夕方5時の終業サイレンが町中に響き渡ると、
造船所の門からドッと工員さんたちが溢れ出てきます。
工員さんたちは狭い道を埋め尽くして商店街へ。
保育園児だった僕はオモチャの刀を腰に挿して、
工員さんたちが映画館の前に通りかかるのをじっと待ちます。
がやがや言いながら工員さんたちがやってくると、
「ほれ、かずし!」と祖父が僕のお尻を叩きます。
脱兎のごとく飛び出した僕は大勢の工員さんに向って、
「この桜吹雪が目にへえらねえか!」
と、得意満面で東映映画の大スター片岡千恵蔵の、
遠山金四郎の台詞を語り始めます。
工員さんたちは立ち止まってやんやの拍手喝采。
そして僕の客寄せ口上がひとくさり終わると、
工員さんたちはそのまま映画館の中へと消えていくのです。
まるで客寄せパンダですが、
人前に出て行くドキドキ感と拍手を浴びる快感を、
僕はわずか4歳か5歳のころに知ってしまいました。
この特殊な環境が良かったのか悪かったのかはわかりませんが、
僕の一生を決めてしまったことは確かです。