すっかり暗くなった道を、ゆっくりと歩いた。
帰宅時間が遅くても、友達と遊んでたとでも言えば、怒られる事はない。
その点、男で良かったと思う。
妹はそうはいかないのだから。
「いいなー、彼方は。」
妹は、よくそう言っては不貞腐れている。
高校二年生と言えば、遊びたい盛りだ。
無理もない。
彼方の家庭の事情は少しだけ変わっていた。
彼方は母親を早くに亡くしていた。
顔も覚えていない程、幼い頃にだ。
不思議と寂しいと思った事はなかった。
仕事の忙しい父親に代わって、既に他界してしまっている祖父母に、当時は可愛がられて育ったからだ。
それに、愛情には多少なりともお金が必要だと、知っていた。
父親が忙しく飛び回っているおかげで、自分は服を着、食事をし、眠っている。
「当り前の生活を当たり前だと思ってはいけない。」
祖母の口癖だった。
冷めている、大人びている、と言われるのはそのせいなのかもしれない。
でも、彼方は決して冷めているわけでも、大人びているわけでもなかった。
ただ、生きてく事は受け入れる事なのだと思っていたのだ。
求めるより、与える。
求めるのではなく、受け入れる。
そう生きてきただけだ。
佐伯だってそうだ。
彼が求めた。
それだけの事だ。
「ただいま。」
家に着き、そう言うと、
「おかえりー。」
と奥から声が聞こえた。
靴を脱いで、リビングのドアを開けると、妹が真剣な顔でテレビを見ていた。
「彼方くん。ごはん、まだよね?」
ふと後ろから声を掛けられ、彼方が振り向くと、母がキッチンから顔を覗かせていた。
「うん。まだ。」
彼方がそう答えると、彼女は嬉しそうな顔をした。
「今日は、ビーフシチューだよ。彼方の大好きな。」
テレビを消しながら、妹がそう言った。
「マジ?やった。」
彼方の言葉に、母は嬉しそうに笑うと、
「すぐ準備するね。」
と言い、奥に引っ込んでいった。
「ねえねえ、彼方って、やっぱ大学行くの?」
母がいなくなると、急に声を潜めて、妹は言った。
「え?なんだよ、急に。朝陽も行くんだろ?」
彼方がはぐらかすと、妹、朝陽は難しい顔をした。
「うーん。行った方が良いのは分かってるんだけどさ。」
彼方と朝陽は血が繋がっていない。
その為、誕生日が数か月違うだけで、同級生なのだ。
それも、つい半年前に、家族になったばかりというおまけつきだ。
「行きたくねぇの?」
彼方はリビングのソファに移動しながら聞く。
「うーん。そういうわけじゃないんだけど。」
朝陽の態度はどうも煮え切らない。
「それじゃ、何なんだよ。」
彼方が苦笑しながら聞くと、朝陽はちらりとキッチンに目をやると、声を潜めた。
「あたし、双子のお姉ちゃんがいるって言ったじゃん?」
朝陽には、双子の姉がいる。
朝陽の母親は、彼方の家と違い、離婚している。
その別れた父親が、どうしても、その姉を引き取りたがったらしい。
そのせいで、二人は別々に引き取られた。
「夕月って言うんだけど、昨日、学校辞めたみたいなんだよね。」
朝陽は肩を落とした。
「電話したら、そう言ってた。お父さんの借金のせいだって。」
朝陽は大きく溜め息を吐いた。
「お父さん、もう借金しないって、別れる時、お母さんに約束したから、夕月の事引き取ったのに。」
朝陽は怒った様にクッションを叩く。
「それ、母さんに言ってみたら?」
彼方の言葉に朝陽は首を振った。
「だめ。夕月が絶対に言わないでって。一年したら、また、高校通えるからって、そう言うんだもん。それ聞いてたら、なんか、あたしだけホケホケ大学とか行ってていいのかな、とか思って。」
朝陽はそう言うと、彼方の方を向いた。
「それで、明日、夕月に会って詳しい事話すんだけど、お願いがあるの。」
朝陽は両手を合わせると、
「彼方もいてくれない?」
と言った。
「は?何で俺?逆に気まずくない?」
彼方がそう言うと、朝陽は首を振った。
「いやいや、だって、他に頼める人いないし。でも、あたしだけだと冷静な判断とか出来ないだろうし。ね?お願い。」
朝陽がそう頭を下げると同時に、
「ご飯、食べれるよー。」
と母の声が聞こえ、結局、彼方は朝陽の頼みを渋々承諾する羽目になったのだが、正直な所、「他に頼める人がいない」と言われた時、少しだけ嬉しかった。
人に頼られるのも悪くない。
そう思ったのだった。