大河ドラマ「光る君へ」

10回「月夜の陰謀 」の感想です。

 

寛和2年(986年)6月23日。

寛和の変という歴史上の出来事が
史実に沿って描かれたようですね。

 

 

安部晴明の占いによって、

右大臣・兼家の運気の強い日に決行された。

 

 

花山天皇の信頼が厚くなっていた道兼は

「義懐らに言わない方がよい」と進言した。

天皇は

完全に道兼を信じてしまったようですね。

 

 

秘密裏に花山天皇を退位させ、

東宮・懐仁親王を擁立する計画を進め始める。
 

 
 

丑の一刻に

天皇を乗せた牛車は山科の元慶寺に向かって

出発した。

 

 

 

右大臣・兼家一家は

梅壷に

東宮・懐仁親王を囲み 集まっていた。

 

道長も陰謀の一員となっていた。

 

道隆と通綱が、

天皇の寝所から三種の神器である剣璽(けんじ)を

東宮・懐仁親王のもとへ運んだ。

それを確認して、道長は

 

 

関白・藤原頼忠のもとへ赴き、

関白に報告した。

「ただいま帝がご退位され、

剣靈(三種の神器)は梅壷に移り、

東宮が践祚(即位)あそばされました。」

 

 

元慶寺で、花山天皇の剃髪がすむと

道兼は

「私はこれにて失礼いたします。」と言い、

去ってしまった。

 

天皇は

「お前は朕をたばかったのか!」と

怒るが、時すでに遅し。

 

 

夜が明け、

宮中に蔵人たちが集まり、あいさつなどをしている

ところへ、

右大臣・兼家と道兼が現れた。

兼家は、

「昨夜、帝がにわかにご退位 

そして東宮が践祚あそばされた。」

「新しき帝の摂政は この兼家である。」

と宣言した。

さらに

「ここに集いたる さきの帝の蔵人は全てその任を解く。」

 

まひろの父も任を解かれてしまった。

 

また

「蔵人頭はこの道兼である」と言い、

 

道兼も名乗りをあげた。

 

 

そこへ異を唱えたのは、藤原実資である。

しかし…。

 

 

 

兼家の陰謀は成功したようですね。

安部晴明が味方につくと、強いですね。

 

 

まひろと道長のラブストーリーは別で書くつもりです。