田窪一世 独白ノート -4ページ目

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。

医師、大和田潔さんの提言を少々長いですが全文掲載します。僕は彼のご意見を全面的に支持します。

 

「感染者数」(陽性者数)が急減しています。全国でも数百人、ゼロの県も増えている状況です。緊急事態宣言も終了して普通の暮らしが戻りつつあります。遠い道のりでした。みなさんお疲れさまでした。のんびり考えるのに最適な時間です。

8月に、政府分科会の尾身茂会長は、東京の新規感染者は最悪の場合1日1万人もあり急激に減少することは考えにくい(注1)とし、陽性者は8月下旬には1日4万人に上るだけでなく激増をつづけて東京の医療がベッドが足りなくなり崩壊するだろうと試算していました。どちらも大きく外した予想でした。陽性者の急減も納得の行く説明がなされていません。陽性者が増えても死者数や重症者数と連動しなくなり、PCRによる陽性者数のカウントは意味を失っています。

 

下げ止まりは「リバウンド」ではなく、どこを探しても陽性者がいる季節性になりつつあることを意味しています。日本の復活には、感染者数を恐怖と不安の材料として世の中を動かそうとしてきた専門家から距離を置くことが必須です。中央公論2021年11月号に「菅政権がコロナに敗北した理由」と題する尾身氏のインタビュー記事が掲載されました。

驚いたのは、東京五輪について「観客を入れても、私は、会場内で感染爆発が起きるとは思っていませんでした。しかし、観客を入れたら、テレワークなどによって人と人が接触する機会を少なくしてほしいと国民に求めていることと矛盾したメッセージを送ることになります」と明言していることです。

この記事に哲学者の東浩紀氏は「この発言には、尾身氏のスタンスがはっきりと表れている。ひとことでいえば尾身氏は、専門家として『政治の素材としての客観的分析やデータ』を提示しているのではない。世の中に与える影響をあらかじめ考慮にいれて発言している。つまり科学者ではなく政治家として発言している」(2021年10月8日 Twitter)と指摘しました。

まさにその通りです。「オリンピックが有観客でも感染爆発が起きるとは思っていなかった」と専門家は考えていたそうです。みなさん、そう受け取っていましたか? 驚きです。そういえば、菅義偉首相(当時)の頭ごなしにIOCにオリパラ中止も進言していましたし、私権制限の法整備にも熱心に言及していました。

 

東京都で検査陽性者に何が起きていたかを少し整理してみましょう。第5波では、自宅療養や入院調整中の方が激増し、医療機関への負荷が強まりました。政府は補助金のインセンティブを設けましたが、入院数は頭打ちになっています。

専門家たちがコロナ用分類を早急に策定して、適切に助言を行い全国で初期治療を指示し病床を整えるという「やるべきこと」をやっていたら自宅療養で苦しむ人も減り国の行事も無事に行えたことでしょう。こういった、やるべきことはやらず自粛強要と政治的な領域にまで越権して「政治的メッセージ」を送っていたわけです。

フタをあけたらこんなことだったのです。自分たちは一切間違えていない。自分たちのアドバイスを聞かずに、政府が勝手にやった。なぜやるかの国民への説明も不足してできなかったから首相は辞任したのだ――。こんな主張をしています。

専門家は言うことを聞かない国民を自分たちに従わせる法整備の必要性も、恐怖を背景にして繰り返し発言してきました。厳しい選挙を経た「選良」ではない人々が、国難でもないコロナを使って政治家を越える力を発揮するのは間違っています。彼らは、「感染者数増大」に対する私たちの恐怖心を力のみなもとにしてきました。だから私たちが、感染者数の呪縛から解き放たれなくてはいけないのです。

 

 

 

 

 

 

 

依然、収まらない新型コロナ騒動ですが、緊急事態宣言は5月末日まで延長されるも、娯楽施設に対しては緩和の措置が取られることとなり、今週なんとか公演が出来る状況にはなりました。

 

入場時検温、アルコール消毒、マスク着用観劇、観客動員制限、換気のための10分間休憩、等々、出来る限りの対策を施して行います。「負けるもんか!」の精神で挑みたいと思っています。応援の御来場お待ちしています。

 

▶︎スケジュール

19日(水)  19:00A

 20日(木)  14:00B/19:00A

 21日(金)  19:00B

 22日(土)  14:00B/19:00A

 23日(日)  12:00A/16:00B

 

▶︎チケット

●前売券/日時指定自由席 ¥3,800

 

●当日券/日時指定自由席 ¥4,000

当日予約/ 070-3663-7722

 

▶︎劇場

下北沢「劇」小劇場

小田急線/井の頭線、下北沢駅東03分、本多劇場斜め前

世田谷区北沢2-6-6

Tel 03-3466-0020

 

★チケットお申し込みは、管理に間違いがないようお手数ですが、以下の項目を明記の上メールアドレスからお申し込みください。

★22日土曜日14時完売です。

 

①氏名

②郵便番号

③住所

④電話番号

⑤メールアドレス

⑥希望日時

⑦枚数

 

takubo77@icloud.com

 

▶︎稽古場風景

 

 

 

 

 

山本周五郎の「虚空遍歴」を45年振りに読み返していて、俳優として看過出来ない一説があったので一部割愛して掲載します。

 

宝永元年の二月に市村座で初代団十郎が殺された。殺したのは生島半六で上方で坂田藤十郎の芝居にいた。藤十郎は近松門左衛門の本によって、まったく新しい実事という演技を創案した。それまでの芝居が舞踊とか、史上の英雄豪傑伝などを主にしていたのに対し、心中物といって、ごく平凡な市民の人間的な苦悩や悲しみをとりあげたのだ。芝居はここで大きく進歩し、見世物ではなく人間生活とむすびついた。

 

しかし江戸芝居はそうではなかった。団十郎の創案した荒事という誇張された演技、人間生活と関係のない、観る者の眼をおどろかすための非現実的な芝居を守っていた。もちろん団十郎は非凡な役者だったし、客はたのしみに来るのだ、という主張もあった。だから実事芝居のように、市民生活の苦しさや悲しさを演じてみせるのは本分に反する。という意味のことを強く云っている。その主張にも一面の理がある。だが「客をたのしませる」にしても、単にその場かぎりのものと、客の心に残り客の生活に役立つ要素をもつものとがある筈だ。

 

生島半六が団十郎を刺した理由はそこにある、と私は思う。半六は藤十郎の一座にいた。そして、実事という新しい演技を身につけた。けれども江戸へ来てみると、団十郎の荒事がひじょうな人気を集めている。見世物に近かった芝居を、実事という演技で大きく変化し前進させた藤十郎の成果は、荒事芝居によってまた逆戻りをしようとしている。これが狂言作者などなら、書いた本が百年のちに改めてその価値を認められる、という望みもあるが、役者はその日の舞台がいのちであり、舞台のほかで自分の演技が評価されることはない。半六は現実にその壁にぶっつかった。団十郎が生きている限り、自分の芸は認められないだろうし、このままでは「荒事」のために、芝居が見世物にまで逆戻りをしてしまう。この二つの理由から刃傷の決意をしたのだと思う。と冲也は云った。

 

45年前に読んだ時にはあまり記憶に残らない一説だったと思いますが、今回は思わず何度も読み返してしまいました。山本周五郎の芸事に対する造詣の深さに敬服するばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

先日放送された「プレバト」という番組で俳句の永世名人を賭けて東国原さんが一句を詠もうとしていました。その直前、すでに永世名人の座に就いていた梅沢富美男さんが「永世名人は二人いらない。もし東国原が永世名人になるなら私はこの座を降ります」と高らかに宣言しました。結果、東国原さんは見事に昇格。永世名人の座を勝ち取ったのです。すると梅沢さんは掌を返したように笑顔で拍手し「東国原さんは素晴らしい。二人で永世名人となってこの番組を盛り上げて行きましょう!」と、臆面もなく言い放ったのです。会場は大爆笑の渦に包まれました。梅沢富美男さんの、あえて危険地帯に乗り込んでいく度胸と、その後のサバイバルが実に見事でした。

 

劇団研究生だった十代の頃、初舞台で僕は硬直していました。演出家の指示通りに立ったり座ったり、右を向いたり左を向いたりするだけで精一杯でした。自分の意志ではただの一歩も動けなかったのです。同期の俳優に自由自在に動くことの出来る奴がいました。僕は彼のことが羨ましくもあり妬ましくもありました。しかし、彼はときどきその役がしそうにない動きをしたり態度を取ったりもします。途端に物語は壊れてしまいました。案の定、演出家にそれを指摘された彼は混乱し、その後何も出来なくなってしまいました。

 

ちょうどその頃、尊敬する芥川比呂志さんが演出する劇団雲の「スカパンの悪巧み」を見に行きました。フランスの作家、モリエールの古典喜劇です。幕が上がると柳原良平氏が描いた色んな種類の船のイラストが舞台奥一面に描かれたシンプルでお洒落な港町の舞台装置。主演の橋爪功さんがローラースケートを履いて登場し舞台上を一周して退場して行きます。まるでチャップリンの映画のようなハイセンスな演出です。ところがその直後ずる賢い召使いを演じた橋爪さんの口から出て来たのはなんと大阪弁だったのです。フランス古典劇で大阪弁?しかしこれが絶妙で、モリエールの面白さを倍増させていたのです。

 

同じ時期、「写楽考」という舞台が上演されました。東洲斎写楽を主人公にした斬新な時代劇で、当時、注目を集め始めていた西田敏行さんが主役を務めていました。そして彼が登場して来た瞬間、僕は度肝を抜かれました。なんと彼はその頃ヒットしていたピンクレディの「ペッパー警部」を口笛で吹きながら登場して来たのです。時代劇にピンクレディ?しかしこれも絶妙で、洒落の破天荒なキャラクターがより強調されていたのです。

 

最近になってこれは「脱線」と「暴走」の違いなんだと理解出来るようになりました。舞台での脱線は舞台を壊してしまうことですが、暴走はワクワクドキドキに繋がります。梅沢さんのように度胸を持って暴走し観客を魅了していくことこそが大事なんだと思うわけです。

 

 

 

 

 

 

 

劇団を創立したばかりの頃、若手俳優たちには演技の「型」をつけていました。そうした方がそう見えるからです。しかし、10の型をつけても本番には3くらいの型しか残らず、そのことにいつも不満を感じていました。彼らもがんじがらめに縛られてかなりのストレスを感じていたようで、稽古終わりの飲み会に演出家の僕はほとんど誘われなくなって行きました。

 

10年くらい経って「must」ではなく俳優自身の「want」が必要だと考え直し、俳優たちの自主性を尊重する演出を模索しました。しかしこれでは探究心のある俳優は伸びていきますが、向上心のない俳優は鈍刀を持ったまま舞台という戦場に出陣し、その結果、返り討ちにあって這う這うの体で逃げ帰ってくるという情けない状況が続きました。

 

現在、5月に予定している舞台「ムーンライト・セレナーデ」で改めて「型」をつける演出を試行しています。先日、その型が非常に上手くいった事例があったので紹介します。

 

修復不可能になった恋人同士。女の気持ちは冷めていますが男はまだ彼女に執着しています。ある夜強引に彼女の部屋に行き勢いに任せてカラダの関係を持ちますが目的を果たすことが出来ませんでした。プライドが傷つく男は彼女に恨み言を行って部屋から出て行きます。この恨み言の台詞が僕のイメージしたのとは違っていたので、男の心理を言葉で説明したのですが上手く伝わりません。そのときふと閃いて「ベッドルームから出て来てすぐにジャケットを思い切りソファに叩きつけてみて」と指示しました。すると叩きつけるというアクションが無意識に感情を生み、直後の恨み言に「芯」が加わったのです。俳優たちもそれを実感してくれたようでした。つまり「叩きつける」というアクションが役の「want」を増幅したのです。ただ縛られていると感じる「型」から、役が欲している「アクション」に昇華した瞬間でした。

 

今回の稽古場に僕は手応えを感じています。