「戦争加担」の「論理」をさぐろう

Wikipedia の問題文参照。

「植民地政策に加担した説もある」
という、「微妙なグレーゾーン」的表現。

その論調とは、
龍蔵のフイールドワークは
日本の拡大政策地域と合致している
が根拠

試問: 日本人である以上
行けるところしか行けないわけ
行けない地域に行くべき、というのか?

人類学調査の「組織図」構図とは
戦争=東京帝大=龍蔵

例: 25歳、26歳の龍蔵が
東京帝大の人類学調査指示派遣で、
中国東北部、台湾調査を行う。

ここで、重要なのは、調査内容
戦争の情報収集なのか
純学問的人類学調査なのか。

東京帝大から、龍蔵あてに
戦争情報収集の指示証拠は皆無だ、
龍蔵の調査報告も、収集資料も
純然たる人類学調査だ。

ならば、「戦争加担」はなに?
「批判人類学者」は
「東京帝大」抜きの「組織図」的「構想」
(空想)により、

何時の間に、「戦争=龍蔵」という構図で
話をすすめ、「東京帝大」に触れず、

突然、調査の「主人公」が龍蔵ひとりになり
「龍蔵主導」の調査であるかのように
その調査の「批判」をする。

そこには、すでに東京帝大はいない。
龍蔵独断独行の調査であるかのように、
「龍蔵」と「戦争」を直結し

論理的な「すり替え」と「飛躍」を
「堂々と」厚顔無恥にしてある。

なぜ「東京帝大」を抜かす?
それは、龍蔵はなくなっているが、
東大はいる。「学問をする」以上
やはり東大は避けたほうが「利口」
という計算からか?

龍蔵研究者曰く
「東大あっての龍蔵、
龍蔵の業績は東大の業績でもある」
両者は運命共同体 といえよう!

批判で「研究業績」をあげたいものども
そこに大きな計算違いがあったのでは?

すなわち、龍蔵批判=東大批判 という筋を
明察できなかったのでは?

なくなった大物学者批判により
一気に「研究業績」を上げたいあまり、
小学生でもわかりそうな論理を
計算違いしたのでは?

他人の批判は生産性がないし、
業績にもならない。
かつての共産圏の遺物を生かそうにも
生かし方が誤っているようだ。

大物龍蔵を批判すれば、
「新学説」樹立することになり、
ノーベル賞でも受賞できるとでも
大きな夢を見たのでは?

他人が生涯かけ、命がけにおさめた業績を
そんな「楽勝戦法」で横取りしたり
つぶしたりできることではあるまい、

業績がほしいなら、地道に勉強し
命がけに働け。

誹謗中傷は犯罪であること、
肝に銘じるべし。
     
         「微妙なグレーゾーン」を探る 

本篇で、憤慨した研究者の議論を
引き続き搭載します:


戦乱の時代も、考古学者・○○学者は
数知れぬほどいた。
ただし、人類学者はさほどでない・・・
理由は、今日と違い、

坪井が立ち上げた明治の「人類学」は
欧米流人類学で、理系が基礎だ、

地質学・医学・計量などなど・・・
その人類学は「形態人類学」と言い、
地層分析・骨格などなどにより、
時代・人種を推定してゆくのだ。
自然科学の分野といえよう。

今日の「人類学」と称され、
または自称のものは
手っ取り早くいえば、
「なんでも人類学」といってよい。

「人間社会の全ては、人類の文化であり、
だから、全てが人類学」。その名称は
「文化人類学」。

医療人類学者池田光穂が面白く表現したように、
誰でも、瞬時に「文化人類学者」になれる。
かつ、自然科学では信じられないことが、この
分野で起きている、と。

この「文化人類学」の特徴は、
坪井・龍蔵などのように、科学的証拠探しの
命がけのフイールドワークは要らない、
人類学の基礎勉強も把握しなくてよい、
厳密な論理的立証も求められない

思うまま、自説を展開できる、即
「われ思う、ゆえにわれあり」?

これは、Wikipedia のページで確認できる:

「自説」の旗を振り、気勢をあげるが、
科学的証拠なしで、証明不可能、
その時は、下記の表現をしている:

「~という評価もある」、
「~と評されるおもむきもある」
その出所では
「戦争に加担した説もある」など
ことばでごまかしている。
これらは、「Wikipedia」にある。

その傑作は「微妙なグレーゾーン」表現だ、

立証できない誹謗中傷を
「微妙」でごまかし、

さらに汚いのは、
龍蔵学説、学問的発言を、断片的に
無理強い政治に結びつけ、
好きかってに増幅解釈を加える。

学説を政治的に解釈し、
学者を「政治犯罪者」にする「ノーハウ」は
正にかつての共産圏の日常茶飯事らしいが、
この「人を陥れるノーハウ」は
何時、どこから入手した?

誹謗中傷犯 のノーハウの出どころ
大いに追及すべし、再犯防止のあめ。

今さら、共産圏のマイナス面を生かそうとは
どういう「思潮」にあたる?

これら、「戦争犯罪」汚名を着せようとし
実行犯罪を証明できないための、ことごとく

「微妙なグレーゾーン」という表現でごまかす。

この表現は、誹謗中傷犯自身の「論理」に
ばっちり当てはまるのでは?なぜなら:

「立証できず、非論理的で意味不明だから」。
正に、「微妙なグレーゾーン」!

ちなみに、これも「文化人類学者」の分野か?
「批判人類学」という新分野か?

基礎勉強要らず、フイールドワーク要らず、物証要らず、
思うまま他人を批判できる、かつ、これも学問?
実に「楽勝な学問」だ!ノーコスト?

トップレベルの人を批判すれば、
批判者はトップ以上になる?
というのは、よりによって龍蔵に喰らいつくに
損得計算が見え見えなのだ。

Wikipediaのこの部分の作成者は
明らかに、現在を生きる「批判の人類学者」をおびえ、
再三その立証できない「論理」を引用し、
自らは「中庸」であることをアピール、
「しっぽを振るのだ」

ここにも「計算」がばればれだ:
なくなっている龍蔵を「多少」中傷しても、
リベンジされないが、今
「気勢に乗っている」「批判の人類学者」の
機嫌を害したら怖いから、
「批判の擁護者」も演じている。

そのため、その文に一貫性はなく、
またも「微妙なグレーゾーン」なのだ。

動機はどうであれ、
誹謗中傷は犯罪であること
肝に銘じるべし。


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Wikipedia の改ざん文面を注意喚起のため、
その部分をリピート搭載いたします。
今回文はその後にあります。ご了承下さい。

鳥居龍蔵研究者より、緊急連絡あり、

ネット上はさまざまで、
真実情報はどのくらいか、
不明だ。

連絡内容は
「鳥居龍蔵」検索に
Wikipedia というものあり、
その中:

① 鳥居龍蔵国内フイールドワーク
  につき、正しくは
 
「鳥居龍蔵のフイールド・ワークというと、
すぐ「海外」と思われがちだが、
実は、今余り知られていないのは、
その国内各地、
ほぼ全日本での活動。
十代から、鳥居は徳島をはじめ、
四国各地、後、東京帝大在職中も、
日本各地のフイールド・ワークを行い、
すぐ展示会・講演会を開催、
人類学・考古学の普及に努めた[2]。」

それが「荒ら」され、
逆の意味になったそうだ。
以下は改ざんされた文面:


「鳥居龍蔵のフイールド・ワークというと、
海外での研究が著名だが、
実際にはほとんどが
日本国内各地での活動である。

十代から、鳥居は徳島をはじめ、
四国各地、後、東京帝大在職中も、
日本各地のフイールド・ワークを行い、
その度に展示会・講演会を開催、
人類学・考古学の普及に努めた[2]。」


全く無意味のいたずらだ!

読むにあたり、くれぐれも、ご用心ください。
ネットをいたずら のおもちゃ と勘違い
するものがいるようだ。
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        龍蔵国内調査も追う徳島


最近余り知られていない
龍蔵の国内調査、

龍蔵「最盛期」では
フイーバを巻き起こしていたようだ?

その「忘却された」日本列島踏破につき、
徳島では地道に、
その青少年時代から、徳島から

その調査・発掘軌跡・実績を追っている

例えば
徳島各地での龍蔵調査実績
市内から近辺~県内各地山々など、
少年龍蔵から東大龍蔵からその後、

同時に、全国各地、例えば
最近は長野の諏訪地方など、

その前、北海道アイヌ地方
九州・沖縄・・・など
大きな企画展も含み、

龍蔵の台湾調査などの海外展示と
同時進行的に行われている、

その際、ほぼ毎回?
国立民族学博物館・東大・各大学の
応援・バックアップを受けており、

その一つ一つは、
龍蔵の旅路を追う祭りである、
トクシマ・ドラゴン祭りかな~

学校など教育機関も博物館と一体に
龍蔵から学べるもを実践し
いろいろな活動をしている

龍蔵顕彰を通し、
徳島県全体に活気をもたらしている。

生涯活躍した徳島龍と同じく、
徳島も龍のごとく、
大空を舞うことであろう。

鳥居龍蔵は、「考古学を全国的に普及し、この学問を啓蒙させたが、ここに彼のひとつの業績をみとめてよい。人類学者鳥居龍蔵の名声には噴噴たるものがあった。そして、地方の調査や講演にもしばしば招待された。彼はそのつど平明に、かつ雄大に学問をとき、聴衆を魅了させ学問を普及させた。」斉藤 忠 『鳥居龍蔵の業績』

(同「引用」は他サイトにもあるが、全て
憤慨した同一研究者の引用。その通報により
本サイトに再度搭載。)

その魅力的な講演会を実体験してみたいな~

博物館内に流れる龍蔵帰国後のスピーチ
とても80歳過ぎた人の声とは信じがたい
勇気付けられる声なのだ・・・
       
         ハーバードが 誹謗中傷を撃退

「ハーバード燕京研究所」から
スカウトされ、その研究者として
招聘されたことは、大きな意味がある:

それは、
「戦争加担」「微妙なグレーゾーン」などの
誹謗中傷の、結果論的な撃退である。

その理由:

戦時(日中戦争・二次大戦)中、
危機一髪の状況にある世界情勢、

中国領内にある米国領土・機関
中国を占領中の日本軍部、気が気でなく
再三、ハーバードに連絡
日本人を送り込もうと、
数回にわたり、推薦日本人学者リストを
提示:中には龍蔵はいない。

ハーバードは軍部推薦学者を全員拒否、
自ら、推薦にない鳥居龍蔵を指名スカウト
その連絡は、ハーバードから
直接龍蔵にきたのだ。

戦争の大波に巻き込む日本には
すでに、学問の自由が制限されてきた・・・
「学問の真実」を求める龍蔵は、
学問研究の自由を求め、招聘に応じ
再び、フイールドワークの旅に出た。

.....................................

かくも緊迫した世界情勢の中、
攻寄って来た日本軍部の撃退として、
米国ハーバードは、龍蔵をスカウト招聘した。

このスカウト招聘自体
「戦争加担・グレーゾーン」など誹謗中傷
へのきっぱり撃退にあたる;

上記情勢で、米国が
そんな怪しい戦争加担者を自身の中枢部にある
アジア研究最高機関に入れるものか?

当時の米国は、日本の学者の人柄・戦争との関連・
彼らの学説・論文など全て緻密に調べあげていた、

それが、戦後米国GHQが、ひっかかる学者を
すばやく投獄できた理由である、獄死したものも。
(このことも日本では余り報道がない?)

遠い昔に結論済みのことについて
戦後70年もたった今さら、
「戦争加担・グレーゾーン」はなにごと?

アメリカの情報機関はバカかと思うのか?!

学説・学問議論のことばの端々を拾い集めて、
「戦犯」探しはなにごと?暇つぶしか!

誹謗中傷は犯罪だ、ということ 肝に銘じるべし。

憤慨している先生方の憤慨を
ありのまま、ここにて、ぶつけます。

研究者の先生方、ありがとう!またよろしく!
          龍蔵 と 上智?

一見なんのつながりもない二者
実は、大いにつながっている。
本篇も引き続き、研究者の先生方の
貴重なお話を搭載してゆきます:

  本篇は、上智につぃて

上智は、カトリック系外資専門学校
宣教師により日本上陸、しかし、
数十年にわたり、専門学校止まり、
どうしても大学に昇格できない。

日本の「大学令」などは
外資専門学校を対象としていない。
このままでは、永遠の専門学校になりそう。

困った末、日本人カトリック人類学者
鳥居龍蔵に助けを求めたわけ、
当時は確かに龍蔵の「最盛期」だった?

龍蔵はこころよく承諾、
自ら直接文部省にかけあった、

鳥居龍蔵の名声がとどろいていたため、
文部省は信頼し、受け付けた、そこで
大学に昇格するための全ての手続きを、
鳥居龍蔵名義で、龍蔵自ら出かけて行った、
その結果、上智がやっと大学昇格になった。

このことに、龍蔵は大きな労力を費やし
こころをこめてなし遂げた。
すなわち、龍蔵によって
はじめて「大学令」はまったのだ。

このことは当時周知の事実、
龍蔵の歴史に残った大きなできごと:
なぜなら、日本の大学の国際化に
大きく貢献したからだ。

時は、1928年だった。
龍蔵は上智の大学として創立
における創立者の一人と言えよう。
そこで、龍蔵は
上智の初代文学部長に就任。


龍蔵の力なくして、
上智の大学昇格は戦後になったであろう。

研究者の方々曰く、どうしてか、
この部分の歴史を隠したがる者がいる、
原因不明だが・・・

ドイツ系の上智と日本人の鳥居龍蔵
日本の大学の国際化、
日独親善の喜ばしい歴史ではないか?

「この事実を出すと、消される」と
頭をかしげる研究者の先生方だから、

本サイトにて搭載しました。
龍蔵顕彰ですもの。

先生方、ご連絡と情報提供どうもありがとう!