822日(金)Dumating sa Pilipinas!!(arrive at)

フィリピン、マニラに到着

ジプニー(ジープを改造した乗り合いタクシー)と地下鉄を乗り継ぎ、待ち合わせの7-11でインターンのスタッフに会う。

フィリピンは形式ばらない。ジプニーは止まる場所は指定されるものの、市民のPara!(とまれ)という掛け声で道路の真ん中でも止まる。そしてインターンのスタッフ(20歳大学生ロウリス)は弟をなぜか連れてきていた。マニラの街は蒸し暑く、クラクションの音は鳴りやまず、乞食や露店が軒を連ねていた。アジアの混沌、インドやカンボジアで同じような光景を見てきた。

 そのまま寮に連れられ、同じ日本のインターンメンバー、ケン(20歳女性、名古屋大法学部)、アキラ(23歳男性、九州大数学科)の日本のカレーとフィリピンのビールによるおもてなしを受ける。二人は海外インターンにきているだけあり、人間的に惹かれるものを持っていて、知識も深く、明朗であった。このメンバーと仕事をしていく、わくわくするものがある。

 夜はやまない大雨と雷の洗礼を受けなかなか寝付けなかった。

823日(土)Gimik kasama JFCJapanese-Filipino-children/JFCとのふれあい

DAWNDevelopment Action for Woman Network)は日本から帰国したフィリピン人女性と、日本の男性との間にできた子供(JFC)の人権擁護を目的とする。

DAWNでの初仕事。土曜はデスクワークでなく、JFC(日フィハーフの子供)がたくさん来るので。

1、 日本語授業

2、 折り紙、書道などの日本文化教室

3、 JFCの劇練習

が行われる。我々は主に日本語を教えている。子供たちは自分のルーツを知るため、あるいは単なる興味、また日本に住んでみたいなどの目標で日本を学ぶ。

なるほどこのインターン生が日本語ネイティブ必須なわけだ。

 

 朝7時、鶏の叫び声で目を覚ます。窓の外は大雨で道が川になっていた。冗談じゃない。。。スコールが降り常夏のこのマニラでスーツで颯爽と歩く人など皆無である。議員もポロシャツにズボンというセミカジュアルさ。

 寮からDAWNオフィスまではなんと徒歩1分!! 日本で1時間半かけて通う私にとっては涙ものである。

 

 オフィスはきれいな建物でエアコンも入っていて、複合施設の5階のテナントとしてDAWNが入っていた。エレベーター前の踊り場が広く、ここで劇の練習やパーティーを開いてしまう!

 子供が集まってきた。5歳から22歳と幅は広い。しかしみんなひらがなが少し書ける程度、しゃべりは日常会話はおろかあいさつもままならない。それでも子供たちは元気よく楽しそうに、まとまりには欠けるが、ひらがなやあいさつの発声練習をしていた。

 1部の子を除き子供たちは何もぺらぺらに日本語をマスターしたいわけでもない、

土曜のJFCがくるこの時間を有意義にするために我々は何ができるだろうか。。。

いよいよ明日フィリピンに発つ。 しかし千葉の夏は暑い、マニラより暑いのではないか!


今日はコンディションを整えるとともに、

今まで習ってきたタガログ語(フィリピン国語)の総整理をする。


2年前に半年授業をとっていたが、ほとんど忘れている。


タガログ語はなかなか難しい。。。


いままで英語や中国語、韓国語を中心に学習してきたが、

これらの言葉は英語を含め日本語の中に大量の語彙がある。


たとえば、

『パーソナルコンピューター』などのカタカナ語はそのまま英語にできるし、

ルー大柴などのかぶれ芸能人が英単語を乱発している。


中国語など日本語からひらがながなくなっただけじゃないか。

韓国語も7割が漢字語といわれており、発音のパターンさえ覚えれば

新しく聞く単語も大抵日本語で理解できる。


個人的な経験でしかないが、韓国語や中国語を操る学生はこれまでたくさん会ってきた、

もちろん留学経験なしもたくさんいる。それに比べ、ドイツ語やスペイン語、フランス語を

操る人は一人か二人思いだせればいい方だ。

アジア人よ、やはりアジアの言葉を学ぼうではないか。使う機会も多く、簡単なのだから。



さて、しかしながらそれらに比べ、タガログ語はほとんどが新しい。しかも語順がVSO。。。(に私は見える)

英語、スペイン語語彙が多少あり、発音が易しく、アルファベットであることがせめてもの救い。


フィリピンでは英語で何とかなるであろう。

しかし大きな成果を得るには現地語の取得が不可欠である。


Pag may tiyaga, may nilaga. (忍耐あれば、茹であがる=継続は力なり)


このことわざの精神で頑張ろうと思う。

言語学習ほど努力に正直なものはない、その喜びは何にも代えがたい。


出国前、さまざまな方に出発の連絡を取った。

改めて自分がたくさんの人に支えられて生きていることがわかる。


その日本代表として行くわけだ、頑張ろう!!

フィリピン行く。何を準備し、何をしに行き、何を得るだろうか。


普通の発想ならば、


ダイビングやシュノーケリングのために水泳のトレーニングで体を慣らし、せいぜい英会話を準備し、

リゾート地のホテルでまったりと泳ぎながら過ごし、夜は連れと町でショッピングやマッサージに興じ、

遊びの癒しと、海がきれいだっただの友達との楽しい思い出を得るであろう。


しかしこれではどの国でも同じで、これが沖縄でもインドネシアでもハワイでもどこでも

いいではないか。


と、多くの海外を見てきた私は感じてしまう。

しかしながらこれは3年前私がフィリピンを訪れた時の過ごし方である。


理想の過ごし方を考える、


ビジネスを視野に入れるためにフィリピンの歴史や政治を学び、より心の距離が縮まるとされる

タガログ語を準備し、

現地で日本人の個性を発揮し存在感をしめしつつ、フィリピン流の生き方を吸収しながら

仕事やボランティア、調査を進める、

日本とフィリピンとの相違、メディアと真実との相違を学び、現地人とのかけがえのない交流の

思い出を得、その後も互いに多くの人に語れる機会を得る。


うん、理想的だ!


今回私は縁があってフィリピンはマニラのNGOに働きに行くことになった。


多くの旅行の結果、私は現地人との交流こそが最も意義あることであると悟った。

交流を深めるためには、好奇心や勇気といったマインドが1番大事であるが、

大きく勝敗を分けるのはやはり現地語である。英語ではない。現地語である。

現地語には魂が込められているからだ。


その魂の叫びを聞くため、私はタガログ語のテキストを2年ぶりに開いた。