宮崎駿監督作品。
零戦の設計士である堀越二郎をモデルに描いた物語。
堀辰雄の小説「風立ちぬ」のエッセンスも盛り込まれている。
美しい風景。美しい物語。美しい人々。
そして美しい飛行機。何もかもが素晴らしい。
特に二郎と菜穂子の恋愛物語に心を奪われる。
菜穂子の声を担当した瀧本美織が特に良い。
彼女の古風で慎ましいニュアンスはいまどき稀有である。
くらべて二郎役の庵野秀明さんにはがっかりさせられた。
この作品の唯一の失敗だと思う。
これはナチュラルな演技を求める監督たちが、
陥りやすい落とし穴で、
名監督山田洋次さんでさえこれに近いミスを犯すことがある。
素人はやはり素人なのです。
日常のリアルと演技のリアルはまったく違うもので、
素人には役の心の中までは喋れない。
だから演技をしない笠智衆さんは素晴らしいのだ。
この作品が公開されたあと、
戦争を肯定しているのではと騒がれたが、
いったいどこをどう解釈したら、
そんな馬鹿馬鹿しい感想になるのだろうか。
これは美しい飛行機を作ることに、
生涯をかけた「職人」の物語である。
技術者はただひたすらに美しいものを作ることに腐心する。
それを平和利用するか戦争に使うかは、
権力者や政治家たちの問題だ。
物語の最後に現れる飛行機の残骸の山に、
作者の忸怩たる思いや、
悲痛なメッセージを見出せるではないか。
喫煙シーンの多さにも批判があったようだが、
これも実にくだらない。
大人たちの喫煙はあの時代の風俗なのだ。
それでは「危険だから時代劇で刀を抜くな」
と言っているようなものだ。
現代の安っぽい価値観で物事を判断してはいけない。
誰が何と言おうとこの作品は秀逸である。
▶︎近景