BLUE MACCHIATO -4ページ目

4章 約束・破棄・休日

メールが無駄ではないという事実は私の心を軽くさせた。
連絡が来なくても繋がっている感じが嬉しい。


2月に入って間もなく、会う約束を取り付けた。
2月の中ごろから大学の試験が始まってしまうので、それまでに会うということに。



私のバイトの都合上、2月7日の金曜日ということになった。
ただ、博美さんの友人の件がまだ片付いていないらしく、どうなるか直前まで分からないらしい。

「本当にいけるん?」
「うーん、微妙じゃけど、なんとかする」

久しぶりに優先してもらえる感じが嬉しい。
その友達も、毎日のように拘束しているのだからたまには私に譲ってくれてもいいではないか。

そもそも、博美さんはどちらを優先させたいと思っているのかは私には知る由もない。



ところが、約束の日が近づくにつれて、連絡が疎になってきた。
体調を完全に崩してしまったらしい。
「明日までに治りそう?」
「うーん、まぁ大丈夫といえば大丈夫なんじゃけど、さすがに大阪まで出るのはエラい」
「そっか…じゃあ、今回は仕方ないな」

無理してでも出てきてほしかったけど、それはそれでおかしな話。

なら、こちらから行けばよかったのではないか?

ただ、私は身分上、テスト前の学生なので、そんな大それたことができない。
これも実家暮らしの悲しいところ。


約束が流れたことは私を悩ませたが、大学のテスト、そして新しく始まったバイトと、日常生活がめまぐるしく忙しくなってきていることを考えると丁度よかったのかもしれない。
逆に、忙しい時期だからこそ束の間の休息としてホッとできるひと時を過ごしたかったというのもある。


何にせよ、博美さんは体調不良で、会えたとしても満足のゆくデートになったかは疑わしい。
自分の都合しか考えていないことを恥ずかしく思い、そして、重荷になってしまうことが怖かった。


邪魔にはなりたくない。
嫌われたくない。
でも、何かの役に立ちたい。


でも、構ってほしい。



大切にしたい、否、大切にしないといけないという義務感を、義務ではないと思い込もうとする。
でも本音は相手のことなどどうとも思っていないのだろう。


誰でも自分が一番可愛いものだよ、という一般論は何の役にも立たない。


目指す目標は、無償のいたわりを提供すること。


実質は、いたわりを押し付けて、その見返りを期待している。

愛が足りていない。
愛することなど、できていない。


私に足りないものは、何なのだろうか。
時間も身分も、そして本当に大切にするという気持ちが足りていない。



沈んだ気持ちのまま、大学ではテストが始まった。
大学にろくに通っていないのでテスト前だけの勉強で足りない。

半分徹夜のような日々を繰り返し、新たに増えたバイトを掛け持ちし、テストに集中できるはずがない。

まだ2回生だからそれぐらいは取り返しがつくだろうと、軽く考えていた。
それが実際どうなるか、などというものは、この時考える由もなかったが。



大学のテストが終わり、ようやく自由な時間が生まれた。
最初の休み、一人で何をしようかと考えていたが、思いつくことはそう多くない。

何か特別な趣味があるわけでもなく、でも、家で1人で過ごすのも、せっかくの休みにもったいない。


そこで思いついたのは、地下鉄の広告に張り出されていたラッセンの展示会に行くことだった。
1月に一緒に見た絵があるかもしれない。
それを思いながら、前回起こった偶然を思い出して心を慰めることにしよう。


昼間から、心斎橋のとあるビルに入った
そこの展示会場に向かうと、たまたま前回見たときと同じ業者が開催しているものだった。

「あぁ、どこかでお会いしましたよね?」
「あ!覚えてくれてはったんですか?」
「確かその時は彼女さんと一緒にいらっしゃってましたよね」
「あぁ、そうですね」
「今日はお1人ですか?」
「今日は1人です」

若干失礼だな、と思いながら、会場を案内された。
そこには前回よりも広いフロアがあり、展示されているものも若干多かった。

そこにはやはり前回と同じ絵があった。


にんまりと、その絵を飽きることなく眺めていると、先ほどの業者さんに話かけられた。
「やっぱりこの絵がお気に入りですか?」
「そうですね、綺麗ですね…」

その後、若干営業されてしまったが、学生ということで見逃してもらった。


会場を出て、心斎橋の街を見回る。
すぐに目に付いたのはソニータワーにあるスターバックスだった。

普段の店舗と店内の造りも少し違っていて、さすが心斎橋の店舗だな、と思った。


私は相変わらずカプチーノを注文する。
コーヒーを飲むと気分が高ぶってしまってよくないのだが、癖になっている。


窓から街を見下ろし、ちょっとお洒落げに本などを開いてみた。
すると、すぐ側に座っていたマダムが私に話しかけてきた。

「それもコーヒーなんですか?」
「えぇ、そうですよ。正確に言うと少し違うんですけど…」

と、仕入れた知識をフルに提供してみた。


「へぇ、詳しいんですね」

「いや、まぁ、好きでずっと飲んでますから」


好きだからというより、店舗こそ違うが私はもうスターバックスの人間として働いていたから。

それを言ってしまうのは恥かしい。



一人で過ごす休日、とは言いながら、結局は博美さんの影を追うような休日の過ごし方になっていた。

嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちだったが、テスト期間に感じていたような憂鬱な気持ちは吹き飛んでいた。


大学のテストが終わっていた、というのが一番の理由だとは思う。