帰国後、初めて自信をつけて下さった代行の先生 | ロンドン在住イメージコンサルタント、テート小畠利子のつれづれ日記

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イメージコンサルティング&養成『トーキングイメージ』代表、テート小畠利子です。ロイヤルアスコットパッケージ•ロンドンフェイスヨガ等も提供。著『知的に見える男、バカっぽく見える男』新潮新潮、女性を美しく見せる「錯覚の魔法」』文春新書。最近は主に愛犬成長記?

私は昔、帰国子女でした。

中学二年の時、横浜の市立中学に転校した時は珍しがられ、
何十年も前の話なので、
海外駐在から帰国した学生は少なく、
ましてやアメリカのロスアンゼルスから帰ってきた、と聞き
どんな子だろうはてなマーク
と一目見たいと、他のクラスからも殺到してきました。

『なんだ、青い目の金髪じゃないじゃん...。』むっ
と、皆ガッカリして自分の教室へ戻って行ったものでした。

英語の教科書を読み上げる私のアメリカ発音を聞いては
わ~、カッコイイビックリマークとしばらくはチヤホヤされたものの
へらへらしている場合ではない、大きな問題が待ち受けていました。

それは、私には国語力がない、という事実ビックリマーク

ロスアンゼルスでは土曜日に日本語学校に通っていたものの、
週一回で国語・社会・数学の三科目を
日本にいる学生たちと同じレベルに保つのは現実的に無理。
ましてや、二度目の海外駐在では7年間、帰国していないので、
到底、中学二年のレベルには到達していない。

国語力って本当に大切なんですね。
英語が出来たって、『この英文を和訳せよ』と言われても、
日本語ではうまく説明できず、最初の頃は英語のテストですら
100点は取れませんでした。
従って、国語力が劣っていると、全ての科目に影響します。

授業で使う言葉は難しく、先生の話す言葉も速すぎる。
教科書を読むことも苦労し、
何を理解するにも、他の学生の何倍も時間がかかりました。

アメリカに転勤した小学一年生の時は全く英語が話せず、
現地校に通いながら、英語を身に付け、
自慢になってしまいますが...汗
帰国前は、全てAが並ぶ通信簿をもらって帰り、
親にも学校にも褒めてもらいました。
なのに、今度は恥をさらすようですが...あせる
日本に帰ったら、今や平均点を目標にする始末。しょぼん

とは言え、友達もでき、学校は楽しく通っていました。

そんな中学生活を過ごしていたある日、
国語の先生が急にお休みをしたため、
数学の先生が代理で教室に現れました。

『今日は物語を読み上げるから、短く完結に要約する練習をしよう。』
ということになりました。

ああ、また、私の苦手そうなことをするのか、
と心が重~くなったのを覚えています。

物語を読み上げ、生徒たちが要約する間、
先生は私達の机の間の通路を上がったり下がったり。
時々、立ち止まって、生徒の書いている内容を読んでは
また、通路を歩き出します。

先生はパタッと私の横で立ち止まりました。
イヤだ~、先生。私、苦手なんだから読まないで!!
と心の中で叫びながら
必死に私なりの要約をノートに書き込みました。

すると、先生がおっしゃいました。
『君、上手にまとめたね。ちょっと立って、みんなの前で読み上げて。』

ウッソービックリマーク
そんなことがあり得るわけがない。
でも、先生がずっと横に立って私を見つめるので、
恐る恐る立って発表しました。

そのあとも私の要約した文章を読んでは、
『君、本当に上手だねビックリマーク
と褒めて下さるじゃありませんかショック!

あれは何だったのだろう?

白髪交じりの、つっかけを履いた細身の数学の先生、
お名前すら覚えていない失礼この上ない私。
帰国後、すっかり自信を失っていた私なのに、
あの先生のお陰で、あれから何かが変わった気がします。

先月、イギリスの学校で定年を目前にしていた教師が
15才の生徒に刺殺される、という残酷な事件が起きました。
殺害の原因はまだ調査中ですが、
沢山の生徒や両親たちに大変尊敬されていたこの教師。
ニュースのインタビューでも生徒たちが
この先生のお陰でxxxを始めた、とか
あの先生にOOOと言われたお陰で、今の自分がいる、
と涙ながらに語っていました。

先生の影響って大きいのですね。
たとえ、それが一言であっても。

代行して下さった数学の先生、どうもありがとうございました。
お陰さまで今はブログも書けるようになりました音譜

そして、ミセス・アン・マグアイアのご冥福をお祈りいたします。

中学校
(今年、一時帰国したときに写した私の通った中学校です)

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