中編小説「オレンジ」3 | ひまわりノート

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 すっかり暗くなった道を、ゆっくりと歩いた。

帰宅時間が遅くても、友達と遊んでたとでも言えば、怒られる事はない。

その点、男で良かったと思う。

妹はそうはいかないのだから。

 「いいなー、彼方は。」

妹は、よくそう言っては不貞腐れている。

高校二年生と言えば、遊びたい盛りだ。

無理もない。

 彼方の家庭の事情は少しだけ変わっていた。

彼方は母親を早くに亡くしていた。

顔も覚えていない程、幼い頃にだ。

不思議と寂しいと思った事はなかった。

仕事の忙しい父親に代わって、既に他界してしまっている祖父母に、当時は可愛がられて育ったからだ。

それに、愛情には多少なりともお金が必要だと、知っていた。

父親が忙しく飛び回っているおかげで、自分は服を着、食事をし、眠っている。

「当り前の生活を当たり前だと思ってはいけない。」

祖母の口癖だった。

冷めている、大人びている、と言われるのはそのせいなのかもしれない。

でも、彼方は決して冷めているわけでも、大人びているわけでもなかった。

ただ、生きてく事は受け入れる事なのだと思っていたのだ。

求めるより、与える。

求めるのではなく、受け入れる。

そう生きてきただけだ。

佐伯だってそうだ。

彼が求めた。

それだけの事だ。

 「ただいま。」

家に着き、そう言うと、

「おかえりー。」

と奥から声が聞こえた。

靴を脱いで、リビングのドアを開けると、妹が真剣な顔でテレビを見ていた。

「彼方くん。ごはん、まだよね?」

ふと後ろから声を掛けられ、彼方が振り向くと、母がキッチンから顔を覗かせていた。

「うん。まだ。」

彼方がそう答えると、彼女は嬉しそうな顔をした。

「今日は、ビーフシチューだよ。彼方の大好きな。」

テレビを消しながら、妹がそう言った。

「マジ?やった。」

彼方の言葉に、母は嬉しそうに笑うと、

「すぐ準備するね。」

と言い、奥に引っ込んでいった。

「ねえねえ、彼方って、やっぱ大学行くの?」

母がいなくなると、急に声を潜めて、妹は言った。

「え?なんだよ、急に。朝陽も行くんだろ?」

彼方がはぐらかすと、妹、朝陽は難しい顔をした。

「うーん。行った方が良いのは分かってるんだけどさ。」

彼方と朝陽は血が繋がっていない。

その為、誕生日が数か月違うだけで、同級生なのだ。

それも、つい半年前に、家族になったばかりというおまけつきだ。

「行きたくねぇの?」

彼方はリビングのソファに移動しながら聞く。

「うーん。そういうわけじゃないんだけど。」

朝陽の態度はどうも煮え切らない。

「それじゃ、何なんだよ。」

彼方が苦笑しながら聞くと、朝陽はちらりとキッチンに目をやると、声を潜めた。

「あたし、双子のお姉ちゃんがいるって言ったじゃん?」

朝陽には、双子の姉がいる。

朝陽の母親は、彼方の家と違い、離婚している。

その別れた父親が、どうしても、その姉を引き取りたがったらしい。

そのせいで、二人は別々に引き取られた。

「夕月って言うんだけど、昨日、学校辞めたみたいなんだよね。」

朝陽は肩を落とした。

「電話したら、そう言ってた。お父さんの借金のせいだって。」

朝陽は大きく溜め息を吐いた。

「お父さん、もう借金しないって、別れる時、お母さんに約束したから、夕月の事引き取ったのに。」

朝陽は怒った様にクッションを叩く。

「それ、母さんに言ってみたら?」

彼方の言葉に朝陽は首を振った。

「だめ。夕月が絶対に言わないでって。一年したら、また、高校通えるからって、そう言うんだもん。それ聞いてたら、なんか、あたしだけホケホケ大学とか行ってていいのかな、とか思って。」

朝陽はそう言うと、彼方の方を向いた。

「それで、明日、夕月に会って詳しい事話すんだけど、お願いがあるの。」

朝陽は両手を合わせると、

「彼方もいてくれない?」

と言った。

「は?何で俺?逆に気まずくない?」

彼方がそう言うと、朝陽は首を振った。

「いやいや、だって、他に頼める人いないし。でも、あたしだけだと冷静な判断とか出来ないだろうし。ね?お願い。」

朝陽がそう頭を下げると同時に、

「ご飯、食べれるよー。」

と母の声が聞こえ、結局、彼方は朝陽の頼みを渋々承諾する羽目になったのだが、正直な所、「他に頼める人がいない」と言われた時、少しだけ嬉しかった。

人に頼られるのも悪くない。

そう思ったのだった。