ずっと昔、大学生だった頃、夏休みに鳥取に帰省して高校時代の友人と釣りに出かけたことがありました。
釣りといっても本格的なものではなく、道すがら釣具店で安く買った短い釣竿を組み立てて、岸壁の壁を乗り越えて海面に近い円筒形の構造物に降りて、そこから釣り糸を垂らすというもので、魚を持ち帰るクーラーボックスも何もないので、キャッチアンドリリースでやるつもりでした。
釣りを始めてしばらくすると、私の方の釣竿に魚が掛かりました。釣り上げてみたらイシダイでした。黒い縞々のある魚です。
逃がすつもりではいたのですが、せっかく釣ったのでしばらく眺めていようと、近くに捨てられていたゴミのビニール袋を見つけて、海水とイシダイを入れて袋の口を縛って海中に吊り下げました。
ここから現実離れした光景が展開されるのですが、釣りを中断してビニール袋の中で泳いでいるイシダイを眺めていると、それから間もなく、海底から上昇してくるもう一匹のイシダイが現れました。
釣った方のイシダイとは色合いが少々違っていて、たぶん、黒色が鮮明な釣ったイシダイの方がオスで、後からやってきた茶色がかっている方がメスなんじゃないかと思います。
海の中からも私たちの姿は見えているはずなのに、後からやってきたイシダイは、そんなことにはおかまいなく海面近くまで上がってきて、ビニール袋の中のイシダイの方へ近づいていきます。そして、二匹はビニール袋越しに間近でお互いに見つめ合います。
さすがにこうなれば、すぐに逃がさないといけないと思い、ビニール袋を引き上げて、中のイシダイを海の中に放しました。(この間のかなり大きな人間のアクションでも、もう一匹は同じ場所にとどまったまま)
二匹のイシダイは、寄り添うように並んで海の底へ泳ぎ去っていきました。(ここも誇張なしです。正確な描写です)
友人とは、「日本昔話みたいだな」とか「夫婦(めおと)か?」とかいった会話を交わして、釣りをやめて帰りました。
こんな現実離れした行動をする魚と遭遇した人間というのは、世界中でもめったにいないと思います。
人間でこの魚に匹敵するような人は、いままで一人も会ったことがありません。出会いの運をこの魚との遭遇で全部使い果たしてしまったのかもしれません。
人間については、「まあ、こんなもんだろう」というのがいつもの感想です。
自分で行動した場合は、すべて空回り、空虚な一人相撲ですし。
この友人は今ではユング派の心理学者の大学教授になっています。
今では交友関係が断絶しているのは、故郷と一緒に捨てた私が悪いのですが。