『テロリストのパラソル』…登場人物の粋な会話やスタイリッシュな文体に吸い寄せられる… | Takuyaki's Blog

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 『テロリストのパラソル』                      登場人物のキレのよい会話,硬質かつスタイリッシュな文体…, それらが磁力となって つい読んでみたくなる作品

同一作品でもって,江戸川乱歩賞と直木賞を受賞した作家・藤原伊織さんの著作。それが,『テロリストのパラソル』というタイトルが付せられたハードボイルドタッチの小説です。

 

江戸川乱歩賞受賞作品の選考委員の殆どが,この作品の文の構成や登場人物の会話表現の妙を大絶賛し,選考会場は,「文章や会話がよい。とにかく上手い!」という声で占められたそうです。 

 

大きな賞をWで受賞したということで,この作品はそれなりに話題になったようですが,僕が,『テロリストのパラソル』という小説を意識するようになったのは,二つの賞に輝いてから何年か経った後のことでした。

同作が文庫化されてから,知るようになったのです。

ある書店で,何気なく手に取った文庫本が,この作品でした。

本の裏表紙を見てみると,「史上初の乱歩賞&直木賞W受賞作」と記されていました。それで「へぇ」と思うようになり,「面白そうだから買ってみよ…」という気持ちになって,実際に購入したのでありました。

 

それで…,

「嗚呼,俺も,この作品における菊池俊彦氏(主人公)や浅井志郎氏(途中から主人公と行動を共にするようになる元警官の切れ者組長)の台詞を口にしてみたり,その二人の会話から感受できるキレっキレのシャープな感じを自分も外に向けて放ってみてぇなぁ~」

…ってな思いを読後に抱きやした。はい。

『テロリストのパラソル』における中心人物・島村圭介こと菊池俊彦は,表面的には,いまいち冴えない不格好なアル中おやじであるかのように描かれていますけんど,彼の言動をつぶさに追っかけていくと,クールでソリッドなムードがじわじわと立ちあがってきます。

「格好わるいのに格好いい!」,「駄目なのにCOOL!」

…そんな主人公像になっています。 

 

そして,他の登場人物も,それぞれの魅力をスパークさせています。

そう,作品を構成している人たちが,皆「立っている」し,文章も「立っている」。それが,『テロリストのパラソル』です。

菊池氏と浅井氏だけではなく,菊池氏と松下塔子嬢(主人公の元カノの娘)との間の,緊張感めいたものをはらんだやり取りも,物語を充分に引き立てています。

 

全共闘世代のオッサンに向けたマスターベーション的一作…と評する御仁もいることでありましょうが,そんな見方だけで済ませてしまうのは,あまりにも惜しい! 勿体ないっ!

アタクシは,藤原伊織さんの代表作である『テロリストのパラソル』における文章と会話の洒脱さに強い磁力を感じる者でして,再読してその作品世界に浸ることで,心の落ち着きを取り戻そうとすることが,ちょくちょくありますです。はい。

 

2024年…,何度も読み返したくなるような本との出あい(ホント~の出あい)がありますように…

『テロリストのパラソル』(藤原伊織 著)より  

ある店でバーテンをやっている主人公とそこにやって来た浅井志郎とのやり取りの場面

 

青いスーツ(=浅井の手下)がホットドッグをひと口かじり,無邪気な声をあげた。「へえ,うまいですね,これ」
「ああ」白いスーツ(=浅井)がうなずいた。その目からふっと氷が溶け去ったようにみえた。私(=主人公)の思いちがいかもしれない。
「おれの口にゃあわねえが。そうだな,たしかにこりゃよくできてる」白いスーツはそういった。
「それはどうも」
「かんたんなものほど,むずかしいんだ。このホットドッグは,たしかによくできてる」白いスーツがくりかえした。
彼はしばらく黙ったまま,ホットドッグを食べ続けた。終わると,紙ナプキンではなく,ポケットからとりだしたハンカチで手を拭った。ウンガロのハンカチだった。彼はビールをひと口飲んでいった。「なあ,マスター,おまえさん,商売のコツを知ってるな」
「そのわりには流行っちゃいませんが」
「アル中がバーテンやってんじゃ,まあそうだろうよ」
おどろいて彼の顔を見かえした。それほど効果を信じてういるわけではないが,店を開くまえに私は口臭防止剤でうがいをする。
「においますか」私はいった。
彼は首をふった。「顔をみりゃ,わかる。あんたみたいな顔はあきるほど見てきたよ。程度もわかるさ。もう,いかれっちまうまでそう長くはない」
溜め息をついた。「そうかもしれない」
「ただ,ちょっとちがうかもな」
「なにが」
「最初見たとき,あんたはケチなアル中かと思った。けど,そうでもないかもしれんってことさ。なあ,おれたちの商売わかるか」
「デパートにお勤めですか」
彼はかすかに笑った。はじめてみせた笑いだった。
「冗談が好きなんだな,おまえさん。この店のオーナーか」
「いや,やとわれもんでね。店の名義は私じゃない」
「デパートじゃないけどな。おれたちもまあ,一種の客商売といっていい。少なくとも第三次産業のひとつにはちがいない」
私は黙ってうなずいた。この男は見かけに似あわないしゃべり方をする。彼は,短い時間をおいていった。
「うちはまだ,指定されちゃいないんだ」
「暴対法?」
「そうだ。まだ,中小企業なんだよ。客商売どうしのよしみでひとつ,忠告していいか」
「どうぞ」
「この店,ごへえっていったな」
「そう,吾兵衛。先代の名前でね」
「で,あんたの名前は島村圭介。そうだよな」
「よく知ってますね」
「中小企業が生き残る道は情報しかないんだよ。あんた,おれたちの業界でちょっとした噂になってる」
「それは知らなかった。いつごろから」
「きょうの午後だった。この店とあんたの名前を小耳にはさんだ。もっともごく狭い世間だからな。それほど知ってる人間は多くない。この意味は,わかるか」
「わかりませんね,組関係にはあまり詳しくないから」
組という言葉にも彼の顔つきは変わらなかった。「翻訳すると,それなりにきわどい立場にいるってこったな。ただおれにも,なんでおまえさんの名がこの業界でささやかれたのかがよくわからん」
「中小企業の限界ですか」
白いスーツは,もう一度笑った。
「そうかもしれん。きょう昼に,中央公園でどさくさがあった」
「そうみたいですね」
「あれだけのこった。マル暴の守備範囲じゃない。当然,公安が動く。連中はしゃかりきになるだろう」
「そうでしょうね」
「まあ,こういうときにゃ,だれでもこの近辺で動きにくくはある。たとえ,大手といえどもな」
「その忠告のために,この店に来てくれたんですか」
「いや,顔を一度見とこうと思った。中小企業にゃ,大手のやり方が気になるもんだ」
「顔は見たはずだ。なんで,業界の打ち明け話なんかしたんです?」
「さあな。ホットドッグが気にいったのかもしれん」
白いスーツが立ちあがった。青いスーツも立ちあがった。青いスーツが財布をとりだし一万円札を私によこした。だが「つりはいらんよ」と声をかけた方は白いスーツだった。彼は私を見つめていた。
「ビール二本とホットドッグふたりぶん。三千円にもならない」
「いい。とっときな」
青いスーツがドアを開けた。白いスーツはまだ私を見ていた。
「もうひとつ,忠告してやろうか」
「どうぞ」
「客商売なら,着るもんにゃ気を配った方がいい。そのセーター,肘んとこに穴があいてる」
「それはどうも。気がつかなかった」
「おれは浅井ってんだ。興和商事の浅井志郎。また会うことがあるかもしれん」
「覚えておきます」
「ホットドッグ,うまかったよ」
ふたりは出ていった。