水の神様が住む荒々しいメコン川 | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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三和 導代 です。

 

昨日はカンボジア国境近くのメコン川まで旅をしました。メコン川がこれほど多彩な顔をもつ川であったを初めて知りました。ゆったりとしたメコン川、急流にもまれるメコン川、泥交じりのメコン川、透明度が非常に高いメコン川、緑深い色をしたメコン川・・・・・それぞれの地で様々な姿で私たちの前に登場してくれます。

 

メコン川にこれほど規模が大きくて急流でありそして美しい滝があったとは想像すらしたことがありませんでした。この地は日本人観光客の姿は皆無ですが、旧宗主国であフランス人の姿が多く、自転車姿や若者、透明度抜群のメコン川の浅瀬でピンクイルカのウオッチイングをする人々、稲刈りをする人々と様々な光景です。

 

ここはフランス人がメコン川を利用してカンボジアに通じる鉄道を開設歴史があります。いまでも蒸気機関車やレールがそのまま残っています。メコン川を通じてインドシナ半島を制覇しようと考えたフランス人を阻んだのがこのメコン川の急流でした。水路では決してラオスからカンボジア、そして大海に渡ることは不可能でした。ですから島から島への鉄道建設を考案したのです。

 

このメコン川の急流には聖なる木が1本ありました。誠に聖なるきでした。2011年3月に倒れるまでこの守り神としてインドシナ3カ国によって崇拝され、お寺さんにて崇拝されていた聖木です。新月と満月にはシロサギの大群がこの木になぜか留まっていたそうです。今ではこの倒れた聖なる大木はお寺さんにお守りされています。

 

恐ろしいほどの急流、そしてその美しい滝の姿にアジアにこんな滝があったなんて・・・・・と絶句するほどであります。今まで穏やかなゆったりとしたメコン川を見ていた私たちにとっては想像絶する姿です。

 

ラオスにはこのメコン川の様子を表現したことわざがたくさん残っているそうです。人間の人生そのものかもしれません。ラオス人の時が止まったような生活、気質の奥には非常に芯の強いものを感じていましたが、この大自然に接して感じるものがあった一日でした。

 

カメラを向けても決して嫌がらずにっこり微笑み返してくれ人々、怒る姿や大声を発する人々の姿を見ることのないラオス人はまさにこのメコン川の流れと同じ人生哲学のもとで生きているのかもしれません。