母とマダムタッソーろう人形館のお化け屋敷に足を踏み入れてしまい
恐れおののいて、一歩も前に進めなくなり、
非常口からきゅうきょ、避難したことがありました

そんな怖がりの私ですが、
渡英して最初に住んだのは東ロンドン、イーストエンドEast End。
勤めていた銀行の社宅だったので、場所は選べませんでした。
通勤には近くて便利で、テムズ川沿いだったので、景色も良かったです。
でも、この界隈は元々倉庫街の下町で、
今はオシャレなリバーサイドに変身しつつありますが、
当時は決して柄の良い地域ではありませんでした。
とは言え、私のロンドン生活はここから始まり、
色々な思い出がたっぷり詰まった7年間をここで過ごしました。
こちらのブログにもちょっと触れました。(2013年5月9日記)
『メイフラワー号が装備された川向うに、私が以前住んでいたフラットが!』
そういう訳でイーストエンドには愛着があります。
一方、1888年、この界隈で売春婦が5人、
残虐に殺害される、という事件が起きました。
犯罪方法があまりに似ていて、全てJack the Ripper、
つまり『切り裂きジャック』の仕業だったと言われています。
とは言え、犯人は捕まっておらず、
実際誰だったのかは、いまだに判明されていません。
そのジャックの犯罪を追う、という2時間のウォーキングツアーがあり、
恐いことにはかかわりたくないけれど、
かつて私が住んでいた界隈で、126年前、事件が連続していたので、
このツアーには以前から興味がありました。
雰囲気を盛り上げるためか、ツアーは夜しかやっていないので、
暗い寒い冬は避け、先日友だちと参加してきました。
私達のガイドさんは、さほど体は大きくないのに俳優でもしているのか、
ものすごい大声で、わかりやすく案内してくれました。

この石畳をジャックは歩いたのだろうか


柄は悪いけれど、安くておいしい本場のインド料理が食べられる
ブリック・レーン Brick Lane。
この辺でも犯罪を犯していたのですね...。


8年前からガイドをしている、と言うジョンJohn。
生き字引のように情報豊富。
ジャックの形跡を追う、私達のような集団に常に遭遇するのか、
パブの横を通ると、中から男性が
No Jack No
ノー、ジャック、ノー!とふざけて女性の声をまねて叫んだあげく、
ドスの利いた声でワッハッハー

案外緊張が少しほぐれました...


一つの犯罪現場から次へと移動中。
趣のある細い通りだな、と思ったら
あれっ、私の歯の矯正クリニックのある通りでした

反対側から歩いていたので気づかなかった。
本当に私って方向音痴なのね。


切り裂きジャックの時代にはなかった金融街が
今は隣り合わせに建っています。
かつてはこんな近代的なビルも、もちろんない。

犯罪方法をみると、医学的知識を備えていたと考えられ、
医者だったのでは、とか
当時、王室にひとり、変わり者がいて、
良く姿を消す人がいたそうなので
その人の仕業では、という説もあり、
また、犯罪が途絶えたのち、アメリカでも似たような事件が起きたとされ、
もしやジャックはアメリカ人で、アメリカに戻ったのでは、
という説もあるそうです。
いずれにせよ、犠牲者の女性たち、気の毒ですね。
他にも写真を撮ったので、こちらのフォトアルバムでご覧になれます。
Jack the Ripper Walk
いまだに謎は解けず、今後も色々と語り続けられることでしょう。

トーキングイメージ