母は2年前に病気で亡くなりました。
ひとまわり年上の姉が一人いますが、アタシが離婚するトキに迷惑をかけたので、それ以来会ってませン。
だから、こンなコト相談できる相手は誰もいなかったンです。』
――そうか・・・
ランチを食べ終わった後にお茶でもしながら要件を訊こうと思ったが、話の内容はヒトが大勢いる場所ではやりづらかった。
ホテルのラウンジにでも行こうと思ったが、それでは下心を感じさせられてしまうと思ったので仕方なくこの店を選んだ。
「それで、今日の相談内容だけど、詳しく訊かせてもらえますか?」
『だ・か・ら!
リンさん、アタシなンかに敬語なンて遣わないで下さいよぉ!』
「あ、ごめん、ごめん。
オッチャンはなぁ、あンまり若い娘と話す機会が無いモンで、つい・・・」
『オッチャン?リンさんって、アタシより1つか2つ上でしょう?
リンさんがオッチャンだったらアタシはオバチャンじゃない!』
「なにお!私は美紅ちゃんより4つ上の35歳。あ、もうじき36歳やデ!」
『え~!!ほんとぉ!?じゃ、卯年生まれなンだ。
あ、アタシは未年だからまだ31歳よ。でも4月で32歳になるケド。
でもリンさん、若く見えますよ♡』
「いや、まあ、年の話はそのへんにして、そろそろ本題を」
『あ、ごめんなさい。てへ♡』
――アンタの方がよっぽど幼く見えますがナ(汗
生い立ちや身の上話を訊いているとかなり苦労しているハズなのに、美紅ちゃんはけっこう明るい性格のように見えた。
こンな可愛い娘を困らせている原因はいったい何なのか・・・
『じつは、前の職場で介護士をしているときから、週に何回かは風俗でバイトしてたンです。』
「ええ?」
『介護の仕事って思ったよりもお給料が安くって。
それにアタシ夜勤が出来ないから、他のヒトより余計に少なかったンです。
だから、前の職場を辞めたトキ、いっそ風俗を本業にしようと思って・・・』
――なるほどなぁ・・・
介護事業者はけっこう羽振りが良く見えるのに、そこで働くスタッフ全員がそうとは限らないようだった。
女手ひとつで子供を3人も育てていた梨乃さんも、きっと同じような理由だったのだろう。
私はつい、2年前に別れた相手のコトを思い出してしまった。
『それでネ、どうせ専業でするならもっと稼げるお店にしようと思って。
それに、前に働いてたお店でストーカーに遭ったコトもあるし、だから思い切って違うお店に変えたの。』
「ほうほう」
『前はホテヘルだったけど、今度のお店はデリなの。
入って2カ月で本指名もつくようになって、けっこう稼げるようになったのよ。
でも、ソコの店長がある提案を出してきたの・・・・』
「その提案とは?」
美紅ちゃんの話によると、そのデリヘル店はフランチャイズチェーン方式なので全国に系列店があるらしい。
店名が有名なのでお客は多く来るそうだが、そのぶん本部への上納金も多いらしい。
店長が開店したのは最近の話で、潤沢な資金もまだ溜まっていなかったそうだ。
ところで、風俗嬢というヒト達は、入店して数日経つとバンス(前借)をするそうだ。
店長は嬢達にバンスをさせて、さらにそこから利子もしっかり取るらしい。
本業の収入にプラスして、この利子収入もバカにならないそうだが、肝心の貸付ける資金がそう多くは無かった。
そこで店長は、真面目に働いてお金を貯めこんでいる嬢にも出資させて、回収した利子を店長と嬢で折半する方法を思い付いた。
纏まったお金が溜まったら辞めるつもりだった美紅ちゃんは、この話にまんまと乗せられてしまった。
ところが・・・
『それがネ、事務所の金庫番をしてたボーイが、お金を持ち逃げしちゃったンです』
――ありゃ、ま。
『当然、店長は血眼になってボーイを探し出したンだけど、見つかったトキにはお金は残ってなかったそうなンです。
それで、腹いせにリンチとかやって、無理やりお金を引っ張ろうとしたンだけど、今度は怖くなったボーイが警察に逃げ込ンじゃって・・・』
「うん、うん、それで?」
『店長は前に何かやって服役してたらしいンだけど、弁当持ち※で出所したんです。』
※仮釈放のコト。刑期前に釈放されているが、罰金刑以上の刑罰が課せられた場合は仮釈放が取消になり、仮釈放が許された全ての期間を、刑事施設で過ごさなくてはならない。
『今、店長は警察に行ったまま帰ってこないから、オーナーが代わりのヒトを臨時の店長としてお店を営業してるンだけど、業績が悪くなったら閉店するって言ってました。
でも、女の子たちが貸したお金はオーナーとは関係ないから、戻ってこないって言われました。』
――な、なンと!理屈は通っているようだが、そりゃあンまりだ!!
「そ、それで、美紅ちゃんはいったいいくら貸したの?」
『3です。』
「30万?」
『いいえ、300万円』
――な、なンでまた・・・・
お金を稼ぎに行って、逆に多額のお金を無くしてしまうとは・・・・
それも並大抵の苦労ではなく、ヒトには言えないような苦労までして、やっと貯めた虎の子を。
『ごめんなさい。アタシってバカでしょ?
こンな話、リンさんに話してもどうにもなりませンよねぇ・・・』
――いかん。コレは私がなンとかしてやらねば、この娘はますます不幸になってしまう。
義を見て為ざるは勇無き也。
自分が覚えた術や知識は、他人の役に立ってこそ初めて意味がある。
師匠はそう言って、私にいろんなコトを教えてくれた。
出来る出来ないはもう関係ない。
今こそ私の全知識を総動員して、この目の前の女性を護ってあげたい。
つづく