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      鳥居龍蔵の業績評

人類学民族学の本家
国立民族学博物館が、以下のように
鳥居龍蔵のことを評している:

「鳥居瀧蔵は、日本で
人類学を学問として定着させた

東京人類学会の発足、東京帝国大学の
人類学教室の創設などで

重要な役割を果たした
坪井正五郎の下で人類学を学び、

日本で最初に人類学の現地調査を
海外でおこなった研究者である。

鳥居は、中国東北部、台湾、千島、
中国西南部、蒙古、朝鮮半島、
ロシアのシベリア、さらに中南米と

幅広く現地調査をおこない、
現在でも評価の高い人類学者である」
と評価している。
(国立民族学博物館
『鳥居龍蔵の見たアジア』佐々木高明)


考古学者・東洋学者の斎藤忠は、
鳥居の生涯及び業績について
以下のように評価している。

「日本及び大陸を中心として、
高邁な識見の上に立って積み上げた
学問的な数々の業績、

しかも自ら前人未踏の大陸の各地に
足を踏み入れ、苦労を冒しつつ、
一家をあげて学問的開拓をなした業績」

「博士こそ日本人類学史上、考古学史上
或いは民族学史上、
まことにユニークな偉大な存在」

「博士が『手記』の中に記した
結語の一部を紹介して結びとしたい:

  『私は学校卒業証書や肩書で生活しない。 
  私は、私自身を作り出したので、
  私一個人は私のみである。

  私は、自身を作り出さんと
  これまで日夜苦心したのである。

  のみならず、私の学問も私の学問である。

  そして、私の学問は妻と共にし
  子供たちと共にした。
  これがため長男龍雄を巴里で失った。

  かくして私は自ら生き、
  またこれからもこれで生きんと思う。

  かの聖人の言に
  《朝に道を聞いて夕に死すとも可なり》とある。

   私は道学者ではないが、
   この言は私の最も好む所で、

   町の学者として甘んじている。』」


本篇も他篇同様、怒った龍蔵研究者先生方の
引用オリジナルを搭載しております。
先生方、どうもありがとう。
またよろしく!

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鳥居龍蔵 日本列島も踏破 (同文ご参照ください)

鳥居龍蔵のフイールド・ワークというと、
すぐ「海外」と思われがちだが、

実は、今余り知られていないのは、
その国内各地、ほぼ全日本での活動。

十代から、鳥居は徳島をはじめ、
四国各地、後、東京帝大在職中も、

日本各地のフイールド・ワークを行い、
すぐ展示会・講演会を開催、
人類学・考古学の普及に努めた。

これは、鳥居龍蔵方式三点セットだ
(発掘・展示会・講演会)。

鳥居龍蔵は、
「考古学を全国的に普及し、
この学問を啓蒙させたが、ここに
彼のひとつの業績をみとめてよい。

人類学者鳥居龍蔵の名声には
噴噴たるものがあった。

そして、地方の調査や講演にも
しばしば招待された。

彼はそのつど平明に、
かつ雄大に学問をとき、
聴衆を魅了させ学問を普及させた。」

(斉藤忠 『鳥居龍蔵の業績』)

上記につき
別篇『日本列島も踏破』もご参照ください:
 
 その中で、
 これまで、
 徳島県立鳥居龍蔵記念博物館が
 鳥居龍蔵顕彰諸活動の中

 その日本国内フイールドワークをも
 いろいろな形で行っている
 具体的な内容があります。

 本篇も、引き続き、憤慨した研究者先生がたの
 提供情報内容を搭載しております。
 
 引用も内容も、先生方のオリジナル引用です。
 先生方、本当にありがとうございます。
 又、どうぞよろしく!

 
 同時に、皆さんのご応援の
 コメント、「いいね!」も
 本当にありがとう!感激です!
 きちんと返答などしておらず、ごめん!
 ここにて、皆さんにお礼申し上げます。

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関東大震災直後、
龍蔵は不眠不休、文化財調査・保護に
奔走した。
本書では、東京の各名所旧跡の
大震災前後の状態が、写真入で
紹介されています。例えば:
上野忍ばずの池・浅草・葛飾の立石など。

文筆は分かりやすく、
「学術文」の堅苦しさが全くない。
今読んでも自然に楽に読める。
この語り口こそが「龍蔵流」。

その時代その当時、
庶民はこの「龍蔵流」に魅了され、
龍蔵フイーバーを巻き起こした。

この簡単明瞭・単純素朴な「龍蔵流」を
どうぞご堪能下さいませ。

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 龍蔵の海外フイールド・ワーク

「鳥居龍蔵の学問上の業績は偉大である。
人類学は元より考古学・民族学等多くの
隣接の学問の分野において、多彩な活動をなした」
(斉藤忠『鳥居龍蔵の業績』)。

「(鳥居龍蔵の)アジアの大陸を歩いた旅程は、
恐らく幾万キロに及んだであろう」と言われる
(原田淑人『鳥居龍蔵博士の思い出』)。

「現在のような飛行機の便はなく、
船・車・馬を利用し、又徒歩であった。

しかも丹念に学問的観察をなし、
その成果を発表した」

「彼の足跡は当時、台湾・朝鮮・シベリア・
蒙古・満州・シナ西南部・樺太等の各地に及んだ」
(斉藤忠『鳥居龍蔵の業績』)。

鳥居龍蔵の、その雄大なフイールド・ワーク
の業績とは、「未開拓の大陸の考古学や人類学・
民族学の方面に、自ら足を踏み入れ、
自らその閉ざされていた扉を開いたことであろう」。


上記引用は、全て、憤慨した先生の
オリジナルの引用だ。

それを本篇にて搭載させて頂きます。
専門家の先生、どうもありがとう!
又、よろしく!

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    研究者の「生産性」評価は?

一般企業で働くと、
「生産性」「実績評価」がある。

研究者の世界は、どういう風に
研究者を評価する?

研究テーマはさまざまでよい、
学問の自由だもの。

しかし、一点「こだわり」あり、
それは:
「他研究者の人・業績批判」は「研究テーマ」か、
という一般人の素朴な疑問だ。

他研究者の人・業績を批判(というより、むしろ
誹謗中傷・名誉毀損・罵倒)をテーマに、
「作業」を進める「研究者」の
生産性を如何に評価すべきか、
は大きな問題である。

他者罵倒が「本業」というのは、
一時代前の「共産圏」に起こったようだ、

数十年経て、今時、
日本の「革新的潮流」を振舞え
気勢を上げているそうだが・・・

これは、学界にとって、
「生産」というプラスなのか、
「破壊」「後退」というマイナスなのか?

その特徴は、
彼らの「研究実績」の最たるものは、
「批判」「否定」のみ、である。

その唯一の「強み」は
批判する時代に居合わせていなかっただけ、
「生まれいずるの『優勢』」だ。

他者を否定し、自らを肯定する、
しかし、肝心な「自分自身」の
「学問的研究成果」は他者批判・否定が全てで、
自分からの「生産物」がない、

かつその批判否定の槍玉は必ず
学問的実績実力偉大なものに向くのである。

このような「研究者」を極めれば
他者罵倒以外は「すっぽんぽん」?

「時代の批判」だって?
戦後70年、誰でもがわかること、
「研究者」を動員するほどのこと
じゃあるまい。

学界にて、このような、他者批判以外、
「すっぽんぽん」研究者 の「評価」は
いかになされていますか?
納税者として関心ありの問題だ、

「自営研究者」なら別
国公立機関で税金から給料をもらって
いるものならば、
他者批判のみを研究テーマとする「研究者」
に対する評価・報酬は大きな関心事だ。

「他者批判の研究職」は学界にとって
プラス、マイナス?

彼らは気勢を上げている(はったり?)から、
臆病な研究者たちは沈黙か、着いて行くかだ、
これは日本社会の慣わしだもの、

これが又、学界全体の方向性・生産性に
いろいろマイナス影響を与える:
現在「活躍中」の彼らに「遠慮」のため・・・

結局のところ、「微妙な」ごまかし表現で
彼らは、他者(なくなった方に限る)を罪に陥れ、
自らの業績と成そうと、企む、

このような「研究者」の「生産性」を
大いに追及すべきでは?節税のためにも・・・

「研究者」という位置づけについたら
「誹謗中傷」でもなんでもしたい放題では、
(不勉強でなにも良く分かっていない乱攻撃)
国民が許しません。

自らの姿形を知らず、身の程知らず
思い上がっているものにつき、海外で

非常に下俗ながら辛らつな表現がある。
読者の皆さんには失礼ながら
やっとの応用の機会だから・・・

それは、

「自分でその辺で、ションベンをして、
自分の尿の水だまりをカガミに
そこに映っている自分の姿を見てみろ!」

というものだ。ぴったしでは?

憤慨した専門家の先生方の怒りを
ありのまま、ぶっつけます。

他者批判本業のすっぽんぽん「研究者」ら、
龍蔵顕彰の王道から、Get out!!!

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今だ「誹謗中傷」の掲示板 Wikipedia鳥居龍蔵検索

引き続き、憤慨した研究者方々の議論を
搭載してゆきます。
整理の時間がなく
ありのままだ。

最初説明すべきことは
現在のWikipedia 「鳥居龍蔵」は
かなりの「改善版」
●元は、まるで「誹謗中傷」掲示板?

「誹謗中傷学者」「批判学者」を恐れ、
恐る恐る書いたかのような
褒めているのか、貶しているのか
さっぱり分からない「グレーゾーン」的文だった、

●今なき「鳥居龍蔵」を貶し、
今「活躍中」の「批判学者」の機嫌を伺い
頻繁にその著書など引用し、
「敬意」をあらわしつつ、

故意に龍蔵の学問についての発言を
断片的に拾い上げ
いちいち「政治的に解釈」し、
「植民地政策」と関連つけようと
その「機嫌取り」ぶりは大したもの


「研究者」自認ならば、
その「世渡りの才」こそありだ。

例:
「これを利用するの如何ということは、
日本人の任務であって」
とのべている[13]。また、『日鮮同祖論』をとなえ・・・」

など。

●以下も「批判学者」の文引用で、続ける
まるで「戦争犯罪」でもしたかのように

例:(以下文にリピートあり、名文迷文だから) 
「このアンビバレントな状態を「植民地統治に無縁
でもなく、かといってそのイデオローグでもなかった
微妙なグレーゾーン上に鳥居は立っていた[16]」
山路勝彦『近代日本の海外学術調査』pp47
と評するむきもある。

ただし、鳥居は日本の植民地政策に積極的に加担
したわけではなく、もっぱら調査をもとめたその結果
が日本の拡大政策と一致したという評価である。


矛盾した両文をあげている。

政治家でもあるまい鳥居龍蔵を
故意的に「政治的な解説をしつこく行う。


日本による植民地政策に加担していたとの評価もあるが、日清戦争によって割譲されたすぐあとに遼東半島と台湾の調査に入る、

一方で、日本による植民地政策に加担していた
との評価もあるが、
日清戦争によって割譲されたすぐあとに
遼東半島と台湾の調査に入る


東京帝大の学問調査で、25歳と26歳の鳥居が東京帝大
に派遣された。

以後も、1899年(明治32年)「北海道旧土人保護法」
策定後の千島調査、1910年(明治43年)に
併合後の朝鮮半島調査、1919年(大正8年)
シベリア出兵にあわせたシベリア調査、
満州国建設にあわせた満州調査など、
鳥居の調査はまさに日本の拡大政策に沿った


●ここではっきり見えるのは、筆者が「故意的に」
戦争・植民地政策を龍蔵にくっつけ、


さも龍蔵が「画策」して行った海外調査かのよう
「誹謗中傷学者」の意向に沿うような「表現」をする。
(下線部分に注目!)

さらに注目すべきは、
東大の人類学調査指示を受け鳥居が現場に赴く、
●それを、ことごとく、「東大」という存在を
文面に一切出さず、まるで鳥居龍蔵が
独自「画策」した調査であったかのように書き

それでどんどん話を進めている・・・

●海外調査主導の東大はどこにいっちまった?

明らかに、筆者は「東大批判」が自らの不利益になりかねない、
だから、もっぱらの「龍蔵批判」に一点集中攻撃した訳。

このような筋道の通らない話を展開した全文構成で
筆者の計算高さが見え見えだ。

以上は文中の誹謗中傷、意味不明な「微妙なグレーゾーン」的
表現を「拾い集めたもの」である。

再伸: Wikipedia の「現在文面」は
憤慨した研究者先生が加筆修正したものが多く、
斉藤先生・原田先生など龍蔵を本当に知る研究者の
意見ももこんだもの。
(しかし「フイールドワーク」冒頭文に改ざんあり)
これ以前は、さらにひどいものだった。

さらなる改善・真実解明などは、
Wikipediaの体質からして不可能である。

その構造・決まりなどは、良き品質を持つ
一貫性のある「製品作り」はむりであろう。

●さらに、龍蔵の偉大なる業績への
きわめて悪質な貶しも放置されたまま。

例:
「このような立場からその成果を、
『幼少期の一途なマニアが、老いても
無邪気なままのマニアであった[20]』」
山路勝彦『近代日本の海外学術調査』


というように、暴言放題。


●又、龍蔵、龍蔵学につき、不勉強にも

例:
「風俗習慣の奥にある価値観をさぐると
いう行為にいたっておらず、「深みがない」
との評価もうけたが、」

「観察できない宗教的現象などを調査するのが
苦手であった」など


実際、龍蔵は証拠のない主観的情念的なもの
を対象としていない、とういう周知のはず
の事実すら知らない発言である、

そういう搭載価値のないものを羅列するのは
「判断力」に欠けるか、責任逃れのための、
なんでも載せておく、という「編集」方針
も見え見え。

●同様、龍蔵学につき不勉強の例

 例:
 「それは鳥居の学んだ人類学の手法、
 特に師と仰いだ坪井正五郎の観察を中心
 とした手法を採用したためであった。」

 例:
 「写真撮影の手法の導入やスケッチ・大量
 の文章などを残すことになった素地には
 「観察重視」の態度があったと考えられる。

  
 事実、観察は重要だが、実証がさらに?重要?
 実証するための証拠証明なのだ。

 龍蔵が自然科学者であること、
 どうやら分かっていないようだ。

●「関野 貞」につき、常に「対立」「軋轢」
 とだけ表現し、事実を開示していない。

 (憤慨した研究者先生がその事実を開示した)
 「対立・軋轢」などくだらないことでなく
 単純な事実があったのみ。
 これもなんら計算から、
 どうしても明かさなかったようだ。

●東京帝大と龍蔵の関係につき
 これも面白おかしく、揉め事がないと
 おもしろくない
かのように、
 想像力を発揮している以外のなんでもない。

 無学歴の龍蔵は、最高学歴である「東大博士」
 になっている
 これは、明治の東大は開放的で実力主義
 の証明では?
 まして、無学歴だった龍蔵は、大変親切に
 東大に迎え入れられた(坪井が窓口)からこそ
 その超人的学習研究能力が生かされ
 後の「龍」に成長できたのでは?
 何かあったとしても、学歴が問題と「想像」するに
 十分な説得力ありとは言いがたい。

 想像力・感情・計算などを排し、
 人物の行動事実を根拠に
 客観的に人物像をつかむべし。

●このような意味で、
 「人物」につき、Wikipediaは危険では?
 編集戦争・搭載「制限」などなどにより、
 適正な内容作成はほぼ不可能では?

 さまざまな意見の寄せ集め、
 ここにこそ「対立」「軋轢」・・・
 出来上がりは、
 「寄せ鍋」「ごった煮」以上の
 なにものでもない:
 塩も、砂糖も、お酢も、辛子も入れ放題
 さてその味は?
 「微妙なグレーゾーン」か?

 内容判断力ゼロの編集だから、
 どうにもならない。

 「品質」など求めるほうが無理・・・

 むしろ、最初から、Wikipediaは、
 ツイター同様?さまざまの「おしゃべりの場」
 または「猿蟹合戦」の「ゲーヌセンター」、だと
 見極めることが大事かも?

 信用したり、期待したりすると、
 危険だ!

●信用できない「情報源」、
 これこそがWikipedia の「人物検索」だ。
 (「人物」に限ったことだろうか?)

 とかく、ネット上Wikipedia だけの問題か?
 気をつけましょう。

●さらに、龍蔵研究者の方々曰く:
 よくある、俗称「筆者」たる者、
 人物評等書くに不適、
 なぜ?それは、

 彼らにとって、真実よりも「計算」が重要:
 なくなった主人公よりも

 今、この世に生きる権限のあるもの
 今、この世で「活躍」する者
 これらが自分自身に与えうる「利害」など

 だから、なくなった主人公鳥居龍蔵を
 「多少」?貶しても、侮蔑しても、
 誹謗中傷しても、名誉毀損しても、
 どこからも、槍玉が飛んでこないだろう・・・
 と、安易に思ったのであろう。

 そういう計算から、きわめて卑しき
 意味不明な「微妙なグレーゾーン」的文面を練りあげ、
 「批判人類学」「誹謗中傷学」の「祖」?など
 に向かって、へらへらと、しっぽを振る!
 再三それらの実績なき文面を引用・・・!
 これはなにたるおべっか使いか!恥じをしろう!

 龍蔵研究者怒って曰く:
 このような者は「研究者」資格なし、
 その卑しき行いから、決して
 科学的真実など「解明」できない。
 
 だから、真摯なこころを持たないものは、
 研究者には向かない・・・

●「誹謗中傷」「名誉毀損」は犯罪であること、
 肝に銘じるべし。

●自分が生産できず・実績持たずのものは
 常に実績者をねたみ、その足跡を詮索し
 誹謗中傷する、これは世の常だ、
 なぜなら、彼らは働かず、足跡すらないから・・・

●偉大なる実績者を罵倒することで
 「身を起こせる」とでも思っているのか?

●この連中がどんなに「泥」を撒こうとも、
 鳥居龍蔵は不朽であり、
 徳島は前進し続けます。

 かつ全国の研究機関、
 特に龍蔵が育った東大
 と共に、龍蔵顕彰を推し進めます。

 これは時代の清流であります。
 どんなマイナス的汚泥も、
 この清流激流にきれさっぱり
 跡形なく流されてしまいます。

 どちみち、連中は
 足跡なき「泥撒き屋」だから、
 Get out !!!