『イスラエル 共生と軋轢の村』
BS1のドキュメンタリーを鑑賞。50年くらい前からイスラエルにて、ユダヤ人とアラブ人の共生を「実験」テーマとして作られた村の話。
村出身のアラブ人の言葉:
「平和とは妥協だと思う。お互いに妥協しないといけないんだ」
「実験」の主旨、理想は全てのユダヤ人、アラブ人(というかイスラエル人、パレスチナ人)が平和裡に共生することだが、当然全く達成できてはいなく、村でも10/7以降、ネガティブな状況に陥ることもあったが、概ね彼らはユダヤ・アラブの隔てなく友人同士で、率直に話し合う。村も二世、三世と存続。子供の頃から「ごちゃ混ぜ」で育った彼らは、村の「外」とは明らかに意識が違う。ではイスラエルの1/3、1/2がこの村のようであったら?と思わずにいられない。この試みは確実に「為されるべきもの」と言える。
この村はガザから近く、爆撃のためのイスラエル軍の飛行機が轟音を響かせ、爆撃の振動が伝わってくるほど。それでも。
例えばユーゴスラビア連邦も元々は、多民族が特に意識もせず、混ざり合って生活していた。「政治」が線を引き、分断を促し、「殺し合え」と命じ、「敵」同士となった。本当は全て幻想である。
日本人には切実さが足らない。見ないようにする、考えない、自分の意見を言わない、意見などない、「お上」に依存する、個の意識が足りない。考えないで済むなら考えないのが人間。
日本の「お利口な」人たちは、この試みを「偽善w」で済ませるだろうが、偽善でも何でも、社会を変えるには一人がそれぞれ、何かをしなければ始まらない。何かをするその過程こそ「人生」で、 結果は関係なく、それを冷笑するのは人間の否定だろう。そいつはその冷笑人生で何を得るのか。
その村の、これから中学生になる少年(村には小学校しかないので、「外」の学校に行くことになる)が、自分の意見をきちんと述べる姿は尊かった。日本もまずはそこからでは。
東京の民族音楽②
サカナクション「ユリイカ」は、東京に住む人の小さな心の震えをそっと映し出す名曲。ダンスミュージック+ロックというフォーマットを用いる必然性を感じることができる。
山口一郎氏は札幌に居た頃、原宿で活躍していた藤原ヒロシ氏に憧れて、主に雑誌で情報収集していたとか。その時期、私も若者として笑東京に住んでいたはずだが、ファッションに全く興味がなかったので、藤原さんの存在すらほぼ知らず。
