集中 | 田窪一世 独白ノート

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。

俳優に演技を披露してもらった後に「どうだった?」と感想を尋ねると、ほとんどの俳優が「自分はこういうことは出来たがこういうことは出来なかった」と熱心に話し始めます。でも、僕が聞きたかったのはそういうことではなく、「相手役をどう出来たか出来なかったか」なのです。

 

個人プレイは自分がどうするかを考える演技ですが、チームプレイは相手をどうするかを考える演技です。対戦相手に自分自身がどういう攻撃を披露したかではなく、結果的に相手にどんなダメージを与えることが出来たかにこだわって欲しいのです。

 

しかし、これは俳優にとっては至難の業です。まず台詞を覚えなければいけない。人物が過去に経験して来たことを想像して、その経験が彼や彼女の性格にどんな影響を与えているのか、なんてややこしいことを考えなければいけない。さらに、どこをどう演じれば良いのか、ニュアンスを駆使するのか、感情はどう盛り上げれば良いのか、リアルにも演じなければいけないし、演出家や監督やスタッフや観客や視聴者に認めて貰えるような出来の良い演技を披露しなければならない。俳優は、こんなふうに自分だけに集中し、七重苦、八重苦を背負って演技しようとするのです。

 

例えばこれを侍の真剣勝負に例えてみましょう。師範代や兄弟子から教わった流派の型を覚えなければならない。その型が体に馴染むまで稽古しなければいけない。体を鍛えるために毎日走ったり素振りをしたり、兵法を学んだり論語を誦じたりもしなければならない。そして、身につけた全てのものを背負い技を駆使して敵と戦わねばならない。さて、彼は戦場に立って鞘から真剣を抜き構えて相手と相対します。「これからこいつと殺し合いをするのだ。そしてどちらかひとりが殺されて、どちらかひとりだけが生き残るのだ」そう実感した瞬間、これまで訓練して来たことや学んで来たことはすべて吹っ飛び、自分が生き残るために相手だけに集中し必死に死に物狂いで戦うのです。

 

演技では実際に殺したり殺されたりすることはありません。でも、それくらい懸命に相手のことだけに集中することが出来れば、きっと素晴らしい演技になるだろうなあと、思ったりはするのですが。