終業サイレン | 田窪一世 独白ノート

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。


夕方5時の終業サイレンが町中に響き渡ると、

造船所の門からドッと工員さんたちが溢れ出てきます。

工員さんたちは狭い道を埋め尽くして商店街へ。


保育園児だった僕はオモチャの刀を腰に挿して、

工員さんたちが映画館の前に通りかかるのをじっと待ちます。

がやがや言いながら工員さんたちがやってくると、

「ほれ、かずし!」と祖父が僕のお尻を叩きます。

脱兎のごとく飛び出した僕は大勢の工員さんに向って、

「この桜吹雪が目にへえらねえか!」

と、得意満面で東映映画の大スター片岡千恵蔵の、

遠山金四郎の台詞を語り始めます。

工員さんたちは立ち止まってやんやの拍手喝采。

そして僕の客寄せ口上がひとくさり終わると、

工員さんたちはそのまま映画館の中へと消えていくのです。


まるで客寄せパンダですが、

人前に出て行くドキドキ感と拍手を浴びる快感を、

僕はわずか4歳か5歳のころに知ってしまいました。

この特殊な環境が良かったのか悪かったのかはわかりませんが、

僕の一生を決めてしまったことは確かです。




▶︎近景