三和 導代 です。
来週からコンゴ共和国に行って来ます。またアフリカですかと言われそうですが、やはり私の第二の故郷は今世におきましてはアフリカ大陸です。アフリカ大陸には日本の方々にはお馴染みの薄い国が沢山あります。
コンゴ共和国とコンゴ民主共和国は隣同士ですが、別の国であります。お隣のコンゴ民主共和国は外務省の危険度レベルも2、3でエボラ出血熱で沢山の死者をだしたところですが、私が訪問するコンゴ共和国はレベル1でエボラ出血の流行のない国です。同じ名前の国ですので、とても紛らわしく誤解されるこがしばしばあります。
外務省の危険度情報により私も動いていますので、危険度がレベル2以上の地域は渡航しません。先日の27日にも東京テレビの「こんなところにも日本人が」シリーズで私がNGOの活動時代の師匠でありました村上一枝さんのマリ共和国での現在でも続く活動が放映されていました。ここ数年は全土に危険度レベル4がそして最近は少しばかり危険度が緩和されました。
マリ共和国は緊急以外の観光では訪れることができなくなった国です。西アフリカの中でも一番魅力的は観光資源の多い国です。私がマリ共和国で活動しましたのは1990年代後半に観光で数度、そして2003年からは村上一枝さんのプロジェクトで日本とマリ共和国を行ったり来たりした生活を6年ほど送ったでしょうか。
今思いますと、懐かしいの一言です。村人との生活は今でも忘れられません。治安の悪化により現在では渡航が非常に制限されていますが、元々マリ共和国の田舎での生活は大変苦しいものでしたが、このように国の治安が悪化しますとますますその影響があるのではないかと懸念しています。今では訪れることが出来なくなった国であります。
もちろんNGOの活動は観光とは別ですので村上一枝さんのようにNGOの活動を続けておられる方には本当に頭が下がります。人間が人間の命を絶つ、地球を守るために貧困のアフリカの人々の命を絶つことを正当化する人々が横行するこの時代に、本当に村上一枝さんのように、貧困の人々のために自分の人生と財を投げることの尊さを最近改め痛感しています。
テレビを見ながら、懐かしさとまたこのような活動にまた戻れるだろうか?と心が揺れる私でした。来年は東京オリンピックです。マリ共和国からも選手として訪日します。村上一枝さんのご紹介で、マリ共和国からの選手のお世話をさせていただくことになりそうです。久々のマリ共和国の人々との交流に心がときめいています。