以前、僕の劇団に所属していた劇団員のエピソードです。
アルバイトで始めた喫茶店のウエイトレスを、
一週間で辞めたいと思った彼女は、
お父さんに病気になってもらうことにしました。
彼女はお店に行って店長に告白しました。
「田舎の父が突然倒れたんです!」
最初、彼女の言葉を、
あんまり信じていないような店長の態度に、
彼女は必死になります。
以前、親戚のオバさんが病気になったときのことや、
映画で見たことやあれやこれやを、
総動員して話しているうちに、
彼女はだんだん、
本当に自分の父親が病気になってるんだと錯覚し始め、
ボロボロ涙をこぼしながら店長に訴えました。
すっかり騙された店長さんは、
彼女に一週間分のアルバイト料と、
なんと見舞金までくれたのだそうです。
その時の彼女はまぎれも無く名女優だったと思います。
ひとりでその気になるんじゃなく、
まず相手を騙すつもりで始める。
そして、必死になっているうちに錯覚する。
これも演技の極意なんじゃないかと僕は思います。