囲気がそこにはある(良くも悪くも・・・)。


 サバサンドは日本を思い出させてくれる懐かしい味がした。

特に味付けがされているわけでもなく、レモンでいただく。

この後も何度かお世話になった食べ物だ。


 腹を満たしたところで、ブルーモスクで知られるスルタンアフメット・

ジャーミィへ。

その前に、イスタンブールには本当に大きなモスクが数多く存在する。

ブルーモスクまでたどり着かないうちは、あの大きなモスクがそれか?

などと本当に勘違いする。

でも、ブルーモスクに着いたときには、他のモスクとの別格な偉大さと、

荘厳さに見入ってしまった。


 ミナレット(塔)が堂々と天を指し、その中心にキリスト教のクーポラと

ひけをとらない半円形のドームがある。

以前エジプトで見たモスクもすばらしかったが、こちらもすごい。


 中に入ってみると、高く薄暗い天井から、

幾本ものひものようなものが垂れ下がり、

そのひもにローソクが付けてあり、明かりがついている。

幻想的な世界にも、イスラムの匂いは漂う。

僕たち観光客が安易に踏み入れてよいのかと思うくらいの空間が広がっていた。


 その後、とある事情でリーダーと別れた僕は、

一人のトルコ人に捕まってしまった。

日本語が上手いどころではなく、僕と普通に会話ができる。

こちらがかなりくだけた言葉を話しているつもりでも、

彼は余裕で理解している。

別に物売りで近づいた訳ではないらしく、こちらも彼に興味がわいてきた。

そこで、しばらく道を歩きながら色々と話した。


 どうやら彼はトルコのキリム(絨毯のようなもの)を

日本やアメリカなどへ輸出している仕事に携わっているらしい。

そして、彼自身もデザイナーらしい。

海外旅行の鉄則として、こういう外国人はついて行かないのは

基本中の基本である。

私も少しは長い旅行経験があるので、危ないかどうかの判断はある程度できる。

それでも私は彼に対して、不安どころか興味を持ってしまった。

まぁ、ヒマだったこともあり、彼がオフィスでチャイでもと言われるがままに

ついて行ってしまった。


 オフィスには彼の弟(トルコで有名なデザイナーらしい)と

その子分2人がいた。

漢字の多きな習字の額が飾られ、マンガもある。

それでいてかなりオシャレなオフィスであった。


 とりあえずチャイをごちそうになる。

睡眠薬強盗の線は頭から消えていた。

兄はしばらくして部屋を出て行き、弟と子分と私の3人で話をすることに。

とりあえず、日本語が上手いことにも驚かされながら、色々な話をした。

とにかく彼が有名そうなデザイナーということは、嫌というほどわかった。

さらに、私を気に入ってくれたということもよくわかった。


 チャイも飲み終えた頃、彼が新しく作ったキリムの1つを見せてくれるという。

子分は驚きを隠せないようで、弟が部屋を出て行くと僕に

「君は彼にとって特別な人間のようだ。かなり気に入らないとこんなことはない」

というようなことを必死に私に説明してくる。

少しウンザリしながらもその話を聞いていると、

弟が戻ってきて、神聖な雰囲気を醸し出しつつキリムを床に広げた。


 しばらくして、ボソッと(例えるなら口調はマジシャンのセロのよう)

しかし、トーンは地をはうように低く、そしてゆっくり話し始めた。

「これは2人の友達の話」と・・・確か話の冒頭はこうだ。

そして、その2人の少年の人生をキリムのデザインで表しつつ語る。

僕もその世界に入り込み始める。


 話は静かに終わった。

しばらくの沈黙・・・。

まったくのシロウトの僕も、キリムを見ながらすごいすごいとしか言えない。

なにぶん空いては日本語がわかる。


 屈んでキリムを見ていると、弟の後ろに飾ってある写真に気づく。

2人の人が写っていたが、最初誰であるかすぐにはピンとこなかった。

少し近づいて見ると、見慣れた顔に見えてくる。

「コイズミダ」

日本の首相がトルコ人と握手をしている。

興奮気味に聞くと、写真は彼のおじいちゃんだと言う。

イラク戦争の時に、トルコと日本の間で交わされた友情みたいな話での

お礼の時の写真ということだった(歴史にはうといのでよくわからないが…)

今まで8割方彼らを信じようとしていた僕を、確信へと導く

決定的証拠とでもいわんばかりのモノであった。


 また、しばらく沈黙が続く。

そして弟がボソッと話を切り出す。

はじめはよく聞き取れなかった。

少し英語が混ざっていたからかもしれない。

その言葉を自分の中でよくかみくだいた。

「$2500で君に売りたい」

確かにそういったように聞こえた。


 「やっぱりか」という思いと、未だに信じられない自分がそこにはいた。

一気にカラダの筋肉が硬直し始める。

まだ心の中では、商売ならここまで手の込んだ芝居を何重にもわたって

するだろうか?という思いがあった。

パムッカレの宿で、イスタンで10万円絨毯を買わされた大学生の話も聞いている。

まぁ、自ら鳥籠に飛び込んでいったものの、自分のカンがはずれたことに

少しがっかりした。


 あんだけの話の後なので、心の中では「ノー」と決まりきっていても、

なかなか言い出せない。

さらに沈黙が続く・・・。

もう、帰りたいの一心であった。

さすがに$2500はだせない、大学生なのでといえたのは

それから10分後ぐらいだろうか。

もう一枚別のキリムを持ってきたが、そのときは買うつもりは一切無いと

言えたので、話は終わった。


 一応、友達だからという言葉と、また来るという返事を残し

僕はその場を後にした。

ビルを出て、空を見上げたとき、正直ホッとした。

それが本当に正直な気持ちであった。

でも今は楽しかったとも思えている。

この後も「私はゲイだ」というヤツに絡まれてキスされたり、

アップルティーをごちそうになったり、日本に何人も彼女がいるという

店員と話したり、トルコは一日中飽きない。


 晩飯は宿の人と、ラマダン後のメシ所に潜り込んでタダ飯を食べた。

ラマダンもしていない(それに近いことはしているが・・・)のに、

快く私たちを迎えて、食事を提供してくれた。


 大きなテントの中は、ラマダンを終えた人々でにぎわっていた。

本当に楽しい一日であった。



(写真:グランドバザール)

f4c7ad3b.JPG






 今朝は爆睡し、気分上々。

朝飯はホテルでかなりうまい石焼き風卵とじなんたらを食べ、遅い出発。

レンタサイクルをかなりマケて借りまして、テキトーにブラブラすることに。


 カッパドキアの地図は、どれを見てもかなりアバウト。

距離感もつかめなければ、方角もよくわからない。

この旅でチャリに乗るのは初めてやけど、けっこう快適。

ツアーと違って自分が行きたい所へ行けるし、自由に時間を使えるのも魅力。


 サイクリングしていると、奇岩は至る所にあることに気づく。

キノコのような岩が群がって立っているその姿に、2日目でも感動してしまう。

カッパドキア全体は、丘と谷に分かれ、かなりアップダウンが激しい。

平坦な道は無いに等しい。

バイクにしとけばよかったとちょっと後悔しながら、

観光バスが向かう方向にとりあえずついて行く(笑)


 暑い、熱いエジプトを思い出す。

途中で買ったコーラが神秘の水に感じるくらい旨い。

奇岩を堪能した僕らは、なんとなくユルギャップという町を目指す。

こんな枯れた大地でチャリこいでるやつらなんて、オレたち以外いない。

何台ものワゴンに抜かされているうちに、

昨日のワゴン旅が実に快適だったと痛感する。


 要所要所で休みながら、見えない町をひたすら目指す。

ユルギャップは見た感じ何もない町。

昼飯に昨日買ったグレープフルーツを食べた。

柑橘系の酸味が体中の細胞を刺激してくれる。


 その後がひどかった。

とにかく登る登る。

時刻は2時過ぎ、トルコもたぶん一番暑い時間帯。

途中でもう無理だ、と思って木陰で休む。

ちょっと頭がクラクラする。

溶けたチョコレートをなめる。

少しやばいかなと思った。


 しかし、神様は僕らを見はなしてはいなかった。

たまたま通りかかっただけのトラクターを運転したオヤジが、

僕に手を振ってきた。

「乗っけてくれたらいいね」なんて話をしていた瞬間、

もう手は乗りたいというジェスチャーに変わっていた。

オヤジの車がスピードを落とした。

ン? これは? もしや・・・。 止まった!!

顔は笑顔に変わっていたと思う。


 急いでチャリンコで車へ向かう。

オヤジがギョレメか?と聞いてきた。

ヤッター!!

初ヒッチハイク成功。

ウチヒサル(目的地:丘の頂上)まで行きたいというと、

途中までということでOKしてもらった。


 荷台にチャリと僕らを積み込み、渋いエンジン音を立てながら、

ボロボロの車は坂を登り始めた。

・・・にしても、坂がハンパなく長かった。

たぶんチャリなら諦めていたかもしれない。

延々1~2km急な登り坂が続く。

おっちゃんの車はノロいため、他の車にガンガン抜かされていく。

それでも急な坂道を、へこたれず頂上まで登ってくれた。


 頂上まで登ったところで下ろしてもらった。

エエおやじは今からここで昼寝をするとのこと(笑)

あとはギョレメまで一気に下りる下り坂。

途中、ウチヒサルのピジョン村を見学し、

マウンテンバイクで下り坂を疾走した。


 晩飯は昨日と同じ、それと八百屋でタダでもらったトマト。

トルコの人情深さを感じるとともに、過酷な1日は終わった。



(写真:ヒッチハイクしたエエおやじ)

023b0372.JPG






 8時過ぎ、朝日がやっと昇ってきた頃、

僕たちは奇岩群の平原カッパドキアに到着した。

カッパドキアとは、「Landscape of Beautiful Hoses」のこと。

その中の1つの集落であるギョレメに来た。

ギョレメの町自体、奇岩をくり抜いて作られた建物が多く、

カッパドキアに来たことを実感させてくれた。


 デニズリのオトガル(バスターミナル)で出会ったチャキチャキの

大阪人の女の子と、アルパチーノ(ホテルのオーナー)の2人組に

紹介された洞穴ホテルへ向かう。


 「Shoe String」というちょいワルオヤジが経営するオテル(ホテル)は、

すごく雰囲気のいい洞穴ホテルだった。

そんなところでドミトリーはもったいないと思い、

奮発してツインの洞穴をとることに。


 部屋で休む事なく、さっそくツアーに参加して、カッパドキアの大地を

ワゴンで爆走することに。

後々わかることだが、カッパドキアの見所は広大な大地に点在し、

個人で回るには不可能であるということ。


 そんなこんなでこの旅初めてのツアーを楽しむことに。

まずは、ギョレメから丘を登ったところにある、ギョレメ・パノラマへ。

奇岩群を眺める絶景スポットは、カッパドキアというすばらしい大地への

導入には、一番の場所であった。

火山の噴火によって積もった灰や岩石が、何千年、何万年とかかって

水で削られてできた芸術は、トルコに来てよかったと何度も思った。


 次に向かったのは地下都市。

ワゴンで30~40分疾走して着いたその場所は、本っ当に何にもない草原。

ぽつんと地下への入り口が設けてある以外は、最近の建物ぐらいしかない。

本当に地下都市という名に恥じぬものがあるのかという一抹の不安を

感じつつ、とりあえず降りてみる。


 そこは地上とはうってかわって、ひんやりとした洞穴であった。

地下は見学できるところで、8層にもなり、下へ行けば行くほど寒い。

台所、学校、集会所、寝室・・・。

アリの巣のように張り巡らされたその洞穴は、人が住んでいたという

余韻を十分に感じさせてくれる空間であった。


 かがまないと降りれない階段をいくつも下り、大きな空間に出る。

そんなことを何度も繰り返していると方向感覚はもちろん、

いま自分がどれだけ地下にいるのかもわからない。

迷路どころか、いま地震が起こると100%死ぬな、と感じる。


 元々外敵から身を守るためにつくられた壮大な地下空間は、

所々に道をふさぐ石蓋があったり、通気口があったりと、

人間って住もうと思えば、どこでも住めるんだなと感心してしまう。


 1時間ほど英語のガイドさんと回り(個人でくると迷ってしまう)、

地上へ出たとき、太陽の眩しさにしばらく目が開けられない。

手塚治虫の漫画で地底人の話があったが、まさにその気分。


 次はウフララ峡谷へ。

また、この旅始まって以来のアウトドアなウォーキングをした。

グランドキャニオンを思わせる(行ったことはないけど)谷底を、

3~4kmほどウォーキングした。

その谷にも壁をくり抜いて作った教会や住居があり、

ほんといろんな所に住むな~とため息が出る。


 昼食後、今度は三角すいの岩山がある場所へ。

そーいえば草原に三角すいの巣を作るアリがいるけど、

まさにそんな感じで、こちらも岩をくり抜いて町が作られていた。

教会や学校、台所など、生活に必要なモノはすべて揃っている。

ひょっとすれば、今でも十分生活ができる。

まるでディズニーランドのスプラッシュマウンテンのように、

岩山をアスレチックに変えている。

トルコ人の底力はすごいね。

 
 夜ゴハンはケバブとビールとポテチ。

洞穴のホテルで食べたメシの味は、めちゃめちゃうまかった。

ちょっと酔いすぎた。

おやすみ。



(写真:カッパドキア ギョレメ・パノラマ)

3ead3f74.JPG






 久々にゆっくりめの朝を迎えた。

それは、宿の目の前が観光地だからだ。

そう、石灰のカタマリが今日の観光。


 観光スタイルは水着。

ゴーグルも持って泳ぐ気マンマン。

白い岩肌は歩いていると雲のつもったゲレンデを歩いているよう。

サンダルを脱いで岩を登るのは、かなり痛い。

今日は結局この丘を2往復したのだが、足の裏がジンジンしている。


 それはさておき、そこには想像通りの碧いプールがあった。

石灰棚と呼ばれるその水たまりは、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

白と碧だけの世界。

水につかった自分は、まるで一枚の絵画に描かれた湖に飛び込むように、

不思議な世界へと飛び込んだ。


 棚は上部まで段々に作られ(これは人工)、雲のような壁と共に、

ザ・パムッカレといわしめんばかりの世界観を創っていた。


 丘の反対側には、自然のままの石灰棚が広がっていた。

いつも自然の芸術家には驚かされる。

その作品は、カラダにスッと入ってくる素直な感動を与えてくれた。


 いま、トルコはちょうどラマダンの時期。

てなわけで、日中は観光客以外、現地の人の姿はほとんど見かけない。

観光客相手の飲食店や雑貨屋さんが開いている程度。


 別に僕たちも断食をしているわけではないが、朝食を食べていない。

てなわけで、昼食はちょっと豪勢にレストランへ。

トルコの料理は本当にうまい。

世界三大料理に数えられるだけのことはある。

ますますトルコが好きになりそうだ。


 夕方、夕日を見に、もう一度石灰棚へ登った。

赤く染められるかと思いきや、白さがより際だったその風景は、

旅の疲れを癒してくれた気がする。


 さぁ、今日は夜行バスでカッパドキアへ向かうぞ!



(写真:夕焼けのパムッカレ)

7cbde560.JPG






 朝4時。

爆睡していた自分に気づく。

船のレストラン、テーブルの下で一夜。

もうどこだって寝れる。


 船が都に着いたようだ。

ほぼ定刻通り。

さすがは海洋国ギリシャ。

ヒオス島はまだ暗く、「とりあえずフェリーでゆっくりすっか」という

寝起きの私の判断が軽率だった。

船が次の島に向けて出航することに気づいたのは、

まさに“few minutes”前。

いやはや危なかった。


 目の前のチケットショップが朝も早いのにやっていて、

そこでチェシメ(トルコ)までのチケットを手に入れた。

出港まで残ったユーロでコーヒーを買い、朝日を眺めた。

この旅で一番静かなひととき。

まるで世界が生まれてくるように、赤く染め上げる太陽を眺めながら、

泡だったコーヒーをがむしゃらにすすった。

幸せをかみしめる。


 ヒオス島から目に見える、対岸のトルコの町チェシメまでは約1時間。

小型船は大型船と違い、かなり揺れる。

それでもなんとか耐えながら、トルコへ到着。

パスポートコントロールを通過し、トルコの地を踏みしめる。

ヨーロッパ諸国と今のところ大して変わらない。


 トルコ第3の都市イズミルを目指し、バスで移動。

だんだんとイスラムの雰囲気が漂ってくる。

イズミルからは、かなりサービスの充実したばすでパムッカレ近くの

デニズリの町まで向かった。


 デニズリに着くと、クラクションの嵐、スパイスの強烈な香り、

顔の彫りが深く、少し肌の黒い人々。

エジプトと同じような懐かしい感じがした。

これこそがトルコだ。


 ヨーロッパの人はどこか愛想がない。

店の店員は客を神様と思っていない。

イスラム圏の国では、人は親切(内心はお金目的かもしれないが)。

オレはイスラムの文化が好きだ。

なんか居心地がいい。

とりあえずケバブをほおばり、目指すは石灰岩の白い大地、パムッカレ。


 車中、隣に座っていた高校生たちにトルコ語を教えてもらっていると、

いつのまにか車内のみんなと仲良くなっていた。

やっぱトルコはいい!!


 ホテルは日本人の奥さんが経営している宿へ。

1泊700円くらい。

やっぱヨーロッパは高いな、なんて思いながら、とりあえず

石灰でできた大地を見に行く。


 ここでやってしまったよ。オレ。

小さな小川があったので、カメラをぶら下げ通り抜けようとした。

「ツルッ」・・・コントみたいにコケた。

愛機を必死で守ろうとするが、また2,3回もがく。

ポケットの中は水浸し、ズボンも水没、カメラは・・・。

たぶん五分五分ぐらい・・・。


 オレの旅は終わったかな。

まぁ、結末は今日日記を書けていることで想像してほしい。


 オレってほんとバカだ。



(写真:夜明けのヒオス島)

a6c35175.JPG






 やっとアテネの観光について書くことができる。

今日は待ちに待ったかのように、朝一番でアクロポリスの遺跡群へ。

体調はまだまだきわどい感じだが、アクロポリスを見ずして帰れないという

気力の方が勝っていた。


 古代アゴラを見たあと、ついにパルテノン神殿へ。

丘というよりは岩の崖の上にある建物といっても過言ではない神殿。

当然、登る登る・・・。


パルテノン神殿は思った以上に修復の過程にあった。

大型のクレーンが2台に、作業台。

ヨーロッパの遺跡はほとんどどこでも大規模な修復をしている。

観光客としては早急に修復してほしいが、こればかりは致し方ない。

ただ、それほど邪魔になることもなく、神殿の曲線と曲線で構成された

建築芸術を堪能することができた。


 その後、ゼウス神殿を見学し、近くにある

近代オリンピック発祥の地へ向かった。

オリンピックスタジアムは第1回近代オリンピックが開催された地であると共に、

2004年のアテネ五輪の際、マラソンの野口みずき選手がゴールした

ことでも記憶に新しいスタジアムである。

きれいに整備されながらも、そのスタジアムにはなんか威厳みたいなものが

漂っていた。


 昼食後、国立考古学博物館へ乗り込んだ。

遺跡1つ1つに芸術性の高さを感じる。

いつも思うことは、もっと歴史を勉強しておけば良かったと、

自分の知識の無さと、英語力の無さを少し恥ずかしく思ったりする。


 今日はこれでおしまい。

フェリーに乗って目指すはトルコに近い島、ヒオス島。

本場のケバブ、待ってろよ!!



(写真:パルテノン神殿にて)


2c41e6d5.JPG






 この日記を書くのは2日後になってしまった。

それもこれも、この日はかなり大変だったからである。


 朝起きて、まず自分がゲリになっていることに気づく。

ギリシャは先進国でないということをすっかり忘れていた。

昨日水道水をガブガブ飲んで、「うめぇ、これは大丈夫」と

ほざいていた自分の自信はどっからきたのかわからない。


 しかし、弱音を吐くわけにもいかず、早朝から国立考古学博物館へ。

8時から開いているはずの博物館になぜか人がいない。

フィレンツェが頭をよぎる。

張り紙には「16 Sep. close」

理由はよくわからなかったが、その文字だけは瞬時に読み取ることができた。

自分たちの不運さに気づく。


 その後、例の日本人と合流し、話を聞くとパルテノン神殿らへんの施設も

クローズしているとのこと。

ことごとくついていない。

1ヶ月も旅行していて、ピンポイントに9/16にアテネを訪れたボクタチ。

今日の観光は断たれた。


 仕方なく、アテネのおみやげ街にくりだした。

いや~やっぱり観光都市だけあって、おみやげは充実している。

イタリアなんかよりもおもしろいものが多い。

ついつい財布のひもがゆるんでしまった。


 それでもまだまだ時間は余っていた。

そこで、アテネ市内を一望できる丘に登ることに。

これがまたかなりきつい。

しかも、2~3時は一番炎天下。

これが、結果的にはいけなかった。


 頂上からはアテネを360°眺めることができた。

アテネはギリシャの人口の3分の1が住んでいる。

見渡す限り、マンションくらいの建物でびっしりと埋まっている。

空地は見あたらず、道路すらよく見えない。

そして、パルテノン神殿はまるで岩盤という雲に乗っているかのように、

そびえ立った岩の上に輝いていた。


 カラダに異変が起こったのは、頂上で休憩しているときからだった。

カラダ中しびれて、上手く力が入らない。

そして、なにより熱い・・・。

これは、疲れからくる発熱だとピンときた。


 ホテルのベットに着く頃には、自由にカラダを動かすことが

できないくらいに疲れ切っていた。

しばらく仮眠したあと、体力をつけるためにマックでたらふく食べた。

ちょうど広場で大統領選の決起集会みたいなものをやっていたので、

昨日と同じく国旗を振りながら、発煙筒のたかれる中、盛り上がった。


 オレはいったい何人だ?



(写真:アテネの高台にて)

d8b83efe.JPG






 少し長かった航海を終えて、僕らは無事アドリア海に面した

ギリシャの町、ピレウスの港へ到着した。

手際よい舵取りと、船員の綱裁きで、スムーズに港へ停泊した。

海とは無縁な所に住んでいる自分にとって、すごく新鮮な航海だった。


 ピレウスからアテネまでは約3時間。

時差も1時間遅れている。

肌にはカラッとした空気があたる。

イタリアとはさほど変わらない町並みにも、

ギリシャと感じさせる確かなものがある。


 迷いに迷い、バスに無賃乗車(!?)しながらも、

なんとかアテネ一番の中心地、シンタグマ広場へ着くことができた。

目指していた宿にもなんなく泊まることができ、今日一番の目的を

果たすために、港へ向かうことに。


 トルコまでの移動のため、近隣の島ヒオスまでのチケットを入手した。

これで、ギリシャの旅で心配していた関門は全てクリアすることができた。

肩の荷が下り、アテネは楽しめそうだ。

ただ、日程と予算の関係で行けなくなったミコノス島の

パラダイスビーチ(世界有数のヌーディストビーチ)は心残りだが…笑


 夕食は豪勢にマクドのセット(笑)

本当にコーラがうまい。

近くの広場で大統領選挙のプロモーションをやっていた。

そこで、ギリシャの国旗をもらってしまった。

異国の旅人が、大統領選に参加している。なんかおもしろい国だ。

たぶんちゃっかりテレビにも映ったはず。


 宿へ帰ろうと向かっていると、近くの教会で結婚式をやっていた。

夜に結婚式?と思いつつ、ドカドカと列に加わってみる。

カメラを撮っていると、近くの親族の親父がもっと前で撮ってくれと

オレを列の前まで行かせてくれた。

新郎新婦とも、とっても笑顔。

やっぱり結婚式って、見ている方も幸せな気持ちになる。

教会での神父の儀式も、なかなか見ることができない。

旅のなかで、こうゆう巡り合わせはいい思い出になる。


 結婚って本当にいいなと、しみじみと感じた。



(写真:町で出会った結婚式)

0bfe02be.JPG






 ナポリを後にした僕らが向かうのは、アドリア海に面した

ブリンディシという港町。

今日は奮発してES(特急)に乗って、快適な鉄道の旅。


 ブリンディシはとてもきれいな町やったけど、閑散としていた。

そこでギリシャへの船のチケットを買うことに。

町で1軒しか開いていなかったおばちゃんのやっているチケットショップで

ギリシャへの船のチケットを購入。


 港へ着くと、僕が今まで乗った船の中で、一番大きなフェリーが見えてきた。

「船で国境を越える」というワクワクと、船旅への期待が高まってきた。

僕たちが購入したチケットはデッキクラスという一番安いもの。

もちろん乗船後通されたのは、後方部にあるデッキ。

吹きさらしのこの場所で、一晩過ごすのかと思うと、ちょっと不安になる。


 大型トレーラーを何台も積み終え、船はエンジンをうならせ、出港した。

デッキでビールをひっかけていると、なんか旅が一区切りしたと感じた。

あと残るはギリシャ、トルコ、ドバイ。

それが終わると現実が待っている。

今、海の上で日記を書いていて、かなり切ない。


 寒さも厳しくなってきたので、船内に潜り込むことへ。

ちょうど人の少ないシート席を見つけたので、そこを拝借して

一夜を過ごすことに。

なんだかあったかくて、快適な船旅が遅れそうだ。


 フロに1日や2日入らないことにも慣れた。

冷たいメシを食べることにも慣れた。

ユーロ・円の物価の違いを恨みながらも、

物価の安いであろうトルコに期待を寄せる。


 日本では安倍内閣辞職のニュース。

1ヶ月後の日本はどうなっているのかと思いをはせつつ、船は進む。



(写真:イタリア-ギリシャを渡るフェリー)