日弁連の少年法「成人」年齢引下げ反対の意見書 5 | T-MOTOの日曜映画

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第5 我が国の年長少年(18歳,19歳)事件の概況と少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられた場合の影響

 さらに,もし仮に少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられると,現行の少年法の実務にどのような影響をもたらすかについても,実証的に分析する。

1 検察庁が受理した年長少年被疑事件の概況と少年法の「成人」年齢引下げがもたらす影響

 2012年に検察庁が新しく通常受理した少年被疑者数は11万9,212人であり,そのうち年長少年(18歳,19歳)は5万1,805人で,43.5%を占めている。
 したがって,仮にもし,少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられると,家庭裁判所が取り扱っていた若者の約43%について,少年法の適用からは除外され,家庭裁判所の手続に一切乗らなくなることになる。
 その結果,家庭裁判所調査官や少年鑑別所による社会調査や資質鑑別の手続が行われなくなり,事件の原因・背景を行動科学で分析して個別処遇を行うことができなくなる。それに代わって,検察官の裁量により,起訴猶予か,略式命令請求による罰金か,公判請求による刑事処罰かのいずれかの処分が決せられることになるが,そこでの判断基準は,行為態様や犯行結果の大きさ,示談の成否等が主要な要素になり,被疑者の成育歴や成育環境,資質など,立ち直りに向けて配慮すべき重要な事実は後景に退くことになる。
 そして,2012年の検察の起訴猶予率は68.6%であるから,年長少年も半分以上は起訴猶予となるであろう。略式命令は罰金を支払えば終了であり,公判請求の場合でも初犯であれば執行猶予の確率は高い。結局,犯罪の背景・要因となった若者の資質や環境上の問題点に関する調査・分析と立ち直りのための手当がなされないままに手続が終わることになる。これでは,若者の更生と立ち直りにはつながらず,再犯防止の観点からも問題を残しかねない。

2 年長少年の事件に対する家庭裁判所の対応の実状と少年法の「成人」年齢引下げがもたらす影響

仮に,少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられると,成長支援と再犯防止のために保護処分を相当とする事情がある18歳,19歳についても,家庭裁判所の管轄から排除され,不起訴事件以外は全て,地方裁判所又は簡易裁判所の刑事裁判の手続に付されることになる。
 このような事態は,以下の各点において大きな問題を生じさせることとなる。
 
(1) 少年鑑別所の資質鑑別と家庭裁判所調査官の社会調査・試験観察 刑事裁判の手続が家庭裁判所の少年事件手続と大きく違う点は,前述(第4,1)したとおり,少年鑑別所における資質鑑別と家庭裁判所調査官の社会調査がないことである。
 少年鑑別所には,業過致死傷(自動車運転を含む。)・危険運転致死傷事件や道路交通関係の事件を除いた一般事件に限っても,2012年に9,840人の少年が入所しており,そのうち行為時に年長少年であったものは2,927人で,29.7%を占めている。
 もし仮に,少年法の「成人」年齢が18歳になるとすれば,現在少年鑑別所に入所している少年のうち,約30%の若者が少年鑑別所の科学的な資質鑑別を受けられなくなる。これは,少年の立ち直りと再犯防止に向けた,行動科学に基づく処遇の後退である。
 また,家庭裁判所では,少年の最終の処遇決定に向けて,家庭裁判所調査官による少年の成育環境等の調査(社会調査)や少年に対する生活指導を行っており,必要があると決めるときは,相当の期間,家庭裁判所調査官の試験観察に付し,少年の立ち直り状況を見守るという決定をしている。
 2012年に一般事件で試験観察に付された少年は1,459人である(この中には,18歳,19歳の少年が含まれる。)。特に,補導委託による試験観察は,少年の立ち直りに重要な役割を果たしており,年長少年がその機会を奪われることの影響は小さくない。

(2) 少年院での処遇と保護観察
 2012年に家庭裁判所が一般保護事件(道路交通関係事件を含まない。)で終局決定を行った少年の人数は,4万6,482人であり,そのうち年長少年は1万2,951人で,27.8%を占めている。
 2012年の一般保護事件の年長少年に対する家庭裁判所の終局決定の内
訳をみると次のとおりである。


終局処分の種類   年長少年の人数

検察官への送致
(刑事処分相当の送致)  172

少年院送致      1,243

保護観察       3,377

不処分        2,509

審判不開始      5,650


① 少年院での処遇
 犯罪結果が重大な事件であっても,家庭裁判所が少年鑑別所の資質鑑別や調査官調査の結果を踏まえて「保護処分が相当」と判断した場合には,18歳,19歳であっても少年院送致決定がなされている。
 前述(第4,2)したとおり,少年院は,一定期間身体を拘束して,少年を更生させるための働きかけを24時間態勢で行う施設である。そこでは,少年が成長期にあることを踏まえて,長所を伸ばすなど少年の全面的な成長発達を促すとともに,少年の問題点の克服を図るための指導・教育を行っている。入所している少年の多くは,虐待を受けたり様々な被害体験をし,貧困や両親の不和などの不遇な生育環境で育っている。また,発達障害がある少年に対する周囲の大人の無理解から当該少年に対して適切な対応や支援がなかったことが非行の要因になったと分析できる事件が増加している。少年院は,このような少年や保護者の指導について,長い経験と実績を有している。
 仮にもし,少年法における「成人」年齢が引き下げられれば,18,19歳の若者は,少年院という貴重な教育と援助の場を失うことになる。
 この点,刑務所の中には少年刑務所も存在するが,そこはあくまで刑罰を執行する場であり,懲役受刑者には刑務作業が課される。収容者の大多数は若年成人であり,少年受刑者はごく僅かである。2006年の法改正等により,薬物依存離脱指導,暴力団離脱指導,性犯罪再犯防止プログラムが導入され,被害者の視点を取り入れた教育なども実施されてはいるものの,刑務作業との関係から,その教育には時間的な制約がある。
 さらに,少年院の収容人員は最大でも200人程度であり,多くの施設は100人以下の規模であるのと比べて,刑務所は1,000人を超える規模の施設が少なくない。そのため,少年院ではきめ細かい指導ができるのと比較して,受刑者に対する改善指導は,少年院には到底及ばないのが実情である。

② 保護観察
 保護観察となっていた年長少年について考えると,その中には,成人であれば起訴猶予となるか,起訴されても執行猶予となる者も含まれていると思われる。
 保護観察においては,保護観察官や保護司が少年と面会をし,様々な相談にのって,非行から立ち直るための生活環境の調整等を行うが,これまでこのような支援を得ていた年長少年が,起訴猶予になると,保護司等による更生のための支援を全く受けることができなくなる。これは,本人にとっても社会にとってもマイナスである。
 また,執行猶予になるケースを想定しても,再犯を防ぐ処方箋が示されず,「次に事件を起こせば実刑になる」という威嚇だけで,18歳以上の被告人の少なくない者が社会に戻されることになる。心理的な威嚇だけでは再犯防止効果を期待できないことは,前記の実証的調査の結果が示している。
 もとより,少年の身体的自由は尊重されるべきであるが,保護処分としての保護観察は前科とはならず,第三者による援助が当該若者の成長と社会自立を支援している点は重視されなければならない。早期に全面的な国選付添人制度を実現して少年審判での適正手続を保障しつつ,真に必要な事案での保護観察の余地を残すべきである。

③ 家庭裁判所の保護的・教育的措置
 さらに,看過してはならないのは,年長少年で不処分となった者のうち2,068人,審判不開始になった者のうち4,812人については,家庭裁判所が更生のための一定の働き掛け(保護的・教育的措置)を行っていることである。
 保護的・教育的措置の内容としては,少年や保護者に対して助言や指導を行い,また,学校や児童福祉機関,医療機関,就労先などに少年の補導について協力を求め,時には少年に対して心理療法的な働き掛けを行うことなどがある。
 ちなみに,家庭裁判所の終局決定で審判不開始や不処分が多いのは,少年事件の大部分が,万引き,自転車盗などの窃盗,放置自転車の乗り逃げである占有離脱物横領であることによるが,このような事件のほとんどは成人が起こした場合には,警察止まりの微罪処分か,検察庁で起訴猶予となるところ,少年については上記のような家庭裁判所の働き掛けが行われているのである。
 仮にもし,少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられれば,審判不開始,不処分となっていた年長少年のほとんどは,警察止まりか起訴猶予の処分になることが予想されるが,これでは,問題を抱えた多くの若者が,現在は行われている家庭裁判所による保護的・教育的措置がなされないままに,社会に放置されることになる。

④ ぐ犯への対応
 また,少年法の「成人」年齢が18歳に引き下げられると,これまでぐ犯少年として手当していた年長少年について,家庭裁判所が全く対応ができなくなる(2012年にぐ犯で処理された年長少年は,35人。)。
 現行法は,18歳,19歳の若者についても,要保護性の高い者については,少年鑑別所による鑑別,家庭裁判所調査官による調査,試験観察などにより,少年の成長支援に向けた様々な取組を行っている。場合によっては,少年が罪を犯す前に立ち直らせるために,家庭裁判所が少年院送致の処分を決定する場合もある。
 これらの対応がなされなくなれば,少年の成長支援と再犯防止施策は後退する。
 確かに,犯罪ではない「ぐ犯」の取扱いは,自由の不当な制約になってはならないが,現行少年法の実務においては,「ぐ犯要件」の認定は相当程度厳格になされており,また,「ぐ犯」と認定される若者の中には,前述(第3)したように,社会生活を営むのに必要な人格的成長の支援を周囲の大人から十分に受けられなかった若者が少なくないという事実がある。したがって,少年鑑別所で身体的拘束を受けた「ぐ犯少年」に対しても国選付添人制度による弁護士の法的援助を保障した上で,真に必要な範囲でのぐ犯への対応の余地は残すべきである。