1)薩摩登山遠征記。「彼は霧島山麓の温泉で傷の養生をしたのでした」 | 栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー

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彼とは坂本龍馬であった。希代のアレであるが、彼は生きている間にかなり理由をつけて薩摩入りしている(新婚旅行を理由にしたものが有名)。おいらは維新について人とまったく違う解釈をしているのですが、その解釈を進めていくうえで一つ大きな壁にぶつかっていました。それが龍馬はどのように希代のアレに成り得たのかという、能力の磨かれかたの経緯が見えない点です。維新というと下級武士がどうのこうのとよく言われますが、貧乏侍がいきなりなにかできたわけではなくて、当然人と違うことで自分を磨くチャンスを得て(または生まれながらに持っていて)世に出てきたわけです。それは裏留学(密航)だったり、大使館に入り浸って勉強できたりと様々なわけですが、まあ要するに有能な人間には有能たる理由が絶対あるわけだ(長州五傑の密航は「長州ファイブ」で映画化されているけど、おいらは未見なのでどの程度歴史に忠実なのかは知らない)。


さて、他の人物については結構調べがついてきたのだけど、坂本龍馬だけは世に登場してくる時点から坂本龍馬であってその能力的経緯が不鮮明。やはり坂本龍馬にも坂本龍馬ならしめた始点があるはず(おいらが知りたいのは通説化している始点ではありません)。それはなにか。おいらは坂本龍馬が史実に残されている以上に薩摩入りしていた事実を突き止め、坂本龍馬が薩摩入りしていた理由を探るべく、薩摩入りすることとした。んじゃなくて、そこからじゃなくて、えーと、なんだ、そう、この薩摩旅行登山遠征記は、前回前々回の山日記のつづきの範疇にまだある。とりあえず、下記粗筋をどうぞ。


【おいらは、本年3月にフルマラソンに出場して膝を壊してしまいランニングができない状態になった。走ることができなくなったおいらは、マラソンから身を引き、アスファルトの上を走るのでなく土の上を走るトレイルランの世界に転向を決意する。そんな勢いそのままに、考えなしでなにも知らないトレイルランの大会に申し込んでしまったから大変だ。開催される5月までに大会に出られるところまでそもそも膝は完治するのか? トレイルの練習をする準備期間は得られるのか? たまピンチ~】


そう、膝を壊したのに、おいらは馬鹿なことに「トレランに転向」という脚本に飛びついてしまった。すぐに気付けた。おいらは膝の自然治癒を待っていられる余裕を自分で放棄してしまったのだと。トレランに転向するのは構わないけど、大会までに膝は完治するのだろうか。そうなんです。おいらは急いで膝を治す必要に迫られてしまったんです(川平風)。そこでおいらがない頭を絞って考えついたのが、薩摩養生旅行というわけだ。「彼は霧島山麓の温泉で傷の養生をしたのでした。」の文句が示す通り、暖かい南国の地で温泉につかって治癒を促進させようってえわけだ。


しかし、坂本龍馬が温泉で治そうとしたのは刀傷であった。今の御時世、切り傷を温泉で治すという感覚がそもそも希薄であるから違和感がある。いまの御時世、切り傷のある状態で公衆浴場に入ればバイ菌が入るのではないかと危惧してしまうくらいである。大きな切り傷を負ったら湯船には浸かるなと医者も言う。おいらも切り傷があったら絶対温泉なんて入らないけどね! ともあれ、坂本龍馬が巡った温泉は、切り傷以外にも膝関節にも非常に効果があるらしい。計画を遂行するぶんには差し支えない。Go nude go!!


書店に赴き「るるぶ 鹿児島版」を購入するも、ぺらぺらめくって鹿児島には何もないじゃないかと愕然とする(おいら旅行好きじゃないんです)。篤姫放送に合わせて特別に展示されていた各種の期間も終え、ただただ大河バブル状態が緩和しているであろうことだけが救いであった。しかし、今思えば、鹿児島に何もなかったのではなく、なにもないじゃないかと思いたかっただけかもしれない。「るるぶ 鹿児島版」からはメインディッシュを見付けられなかったおいらは、こう呟いたからだ。


「鹿児島でメインディッシュ足り得るのは山くらいしかないねと」


今冷静にして思えば、鹿児島でもっとも行くべきは桜島だった気がする。それを放置して「山くらいしかないね」と言ってしまうそれは、山好きの思考が旅行プラン作成を浸食したと言うほかないだろう。まあ本旅行の第一の目的は温泉養生であったから、山麓にいることが多く、自由な観光が許されている立場にはなかったのですが。ともあれ、おいらは鹿児島旅行を山で彩ることにした。同行者2名と出発しても1日目2日目は単独行動して山に当て、基本的な鹿児島市内を観光は最終日に同行者らと合流してからする。これでいい


鹿児島本土には、日本百名山に選定されている山が下記二峰ある。因みに、鹿児島県の最高峰は、本土にはなく、屋久島の宮之浦岳(標高1936m)。


①韓国岳(霧島連峰の最高峰1700m

②開聞岳(薩摩富士の愛称で親しまれている標高924m


さて、この二峰を旅行1日目2日目で登ろうか。おいらはこの時始めて「日本百名山ガイド」というのを購入してきて、漠然としていたアレについて結論を出さなければならないと決めた。というのは、おいらはこれから「百名山ハンターになるのかならないのか」である。栃木県内の百名山級は登ってしまった。これからは、つまり山趣味二年目は、どう山に向き合っていくのか。県外の百名山を主に登っていくのか。それとも百名山に拘らずに登っていくのか。鹿児島なんて滅多に来ないであろうことから、はっきり決めねばならない。


何故決断をここでしなければならないかと言えば、おいらは霧島連峰に入るなら最高峰の韓国岳でなく、高千穂峰のほうに登りたかったから。


③高千穂峰(霧島連峰の名峰1574m


古事記や日本書紀にも出て来る天孫降臨の地にして、名山と讃えられている山。鹿児島の山というより宮崎の山なんだけど、鹿児島からも登ることはできる。どうせ霧島連峰に入るなら最標高よりロマンのほうを求めたい。それに、坂本龍馬も新婚旅行の際に高千穂峰を登ったそうである。きっと山頂にはなにかあるに違いないのだ。


なわけで、おいらは「百名山ハンター」になる旨は辞退することとした。100のピークを踏むだけのために登り歩くのなんて面白くないもの。映画でも数観るために観ている人もいるけど、それほど無駄な時間はあるまい。数は楽しんでいるうちに自然にたまっていくものだ。百名山も山登りを楽しんでいれば自然と達成できるに違いない。意識して百名山潰しに走る必要はあるまい。このようにして、山登り趣味2年目の幕開けにして、これからのおいらの基本的な登山方針は決せられたのである。(つづく)