『もしもし、アタシ。今、オッサンと電話で話し合ったンだけど、近々オッサンが家に帰ってくるコトになったワ』
今日は水曜日。
あの大荒れの日から4日が経った日の夕方で、私はそろそろ帰宅しようと会社を出たトコロだった。
先週の土曜日に私から提案を出したが、眞知子サマは意外にアッサリと聞き入れてくれた。
そして、その日はしばらくは部屋にいたが、小一時間もするとさっさと帰ってしまった。
日曜日は「おはよう」と「おやすみ」の軽いメールのやり取りダケで部屋に訪れるコトもなく、そして月曜日も同じだった。
昨夜は恐る恐るお店に行こうと思ったが、「今夜は来なくてイイ」とメールが来た。
もう2年以上もベッタリだったコトを考えると、ナニがなンだかわからなくて、軽い恐怖感さえ感じる。
『今日は2人でお買い物に行く日だけど、アタシ1人で行くワ。
そのあと夜の10時ごろにお部屋に行くから待っててネ♡』
―――1人で買い物に?ホントに?
眞知子サマは家族4人分の食料をいつもまとめ買いするので毎回大荷物になる。
私がいないととても1人では持ちきれないので、どうやって運んだのか・・・・
そういえば土日も逢ってなかったから、その時の買い物も1人でいったのだろう。
思いがけないコトがあったので失念していたが、この2年半ではあり得ないコトであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『オッサンからの条件は3つあるの。』
さっきまで独りで夕食を食べていた私だが、眞知子サマが何を言い出すのかが気になって、ほとんど味がわからなかった。
眞知子サマはいつものようにこの部屋に入ると、なンの前置きも無く話し出した。
『誰と付き合いしてたのかは詮索しない。
浮気の事実があったのか無かったのか、それもいっさい不問にする。
その代り、今後はいっさい噂話でさえ立つような行動をするな。』
―――ほうほう・・・・
『それで、その条件だけど、
ひとつ目は、日中でも無断外出は禁止。行先と同伴者は必ず前もって申告すること。
で、二つ目は、お店に出る日は例外として、夜間の外出は厳禁。お店の閉店後も真っ直ぐ帰るコト。
それから三つ目は、外泊は完全に禁止。これは相手が女性でも同じ。』
―――ふむ。当然でしょう。しかし、当然過ぎて拍子抜けするなぁ・・・
そういえば、眞知子サマは前にもこンな疑いをかけられたようなコトを言ってたから、上手いコト躱したンだろうか?
『アタシは今夜、リンと相談してからこの条件を受け入れるか決めるつもり。
と言うのも、今度はアタシからリンに条件があるの』
―――え?今さらなンの条件を・・・
『リンは家族女と離婚して!アタシと別れてやり直すなンて耐えられないから!!』
―――え、え、え???
『だって、オッサンの条件を聞き入れたら、アタシはまた籠の中の鳥になるのよ!』
―――旦那サンとやり直すンぢゃないの?なンで籠の中のなンて・・・
口をつぐんだまま怪訝な表情をしている私を見て、眞知子サマは私の意図を素早く読み取った。
『浮気の詮索をしないのは、それは、もうどっちでも良いからだって。
アタシが下の子を身籠った時に疑って以来、ずっと続いているから今さらってコト。
一度でも他人に抱かれたオンナには、もう一切興味が無いンだって。』
「そ、それじゃなぜ?」
『赦すかって?アハハ・・・。赦すンじゃないのよ。』
「え?」
『会社の経営陣はネ、スキャンダルが嫌いなの。
女房に浮気の噂があったり、夫婦が別居したり、離婚したり・・・
だから、アタシはオッサンの名誉を守るタメに繋がれるダケ。
それも、これから先ずっと、どっちかが死ぬまでネ』
―――そ、そンな・・・
『リンだったら、アタシを連れ出せると思ったンだけど・・・
でも、子供がいるからネ。やっぱりダメだったみたい』
―――・・・・・。
『リンのコトは諦めるケド、他人には渡したくないの!
だから約束して。家族女とは別れるって!
そしたらアタシ、長生きして、いつかきっとリンを手に入れるから!』
いつの間にか眞知子サマは涙声になっていた。
こンな姿を見たコトが無い私はかなり狼狽えていた。
「あ、あの、眞知子サマ・・・」
『出来る!?ねぇ、約束して!』
「わ、わかりました。それで眞知子サマのお気が済むなら」
―――しかし、約束するもナニも・・・・
もう家を飛び出してまる2年になる。
途中、季節の変わり目に3回ほど衣類を取りに行ったことがあるが、それもワザワザ妻の不在を狙っているので、顔を合わせるコトすら無かった。
「やり直せ」と言われるならともかく、約束するまでも無いコトだった。
『オッサンは今日から1週間は出張でいないケド、来週の水曜日には家に帰ってくるの。
アタシの荷物は今度の週末に運び出すワ。
でも、こうやって夜に逢いに来るのは今夜が最後・・・』
あの気の強い眞知子サマが、涙をボロボロ流し、嗚咽しながら話している。
もちろん、私の涙腺がそれに耐えられるハズは無かったが、お互い向かい合ったまま手を取ろうか躊躇っていた。
そして、手を取り合ってしまえば・・・
2人ともその先のコトも予想できるので、身を裂かれるような想いでお互いを見つめ合っていた。
つづく