感情を作る、感情を貰う | 田窪一世 独白ノート

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。

朝起きてボーッとしてるとき、感情は極めて無に近い状態です。

 

顔を洗って歯を磨いてるとき窓の外からウグイスの鳴き声が聞こえて来ました。「ああ、のどかだなあ」と微笑ましい気分になります。リビングに入っていきなりテーブルに足の小指をぶつけます。「痛えっ!」なんとも情けない気持ちです。ソファに腰掛けてテレビを点けると、災害被害のニュースを放送していました。「ああ、可哀想だなあ」悲しい気持ちになります。するとそこへ妻が降りてきて僕に向かって文句を言います。「燃えるゴミ出さなかったでしょ!」朝っぱらから不愉快です。日常、感情は外からやって来ます。ところが俳優は自分の内から感情を生み出そうと苦心惨憺するのです。

 

演技の場合、感情は自分で作るものではなく相手役がくれるものです。ということは演技中意識するのは自分ではなく相手役ということになります。つまりお互いが相手の感情を揺さぶってやれば良いのです。相手が泣くシーンでは自分が相手が泣くように仕向けてやる。相手が怒るシーンでは自分が相手役を怒らせるようコントロールする。これをお互いの俳優が行う。これがチームプレイの演技です。

 

1980年「クレイマー、クレイマー」という映画が公開されました。その15年後、ビデオ発売された映画の特典映像の中で監督や俳優たちが当時を振り返って貴重なエピソードを披露してくれていました。その中でもダスティン・ホフマンが語ったエピソードに僕は衝撃を受けました。映画の内容は、ある夫婦が離婚して子供の親権をどちらが持つかというシリアスファミリードラマなのですが、後半シーンで夫婦が喫茶店で言い争います。そして感情的になった夫は決裂して立ち上がる直前に目の前のグラスを手で払い壁にぶつけて粉々に砕いてしまうのです。凄まじいガラスの割れる音。驚いて顔を強張らせる妻。度肝を抜かれる場面です。そしてダスティン・ホフマンはこの演技プランを相手役のメリル・ストリープに内緒で実行しました。それどころか実は監督にも内緒だったというのです。彼はカメラマンにだけプランを打ち明け、彼女の驚いた顔がしっかりと画面に映る位置にカメラをセッテイングするようカメラマンに依頼したのです。

 

自分の感情は作らない。相手の感情を作ってやる。