彼はタクシーで到着。
白い杖を持った20代の青年が現れました。
『ハロー』と声をかけると、『ハーイ!』とニッコリ笑顔で返し、
ぱっちりした目で私を真っ直ぐ見つめます。
部屋に入り、ソファまでご案内し、座っていただくと
サササーッと白い杖が小さく折りたたみました。
磁石でも入っているのかな?
杖が目に入らなければ、目が不自由とは想像がつきません。
話を聞くと、子供の頃は目が見えたそうですが、
段々視力が落ちて、今は影がかろうじて見える程度。
従って、色などは自分の記憶と人の話す説明で理解しているらしい。
見えていたものが見えなくなり、かなり精神的打撃を受けて
苦しんだ時期もあったそうですが、それは無理もないでしょう。
考え方を変えて行くことで、再び自分を取り戻した、と話す彼の目は輝いていました。
目が見えないと言うのに、あのぱっちりした目で私をじーっと見るので、
非常識とはわかっているものの、聞いてみました。
私 『あの~、あなたのアイコンタクトはすごく良いけれど、私が見えるの...?』
彼 『本当は斜めを見ると、かろうじてトシコの影が見えるけど、そうすると、視線がずれて
人は変に思うだろうから、訓練して真っ直ぐ見るようにしてるんだ。だから、実はトシコのことは見えてないよ。』
そうだったのね、ひとつ理解しました。
イメージコンサルティングをはじめ、カラー分析(パーソナルカラー)に入ることに。
まず、席までご案内しました。
普通は鏡の前に座っていただき、120色のドレープを使いながら、
お客さまと一緒に色の効果を確認して行くのですが、
さて、目が見えないとなると、どうしよう?
...と一瞬戸惑いましたが、通常と同じ方法で行うことにしました。
『赤が似合うって良く褒められる』と話してくれながら、彼も楽しそう。
でも、次々と分析をして行くうちに、
『ベージュってどんな色?』と聞かれ、思わず胸がいっぱいになりました。
過去の記憶に頼り、かろうじて影が見える程度なら、ベージュの分別は難しいでしょうね。
こんな時に泣いたりしたら、彼に申し訳ない。
ぐっとこらえて、白に多少、黄色を混ぜたような色、と説明したらうなづいてくれました。
スタイリングも通常通り、等身大の鏡の前に立っていただき、
骨格、プロポーションなどを分析し、アドバイスをして行きました。
何せ、そうしないと私自身が、彼の全身が良く見えませんからね。
好みの服などは雑誌の切り抜きなどを見ながら通常は分析して行くのですが、
やはり目が見えないとなると、これは方法を変えねば。
でも、彼はどういう雰囲気のイメージが好きか、
人からはどう見られたいか、などを次々と思いつくまま説明してくれたので、、
問題なくイメージコンサルティングを行うことができました。
次回のパーソナルショッピングでは、
いくらのご予算で、どういうものを探したいかを相談したのち、
今日のコンサルティングを終えることにしました。
帰りの車を呼ぼうとしたら、地下鉄に乗って帰る、という彼。
えっ、大丈夫?と不安になった私ですが、
『駅まで連れて行ってくれたら、駅員さんに頼んでおけば、降りる駅に連絡してくれるので、
向こうでも駅員さんが待っててくれるから大丈夫。』
ということなので、一緒に駅まで歩いて行くことにしました。
さて、これもまた私にとっては初体験。
一緒に駅まで歩く、と言っても勝手にサッサと歩いて行くわけにもいかないだろうし、
段差が見えず、転んでも大変なので、彼の腕に私の腕を通そうとしたら、
『トシコの腕を持たせてほしい。』と言われ、
私はただ、まっすぐ腕を下げ、彼は軽く私の腕を持って、
『もうすぐ道を渡るから段差があるからね』とか
『もう少ししたら左に曲がります』と話しながら二人で仲良く歩き出しました

考えたら当たり前のことだけれど、そうすることで、
私が力づくで彼を引っ張ったり、押したりする危険はなくなります。
そして他の人の目にも、彼の白い杖が見えるので、一番安全です。
彼が言うとおり、駅に着いて、駅員さんに彼の行先を告げたら
駅員さんは笑顔で私とバトンタッチし、彼と一緒にホームまで案内してくれました。
これから今日のコンサルティングの内容をレポートにまとめなきゃ、と思いつつ、
そうそう、PDFでなく、ワードで作成すれば、彼のパソコンで『聞き』取れるから...
と彼が説明していたことを思い出しながら
今まで知らなかった、もっと大きな世界に一歩踏み入れることができたような、
そんな暖かい思いに包まれながら、駅から歩いて戻ったことを思い出します。
...つづく。