日山協の国際委員会行事他で、わたしのようなぺーぺーにも本当に気さくに話しかけてくれた世界のトップクライマーの谷口けいさんが先月末に亡くなられました。ブログ上でふれる気はなかったのですが、自身の山の記録を綴っていく上で、やはり切っても切れない話しなので触れるしかありません。本当に残念です。いまはただただご冥福をお祈り申し上げます。
栃木には日本のトップクライマーが厳冬期入ると練習にくる山域があります。足尾山塊にある松木渓谷ウメコバ沢です。ウメコバ沢にはトップクライマーが県外からわざわざ冬壁登攀にやってくるルートが数多く走っていて、数年前のウィンタークライマーズミーティングが行われたエリアでもあります。
けいさんもウメコバ沢にはよく登攀に来られていたようで、わたしの所属山岳会の先輩のお知り合いがよくフォローとして一緒に入っていたそうです。そんな話しを耳にしていたわたしは、けいさんが足尾に遠征に来た際にはフォローとして誘ってもらえるようなレベルにならねばならないと、そういう方向性で密やかに1年前から精進を重ねてきました(妄想していたとも言えますが)。
昨年最後にけいさんとお会いした際に、いままでで一番長く話させてもらい、ウメコバ沢一緒に入りましょうよと優しいお言葉をかけて頂きました。それが社交辞令の域だとしても、妄想夢想を膨らませ実現に向けて1歩1歩進んでいけば、なんらかしらに近づいていくものだなあと嬉しく感じたものです。
わたしはけいさんの知人といえるようなレベルの間柄ではありませんでしたが、山屋として上を目指しているだけのわたしのようなペーペーですら、このような夢や目標をもらえていたのですから、谷口けいという存在がどれだけ日本登山界に必要だったかは考えるまでもありません。仲の良かった皆さんやご家族の悲しみはどれほどのものか。言葉すらありません。
けいさん、ありがとうございました。安らかにお眠りください。
こんなことを考えながら、わたしは年末冬合宿で奥穂高山頂を踏み、年始に庚申山へ御参りに行き、そして1月16日、松木ジャンダルムへ冬壁登攀に行ってきました。けいさんのフォローとしてウメコバに入る目標は失いましたが、けいさんがいたから現実的に向き合うことができたウメコバ沢冬壁登攀という目標は捨てずに、鋭意、このスタイルを磨いていくつもりです。
さて、冬壁冬壁と連呼しておいて申し訳ありませんが、この暖冬なので松木ジャンダルムには雪がありませんでした。まあでもゴム手袋とアックス、そしてアイゼンで登る岩壁は、わたしのレベルではまだまだ取高抜群のトレーニングとなります。
1本目は冬壁スタイルでⅢ+マルチピッチをリードで登攀
2本目は仲間にリードを任せて、別のⅢ+ルートをドライツーリング(手は使わずアックス2本とアイゼンで岩を登るジャンル)縛りで登ってみました。わたしのドライの技術はまだまだ形になっておらず、登るのに一苦労。練習しなければならないことは山のようにあると思いしらされます。
よく一緒に山に入る仲間が最近ボソッと言っていました。「やっていることがどんどん危険になっていく。どこまで行くのだろう」と。わたしはそんな風に感じていなかったので、そんなことはないよと答えておきました。
自身の限界を超える登攀をやることもある。そういうのなら危険な山行(高リスク)に他ならないだろう。時には雪崩の巣に突っ込まなければならない時だってあるのだから。でもわたしたちのやっている山行は果たしてそういう域だろうか。
昨年滝谷で落ちてしまったわたしは思う。わたしレベルの山屋は、リードクライミングをしていなくとも、セルフビレイや懸垂下降をし始めた時点で既に命を失うかもしれないリスクと隣り合わせの山行をしていると認識しておくべきだ。
懸垂の支点の崩壊、セルフビレイのミス、ザイルの結びのミス、これらだけでわたしたちは簡単に死ぬことができる。年に20回以上入るマイゲレンデの古賀志山でも、懸垂支点が何時かは崩壊するかもしれない。それだけで50m弱滑落し、確実に死ぬだろう。危険とクライミンググレイドはきれいに比例していないと思う。
だから、わたしたちが危険な山行という風に口にするとき、それはルートグレードが5級から6級になったからリスクが上がったと考えるべきではない。そんなリスクの微増は目くそ鼻くそなのだから。
わたしたちはハーネスにザイルを結わえ、支点にセルフを取った時点で、縦走という形態とは比べものにならないリスク増を背負わされている。その前提を何時しか忘れ、目先の5級と6級の違いのリスク増に気を取られるようになったなら、それこそ危険信号が点灯しているタイミング。もう一度8の字を習った時の自分を思い出したほうがいい。
そんなこんなわたしは山の危険について考えていました。わたしはこれからも山を続けていくつもりです。いまのわたしは、けして危険な山に手を出しているとは思わない。事故を経験し、山仲間が増えるにつれ、逆にリスクに対する対処ができるようになっていると思う自分がいます。だから言いたい。
いま自分がやっている山行より、昔の自分のやっていた山行のほうがよっぽど危険だったと!
何時までもそう言い切れる自分でありたい。そのためには過信することなく、謙虚に学び続けなければいけませんね。山は入山する前の準備がすべて。改めて肝に銘じます。(おわり)