今から数万年前、私たちの祖先が狩猟をして暮らしていたころ、当時回りには獰猛な動物などの天敵だらけ。必死に戦ったり逃げたりしなければ生き延びることは出来ませんでした。そのとき威力を発揮したのがストレス反応でした。
心拍数が増加したり血圧が高くなるのは瞬時に体を動かせるよう、全身の血の巡りをよくするための仕組みです。血液が固まりやすくなるのは、怪我をしたとき素早く血を止めるためだと考えられています。ストレス反応は私たちの祖先が命を繋ぐために進化させた大切な体の機能だったのです。
天敵がいなくなった現代、もはやライオンなどに襲われ命の危険に晒される心配はありません。ところが体の中には恐怖や不安を感じると反応する仕組みが残ったまま。天敵相手に働いていたこの仕組みが、精神的な重圧を感じたときに働くようになりました。これが私たち現代人の体の中で起こっているストレス反応なのです。
最新の研究ではひとつではなく複数のストレスが重なったとき、単なるストレスが命をも奪うキラーストレスへと変貌することがわかって来ました。いったいそのとき体の中で何が起こっているのか。見えて来たのは極めて危険なストレス反応の暴走です。
ストレスがかかってもひとつの原因だけなら、ストレス反応はすぐに収まります。しかし複数のストレスが重なると副腎から分泌されるストレスホルモンが止めどなく溢れ、体の中に大量に蓄積されます。すると心拍数が増加。血圧が異常に高い状態に陥ります。血圧の上昇に耐えられず、もし大動脈が破裂すれば死に直結します。血管の破裂が脳で起こると脳出血に陥るのです。
さらにキラーストレスが心臓に深刻なダメージをもたらす新たなメカニズムも明らかになって来ました。エモリー大学では過去に心臓発作を起こした人で、ストレスが起こったときの心臓の状態を調べました。計測したのは心臓を動かしている筋肉の血液量です。注目したのは左心室を流れる血液の量です。多くの血液が流れ心臓の筋肉を動かしています。ところがストレスを感じると、ある部分だけ血液が滞ってしまいます。血液が途絶えると心臓は動けなくなってしまいます。
これには自律神経の異常が関係していると考えられています。あまりにも複数のストレスが重なると、末端の血管を締め上げる自律神経が興奮状態に陥り、誤って心臓の筋肉の血管までギュッと締め上げてしまいます。そしてストレスホルモンが心拍数を増やすよう働き、自律神経は心臓の筋肉の血管を締め上げてしまう。この真逆の反応が同時に起こったとき、心不全を引き起こす可能性が明らかになりました。
キラーストレスが人の命を奪うのは、心臓や脳の病気だけではありません。日本人の死亡原因第一位の癌。ストレスがかかったとき、癌が急速に進行するメカニズムが始めて明らかになって来ました。オハイオ州立大学のハイ教授が注目したのは、ストレスホルモンによって働き始める遺伝子です。
ATF3遺伝子、免疫に関わる遺伝子です。乳ガンの患者で、この遺伝子と生存率の関係を調べました。その結果、この遺伝子が働いていない人の生存率は85%という高い生存率でした。一方、この遺伝子が働いている人たちの生存率はわずか45%に低下していました。何が起こっているのでしょうか。
鍵を握っているのは免疫細胞です。癌細胞を攻撃し、増殖を食い止める働きがあります。ATF3遺伝子はこの免疫細胞の中で普段はスイッチが切れた状態で眠っています。ところがストレスホルモンが増え、免疫細胞を刺激すると、免疫細胞の中のATF3遺伝子のスイッチが入ります。すると何故か免疫細胞は癌細胞への攻撃をやめてしっまいます。ストレスホルモンが減ればATF3遺伝子のスイッチが切れ再び癌を攻撃します。慢性的にストレスを抱えていると、免疫そのものの質が変わり、癌を悪化させる引き金となるのです。
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