テリトリー | 田窪一世 独白ノート

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。

演技しているときの優先順位とはと、よく考えます。

 

かつて「アクターズスタジオ・インタビュー」というアメリカのテレビ番組がありました。アクターズ・スタジオの教授であるジェームズ・リプトンが、毎回、著名な俳優を招いて演技についてインタビューする番組でしたが、アル・パチーノがゲストに来たときのことは今でも鮮明に覚えています。「演技するときに一番大事なことはなんですか?」とリプトンが訪ねます。それに答えてアル・パチーノが言った言葉は「相手の台詞を聞くことです」でした。「相手の言葉を聞くことに集中してさえいればその後どう演じるべきかは自然に任せれば良いのです」当時まだ30代だった僕はその言葉に衝撃を受けました。それまで演じるときに、どう喋ろうか、どう動こうかばかりを考えていた自分の考えとは真逆だったからです。その言葉は、その後の僕の演技テーマになりました。

 

しかし、あれから30年、現在の僕自身の演技テーマはそれとは真逆です。日本の俳優たちに足りないものは「聞く力」よりも「相手のテリトリーを犯す力」です。相手のテリトリーに入り込む意志と欲求があれば相手は驚いてこちらに集中してくれます。つまり相手役は無意識にこちらの台詞を聞くようになるのです。お互いが相手のテリトリーを犯すことで、お互いが相手の台詞を聞くことに集中する。これでなんとかならないか。

 

1970年代に放送されたテレビドラマで鶴田浩二主演の「男たちの旅路」というのがありました。ガードマンという仕事を軸にして人間の信念や価値観を描いた山田太一脚本の名作ドラマです。ここに当時まだ新人の桃井かおりさんが出演していたのですが、ドラマの後半エピソードで歳の差を気にせず彼女が彼に迫っていくシーンがありました。そのとき彼女は大スター鶴田浩二のテリトリーにどんどん入っていって鶴田浩二が役というよりも彼自身としてたじろいでいたように僕は感じました。その後、萩原健一、松田優作、田中裕子など相手のテリトリーを犯す俳優たちがどんどん登場して来て、ハラハラワクワクしながら映画やテレビドラマを夢中になって観るようになりました。