日弁連の少年法「成人」年齢引下げ反対の意見書 4 | T-MOTOの日曜映画

T-MOTOの日曜映画

日曜日のショートムービー製作

第4 少年審判・保護処分の内容及び再犯防止効果と刑事裁判・刑罰との違い

1 家庭裁判所における少年審判
 現行少年法は,全件送致主義を取っており,検察庁は,起訴猶予の裁量権を持たない。そのため,検察庁が受理した少年事件は,嫌疑不十分又は嫌疑なしの事件を除いて,家庭裁判所に送致されている。
 そして,家庭裁判所では,少年審判のために身体拘束の必要があると判断した少年については,少年鑑別所に送致する。少年鑑別所では,単に身体を拘束するだけの拘置所とは異なり,鑑別技官による少年の心身の状況の鑑別や少年の行動観察を行う。具体的には,心理学などの専門知識に基づいて知能検査や性格検査を実施するとともに,少年と面接して家庭環境,生育歴,就学・就労の状況などを把握する。身体や精神の病気が疑われる場合には,医師が診療を行う。これらの結果である鑑別結果通知書は,審判の資料となり,少年院や保護観察所の処遇の資料にもなる。
 また,家庭裁判所の調査官によっても,少年の要保護性(保護処分の必要性・程度)に関する調査(社会調査)が行われる。家庭裁判所調査官は,心理学や教育学等の人間関係諸科学を修得した専門職であり,少年や保護者との面談,学校・職場あるいは被害者への照会等によって,少年の成育歴や心身の状況,家族・交友関係や生活状況,更には被害の状況等を調査する。そして,調査の結果は,処遇に関する意見と共に裁判所に報告され(少年調査票),審判における最も重要な資料とされる。
 少年審判では,このような少年鑑別所及び家庭裁判所調査官による事前の調査結果等を踏まえ,裁判所が当該少年に最もふさわしい処分を決することとなるのである。

2 保護処分
 家庭裁判所での審判で言い渡される処分は,刑罰ではなく保護処分である。
 刑罰が,犯罪行為に対して責任非難としての罰を科すものであるのに対して,保護処分は,非行を犯した少年の未成熟性に着目し,教育的な働き掛けによって,少年に自らの行為の意味を理解させ,社会的不適応の原因を除くことが処置の基本に置かれる。そのためには,自らの行為や過去の生活態度と正面から向き合わせることから始まり,更に進んで被害者の悲しみや苦しみにも向き合わせるなどしながら,再び非行に及ぶことのないように立ち直りを目指すのである。
 保護処分の一つに,少年を施設に収容して処遇する少年院送致がある。刑務所においてはほとんどの時間が刑務作業に充てられるのに対し,少年院では,生活の全てが教育であり,教官が24時間態勢で,少年を監督・指導し,内面の自己変革を要求する。その意味では,少年院は刑務所よりも「厳しい」ともいえる。

3 少年審判・少年院処遇の再犯防止効果と刑事裁判・刑務所処遇との違い

(1) 少年審判・少年院での処遇と刑事裁判・刑務所での処遇の再犯防止効果を比較するには,同じ時期に罪を犯した共通性のある対象者を選択して比較する必要があるが,我が国では,これに関する比較調査資料がない。しかし,州ごとに法律が異なるアメリカ合衆国では,保護処分と刑罰の効果の比較がある程度可能である。
 アメリカでは,1990年代を通じて少年司法制度の厳罰化が各州で進められた。近年,少年司法の刑罰化・厳罰化の政策評価研究が蓄積されており,その結果は,次のとおり,再犯防止に逆効果であると指摘されている。
 なお,アメリカでは大部分の州で少年法の適用年齢を18歳未満としているが,刑罰化・厳罰化が再犯防止に逆効果であるとの政策評価研究の結果は,若年犯罪者一般にもあてはまる。

① ニューヨーク州とニュージャージー州のニューアークは,ハドソン川をはさんで,連続した都市圏を形成している。しかし,州が異なり,法制度が違うため,同じような事件でニューヨーク州は刑罰を,ニューアークは保護処分を課している。
 コロンビア大学の研究者(Jeffery Fagan)が,ニュージャージー少年裁判所の手続・処分に付された少年と,それに対応するニューヨーク刑事裁判所において扱われた者の再犯率を比較した調査結果を1996年に発表している。それによれば,刑事裁判所において扱われた者の方が再犯率が高いという結果が出ている。(Jeffrey Fagan and Franklin E. Zimring,The Changing Borders of Juvenile Justice:Transfer of Adolescents to the Criminal Court,(2000,Uuniversity of Chicago Press))

② 我が国の最高裁判所家庭局編の「家庭裁判月報」(2009年6月号)に掲載された「アメリカ合衆国における少年事件手続の実情」には,次のような報告がある。
 「アメリカ司法省の一機関である office of Juvenile Justice and delinquency prevention(OJJDP)の定期刊行物に2008年に掲載された論文によると,6つの研究において,刑事裁判所に送致された少年は,少年裁判所に送致された場合より,より高い再犯リスクを有するという結論に至ったことが報告されている」

さらに,上記のアメリカの研究論文のうちの代表的な2つの調査研究結果の内容について,我が国の法務省保護局総務課人事係長が,2009年3月に次のとおり紹介している(日本刑事政策研究会編「罪と罰」46 巻 2号)。
 「特別予防の観点から見ると,少年事件の刑事裁判所への送致は,その予後について見れば逆効果であることが多い。再犯率,再犯頻度,再犯に至るまでの期間の長さ等,いずれも事件種別等の諸条件を統制した上で比較しても,刑事裁判所に送致された少年の予後は,少年裁判所での審判を受けた少年よりも予後が悪く,特に成人刑事施設に収容された少年犯罪者はその再犯等の危険性が高まる(Farrington&Loeber,2002;Redding,2008)。そして,その理由としては,刑事裁判により裁かれることによる犯罪者としての烙印やレッテル貼りによる悪影響,刑事裁判所で裁かれることに対する不公平感や司法制度に対する敵意,刑事司法手続を経る過程において成人犯罪者から犯罪傾向を学習すること,刑事司法においては,少年司法制度よりも本人の更生や家族の支援に重点がおかれていないことなどが考えられる。(Redding,2008)。」

③ これらの実証的検討を受けて,1990年代に刑罰化・厳罰化の波が押し寄せたアメリカでも,2000年代に入ると,複数の州で,刑事裁判所への送致を回避する法運用への転換を図り,あるいは,少年裁判所の適用年齢を引き上げ,ないしは,現在引上げを検討している。

(2) ドイツでは,1990年代の初頭から連邦司法省が,犯罪者に対する全ての処分について再犯統計を作成しており,その結果を公表している。
 同再犯統計によると,若年者の再犯率は,少年刑法により有罪の言渡しを受けた刑を執行されて釈放された場合が高く,ドイツ少年裁判所法45条,47条による手続打ち切り(刑事手続を打ち切り,教育的措置を行うこと。)後の再犯率は低下するという結果が出ている。

(3) 我が国では,2009年3月に,法務省法務総合研究所が,1965年以降,2006年9月30日までに有罪判決を受けた3,561人を対象に調査・分析した「再犯防止に関する総合的研究」を公表した。それによると,①少年時に1犯目の刑事判決を受けた者(18歳及び19歳が合計92.7%を占める)及び若年成人(20歳から24歳)で1犯目の刑事判決を受けた者は,再犯を繰り返す割合が高く,3犯以上の再犯者となる比率が他の年齢層に比べ高い,②犯歴を重ねるごとに再犯期間が短くなっていることから,刑を受けながらも再犯期間を短くしつつ犯歴を重ねる者が一定数存在するという注目すべき結果が出ている。
この結果は,刑事裁判及び刑務所での処遇による再犯防止効果の実態を,
実証的に裏付けるものである。
 この調査結果を受けて,法務省法務総合研究所は,平成21年版犯罪白書で「再犯防止施策の充実」を特集し,「再犯防止対策の在り方」として,初犯者・若年者に対する対策の重要性を強調し,次のように指摘している。
 「初犯者や若年者は,可塑性に富み,就労の機会も限定的ではないなど,改善更生の余地は大きいと考えられるのであるから,この早期の段階で,必要に応じ,再犯の芽を摘む絶好の機会として,指導・支援を行うことが重要
であると考えられる。」

(4) 立法施策は,何よりも実証的な根拠と証拠に基づいてなされなければならない(evidence-based policy)。少年法の「成人」年齢の引下げによって刑罰化を拡大することの是非についても,かかる実証的視点からの検討が不可欠である。
 この点,前述した諸外国での実証的な研究や我が国における法務省の調査・分析に照らしても,少年法に基づく少年審判手続と少年院での処遇こそが,若年者の再犯防止に有効であることが裏付けられているのである。