ジャングル記12 4日目 ショートカットはOK?  | ジャングルを走ってみた

ジャングルを走ってみた

ブログの説明を入力します。

太陽がてっぺんに上っていた。
強烈な日差しが容赦なく照りつける。
ジャングルから出て車の通る「大通り」をひた走っていた。
大通りといっても、舗装はされていない。路面の乾いた赤土が時折、風に舞い上がる。

気温はとっくの昔に30℃を優に超え、汗がだらだらと流れ出る。
無性にのどが渇き、ちびちびと小分けにして水を口に含む。
飲んだ分だけ、いや、それ以上に汗が吹き出る。
日陰にいても、体温が下がらない。体にこもった熱は、体力の消耗を早める。

疲れのせいからか、何度も道を間違えた。リアル人生ゲーム状態。5マス進んで6マス戻る。進んだ分だけ戻る。進んでまた戻る。
自分で気づけるうちはよかったが、しまいには他の選手に呼び戻される始末だった。
頻繁にコースアウトしすぎて、女性ランナーに苦笑いを浮かべられた。
食料が減って荷物は軽くなっているのに、初日よりもはるかに重く感じられた。

疲労困憊の終盤、見失った目印を探して、行ったり来たり。
道を探していると、後ろからやってきた女性ランナーに突然罵倒された。
ブラジル人のガビだ。英語のようだが、まったく聞き取れない。
大したことのない英語力が疲れでさらに衰えてしまったようだ。

ガビは自分が来た方向を指さしている。さっぱり分からない。
身振りからすると、ショートカットしたと思われているようだ。
顔を真っ赤にして、どこで息継ぎをしているのかという剣幕だ。

何とか言い返そうとするものの、単語すら出てこない。
いかん、このままではやり込められてしまう。かといって戻りたくはない。
焦りながらも、まくし立てられすぎて、なんだか腹立たしくなる。
そもそも冤罪なのだ。怒りに目覚め、日本語でやり返す。

「冗談じゃない。そんなことするわけないだろ。ちゃんと走ってきたんだよ。前にいたんだよ。見てなかったのか?」

見ていないから疑われたのだ。が、日本語が通じないのが幸いしたのか、予想外に効果的だった。
ひ弱そうに見えた日本人の思わぬ逆襲にたじろぐガビ。
やはり、やってない時は声高に叫ぶべきだ。
意思疎通ができないので根本的な解決にはならないのだが。

言い合いをしようにも言葉の壁に阻まれて困っていると、ブラジル人の男性選手が遅れてやって来た。
話し込む2人。ブラジル人タッグを組まれると、数的不利になる。まずい。
身構えていると、男性がにこやかな笑顔。ガビがしぶしぶながら納得してくれた模様。どうやら彼が僕の弁護をしてくれたようだ。なんともありがたい!

なんとか和解が成立して、3人で一緒に走ることに。
数百mおきに迷子になっていたので、仲間ができるのは心強い。
片言の英語であっても、走りながらちょっとした会話ができるだけで気分転換にもなる。

残るは最終チェックポイントのみ。そこからゴールまでは3㌔足らずだ。
合流直後は少しふくれていたガビも走りながら打ち解けてきた。

「もう水がないから早く行かなきゃね」さっきまで忌々しく思っていたが、冷静になって眺めると目鼻立ちの整った顔をしている。
クールな美人に見えなくもないが、鉄火肌の瞬間湯沸かし器だ。取り扱い要注意。
曲がったことが大嫌いなようで、ガビは海岸清掃がライフワークだという。
どれだけ拾ってもまた漂着してくるゴミとの格闘。
喧嘩っ早い性格に似合わず地道な活動に取り組んでいる。

そんな彼女の真骨頂はゴミを拾ってから発揮される。
漂着物の製造元を調べて企業に送り付けるのだという。
「そうしないとゴミを出さないもの作りへと意識を変えてもらえないでしょ」
拾っていてもらちが明かないから根元から絶つ。発想がなんとも大胆。

「暑くてたまんないね」「もう水がなくなりそう」
しばらくの間は和やかなムードが続いた。
暑さと疲れはあるものの、心安らかに走ることができた。
と言ってもそれは順調に進んでいる間の話で、人数が増えても迷うときは道に迷う。

目印のテープが突如として消えた。
最後に目印を見た地点に引き返して探すという原則に従っても、やはり見当たらない。
往復しているうちに、後ろにいるガビが苛立ちはじめる。
ポルトガル語でぶつぶつ独り言を垂れ流す。
ブラジル女性は強いし、男にちやほやされているから扱い方が大変なんだと、サンパウロで男たちの愚痴を聞いていたが、どうもその通りだ。

目印が見つからないまま、彼女の主張で前進を続けることに。
姐御には後退の二文字はない。
「さっきのチェックポイントでスタッフから道を聞いてないの?」
口調にとげがある。聞いたが、疲れと暑さでうろ覚えだ。
「よく覚えてない。たぶんこっちだと思う」。
僕の返事に冷たい視線を送るガビ。殺し屋の目だ。怖いよ。
自分だって覚えてないくせに、とは恐ろしくて言えやしない。
口の代わりに足を動かすのみだ。

林道の行き止まりにたどり着いた。
胸の高さくらいの柵で道が塞がれている。柵の向こう側には赤土の道路が左右に伸びていた。
越えられない高さではないが、どうしたものだろう。
考え込む僕を尻目に、ガビがおもむろに柵をよじ登る。
これでいいのかという疑問が頭をよぎるが、この日だけで30分以上も道に迷っていた僕は完全に自信を喪失。姐御の後ろにおとなしく続く。

柵から飛び降りた。路上にはランニングシューズらしき足跡。この道が正しいのだろうか。
半信半疑ではあるが、シューズの痕跡をたどって先を急ぐ。
やがて見慣れたカラーテープが木の枝にひらめいていた。

胸をなでおろしたが、幸せは長く続かない。
ほどなくして小さな集落に入り、ガビが住民にチェックポイントの場所を尋ねる。
数人に何度も同じ質問をしていた。何度聞いても答えは同じ。
「この先にあるのはゴールだ」。

最終チェックポイントを目指していたはずが、柵越えでショートカットしたに違いない。
いや、前日のようにチェックポイントの数が減ったのかもしれない。
戻るべきか、進むべきか。
悩む僕を尻目に、ガビは再び走り出した。
行けば分かるということか。
やはり、姐御は強い。
500mもしないうちにゴールが見えてきた。
姐御がラストスパートを仕掛ける。尻に敷かれっぱなしだったが、ここは譲れない。

余力と意地をかき集めて全力疾走。バックパックが揺れる。パシャパシャ、残り少ないボトルの水が音を立てる。並べそうだ。水の音がやかましい。パシャ、あとはかわすだけ、パシャパシャ、喉がからからだ。暑い。
暑い、水。まずは水。あと3歩、2、これで終わりだ。ゼロ。

この日も一けた台の5位。僕の直後に入ってきた姐御は4日間のマラソンコースで優勝だった。
息を整えながら握手をかわす。姉御はほほえんでいたが、僕は素直に喜べない。
チェックポイントの不通過が気がかりだ。

上位のランナーに尋ねると、やはり僕たちは不通過だった。
走りなおしでもいいから経緯を説明しようと主催者のシャーリーのもとに向かう。
前日のココナッツ事件では罰を与えるといって聞かない鉄の女シャーリー。
ひょっとしたら失格もありうるのでは。
しかし、黙っていては、翌日から後ろめたい気持ちで走ることになる。
いずれにしても白黒はっきりして気を楽にしたい。

重い足取りで向かった先には、ガビいた。
鉄の女と姐御。2人のアマゾネス。ガビが熱弁をふるっていた。
僕と口論していたときのように次々と言葉を浴びせる。

あとで要約してもらった内容だと、「コースが分かりにくいのが悪い。だから自分たちに非はない」ということらしい。姐御らしい。実に男らしい。

話に耳を傾けていたシャーリーがしばらくして口を開く。緊張が高まり、息をのむ。
「オーケー。このままの順位でいいわ。あなたたちが道を間違えたところはチェックポイントとは目と鼻の先だし、結果に影響はないわ」

穏やかな表情でさらりと言ってのけた。それどころかガビに笑顔を見せ、4日間部門の優勝をたたえている。
なんとも寛大なジャングル裁き。僕にとってもありがたい反面、ずいぶん拍子抜けした。
ココナッツ事件で怒り狂っていたのは何だったのだ。
ショートカットはよくて、ココナッツは駄目。基準がよく分からない。これもまたジャングルなのか。

ともかく決着がついてほっとした。リーと一緒に走っていたのがずいぶん昔のことに思えた。迷走を続け、ガビと口論して一緒にゴールと、珍しく女性に縁のある1日だった。