昨日で入院9日目、ついに抗がん剤の投与が始まった。m6FOLFOX6という投与法らしい。吐き気止めの点滴が約10分、続いてl-LV (レポポリナート)とエルプラッドをまとめて2時間かけて点滴。



その後、特殊な携帯用ポーチに入れられた5FU (フルオロウラシル)を46時間かけて点滴する。通常ならここで首からポーチをぶら下げながら帰宅をし、次の吐き気止め点滴までフリーになり、1サイクル2週間毎に通院することになる。


ただし僕の場合、胃の出口が殆ど腫瘍で塞がれ、未だに口からの食事が難しいため、栄養補給のための点滴を外すことが叶わない。即ち、退院の目はまだ見えてこない。


世間では昨今「がんばれ!」禁止か叫ばれている。ケースバイケースであることは理解するが、僕は現代の行き過ぎたクレーム気質の産物という側面が強いと思う。言葉とは発する側の気持ちの発露なのだ。妻や幼なじみ、親友や両親などが発する「がんばれ!」は間違いなく僕の病気と闘う意思を強くしてくれる。


入院前日に妻になってくれた彼女と初めて会ったのが2013年3月11日。初デートは僕のとっておき、都内でありながら、地元の人たちしかこないような河津桜のお花見スポットだった。満開の桜の下で、僕たちは暗くなるまでお互いのことを話し続けた。


彼女の父親が鬼籍に入ったのはそのほんの四年前。享年67歳、膀胱癌と懸命に闘った末、全身に転移して還らぬ人となった。彼女のまるで昨日のことのように話す姿に、胸にぽっかり空いた喪失感は未だに生々しく、その傷口は未だ癒えていないのだと悟った。


シングルマザーとして、立派に二人の子どもたちを育て上げ、これからは自分の幸せを追い求めてもいいのではないか。そんな中彼女は僕と出会った。彼女には幸せになる権利がある。僕は彼女を幸せにすると誓ったではないか。



人というものは突然その生命を無慈悲に奪われるものだ。事故や殺人の話題に毎日事欠かない。今朝もステージ4の大腸癌と闘うプロレスラー、30代俳優の突然死、海外のハイスクールでの乱射事件、ページを繰ればいくらでも出てくる。僕たちは常に死と隣り合わせに生きている。


彼女と出会った年の6月10日19時過ぎ、義妹から突然電話が入った。弟はいつものように帰宅し、左手が痺れるといいながら仕事疲れでひと眠りしたと思ったという。僕の最愛の弟はそのまま還っては来なかった。30歳そこそこの妻と、手のかかる中1の長男、小学生の女の子を置いて。くも膜下出血だった。


胃癌ステージ4の5年後生存率は2%ほどだ。ステージ3にしても5%台。それがなんだ。僕たちは常に死に囲まれながらも奇跡的な確率で大切な人に出会い、幸せを探して生きている。そう、僕たちは常に愛に囲まれながら生きているのだ。


妻に出会った時、必ず幸せにすると誓った。弟の遺体を前にお前の分も生きてやると誓った。それがいまの僕の命と、僕の大切な人たちを繋ぐ揺るぎない絆となっている。


抗がん剤治療2日目、腎機能低下、肝機能障害が出ているという。絶望するには早すぎる、僕の闘いはまだ始まったばかりだ。