それは東南アジアから帰ってから1カ月後、歳も押し迫ったある平日の昼間、突然タクヤから私に連絡があった。
卒業後もあまり会うこともなく、同窓会の時にたまたま目に付いたのが彼だった、と言う程度。
彼がユキコをお持ち帰りしたあとのコトもコチラからは何も訊いてなかったし、逆に私もタクヤから何も訊かれるコトも無く半年ぶりに声を聴いた。
そもそも、私はタクヤが「どこに住ンでいるのか」、「何の仕事をしてるのか」、さえも知らなかったくらいだ。
『あのナ、リンはあれから高橋とナニかあったか?』
「え? い、いや、別に何も無いケド」
『そうやわナ。お前がアイツを攻略できるとは思えンわ。ハハハ』
「なンや、イヤミ言いに来たンかいナ!」
『い、いや、そンな世間話してる場合とちゃうンヤ。ちょっとオレ、ヤバいコトになって・・・』
タクヤは25歳で結婚したらしいが、その後、隣市の分譲マンションを購入したらしい。
そして、ヤバいコトとは次のコトだった。
半年くらい前(私が眞知子サマに誓いをした頃)、タクヤが仕事から帰って自宅マンションの駐車場に車を停め、車外に出ると目の前に眞知子サマが3人の黒い服を着た男と立っていた。
タクヤの前に眞知子サマが立ち、左右と後ろを黒服が囲む。そして柄の悪そうな口調で眞知子サマが次のように凄ンだ。
「タクヤ、オマエ、あっちこっちでいらンコトしてるそうやなぁ」
何のコトかわからないタクヤは、とりあえず、とぼけてみせる。
「あかンワ、コイツ。やっぱり痛い目に遭うてもらおか」
後ろの黒服が、かすれた、しかしドスの効いた声で喋る。
振り返ろうとしたタクヤに、いきなり眞知子サマがローキックを放ち、よろめいて前のめりになったところを、今度は顔面に眞知子サマの拳が突き刺さる。
「オマエのいらン噂話で、コッチはえらい迷惑こうむっとるンや!!」
顔面を押さえて蹲るタクヤの背中に、今度はしゃがれ声の黒服の蹴りが入る。
「おらぁ、立てヤ!」
次に左右の黒服がタクヤの両脇を抱えて強制的に立ち上がらせる。
よろよろと立ち上がったタクヤの前髪を掴ンだ眞知子サマは、さらに追及する。
「ワレぇ、ユキコにもだいぶホラ話を吹き込ンだみたいやナ。アタシがいつ、オマエと付き合ったンや? え? おい!」
血の出る鼻を押さえ、なおもトボけようとするタクヤの腹部に、大きく振りかぶった眞知子サマの拳が突き刺さる。
「ワレぇ、むかし、アタシに告白して相手されンかったからゆうて、あるコト無いコト吹きまくってたそうなナ! 誰がホスト狂いやねン!! アタシが男に不自由するワケあらへンやろ!」
腹部を突かれ、悶絶して前屈みになるタクヤの顔面に、なおも眞知子サマの拳が突き刺さる。
「それから、ユキコのコトや。あの晩のコトは、もうユキコの旦那にバレたそうやデ!」
涙声になりながら言い訳するタクヤに、左側の黒服が囁く。
「オッサン。不倫の代償は、そらァ高ォつきまっセ。100か200か、そのうち連絡ありますよって。ムハハ」
凍りついた表情のタクヤに向かって、眞知子サマはさらに恐ろしい台詞を言う。
「ワレ、○○○○の下請会社の孫請やってナ。今までエエ商売してたようやケド、この先はわからへンでェ。それから、オマエとこの娘、○○幼稚園の○○組、担任は○○先生やなぁ? ホンで、オマエの嫁ハン、○○の○○○○でパートやってるやろ。ちゃぁンと家族を護ったらナ、この先知らンデぇ」
土下座をして謝るタクヤの頭を踏みつけて、眞知子サマは高々と笑いながらこう言う。
「アハハハハ。このヘタレ! これからは身分わきまえて生きィよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・
話を聞き終わって絶句している私。
私の知っている眞知子サマとは、まるで別人のようだ。
『ホンマ、エライ目に遭うたワ。口は災の門やナ。ハハ』
「ホンなら何か? 眞知子サンはヤクザでも雇ったンか?」
『いや、オレも商売柄ヤクザには知り合いがおるケド、どうも違うみたいヤ」
「不倫の慰謝料は?」
『あれは脅しダケや。実際に旦那からオレとこには何の連絡も無かった」
「ホンならシバかれただけで、まだ良かったがナ。」
『いやいや、話はこれで終わりとちゃうねン」
タクヤの仕事は、某インフラ系の大企業から発注を受けた下請会社から仕事をもらっている孫請けの自営業者らしい。
半官半民の仕事らしいので、大儲けはできない代わりに安定した収入が入る、一生食いっぱぐれが無いちょっと羨ましい仕事だ。
ところが、この3ヶ月間、まったく仕事が入ってこない。
20代前半に親からこの仕事を引き継いで、この5年間でこンなコトは1度も無かったと・・・
毎日、親会社からの連絡を待つので他の仕事もできず、しかし仕事がないので収入もゼロ。
ヨメのパート代だけでは当然足りないので、今は貯金を食い潰し、ヨメの実家にまで借金をして生活しているそうだ。
『そンなワケで、なぁ。どっかカネ貸してくれるトコ知らンか?』
「いや、オレとこは無理やデ。」
『ちゃうちゃう、リンに借りようっちゅンや無いねン。リンかて、100や200の大金、スグにどうこうでけへンのは解ってるわ』
「100や200の大金? そうか。しかし、残念ながらオレは普通のサラリーマンや。金融屋にも資産家にも知り合いはおらンわ。」
『そうか。不動産屋やったら知ってると思うたンやケドなぁ・・・』
「すまン。勤務先は不動産屋やケド、直接顧客と交渉する営業マンとは違うンや。」
『あ、そうやったナ。長いコト会うてへンカラ忘れとったワ。ハハ。ごめンごめン。ホナまた何かあったらTELするワ』
「ああ、チカラになれンでスマンかったナ。」
そう言ってタクヤは電話を切りった。
「ここの孫娘サン、もう幼稚園に通ってへンらしいデ。辞めたらしいワぁ、なぁ奥サン。」
「そうそう、あそこの息子サン夫婦、ずっと仲が悪うて最近は別居してるのかも知れへンねンて、ねぇ○○サン。」
「ここのお宅も古なって壊したンと違うて、売ったンちゃう? そやケド、どこへ引越さはったンやろねぇ。なぁ、知ってはる、○○の奥サン?」
タクヤの実家が取り壊され跡地がコインパーキングになった時、近所の主婦が噂話をしているのを聞いたのは、タクヤから電話があった日から3カ月くらい経った頃。
そう、私がまだ家族から引き離される少し前だったと思う。
このエピソードはここまで。
次回は本編へ、つづく