トゥガン・ソヒエフ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演を、サントリーホールにて。
チャイコフスキー:オペラ「エフゲニー・オネーギン」から ポロネーズ
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
(ピアノ:小林愛実)
(ソリスト・アンコール)ショパン:24の前奏曲〜第17番
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」op.35
(コンサートマスター:青木尚佳)
(アンコール)
チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」〜トレパーク
ミュンヘン・フィルが6年ぶりの来日。6年前は当時の首席指揮者であったヴァレリー・ゲルギエフとの来日であった。そのゲルギエフは2022年、ロシアのウクライナ侵攻により首席指揮者をクビになってしまい(プーチン大統領の盟友であることが理由だろう)、その後ミュンヘン・フィルの首席指揮者は空席のままであるが、2026年からラハフ・シャニが首席指揮者に就任する予定となっている。
今回はそのような事情で首席指揮者不在のため、なぜか日本でもおなじみのトゥガン・ソヒエフが来日公演の帯同指揮者である。
今回の日本公演は2プログラムで、今回はソヒエフが得意とするロシア音楽、翌日はミュンヘン・フィルの十八番であるブルックナーである。
1曲目のポロネーズ。素晴らしい!冒頭からもう、出てくる音が音の魔術師、ソヒエフの音なのである。壮麗・華麗・豊麗。弦、特にチェロの音が非常に深くて濃厚で、思わずにんまりしてしまう。これを聴けただけでもすごく得をした気分だ。16型。
2曲目は小林愛実が弾くパガ狂。この演奏会のほぼ1週間前である10月30日に、ソヒエフとミュンヘン・フィルがハンブルクのエルプ・フィルハーモニーで演奏した演奏会(今回と全く同一プロ)がYouTubeに上がっているが、そのときのソリストはアレクサンドル・カントロフだった。
小林愛実の実演、過去2回聴いていていずれも自分の満足する水準ではなかったのだが、今回はそれらに比べるとだいぶよかった。
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12725470381.html
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12870186727.html
今回のラフマニノフはそれなりに完成された演奏で、そつなくこなされていたのであるが、ラフマニノフを弾くにはやはり小柄なために、どうしてもスケールが小さく感じられてしまうのも事実。先日、デュトワ指揮N響と共演したルガンスキーが弾いたラフマニノフ2番のような豪快なところはない。ちなみに、ソヒエフがベルリン・フィルを振ったパガ狂(後半はシェエラザード)がベルリンフィル・デジタルコンサートホールにアップされているが(2016年10月15日)、そのときのソリストはルガンスキーだった。
この曲のオーケストラは14型。ソヒエフが振ると、やはり音のキレがよく鮮やかである。
後半はソヒエフの十八番であるシェエラザード!
ソヒエフのシェエラザード、今までトゥールーズ・キャピトル国立管で2回、N響で1回聴いているのだが…今回のミュンヘン・フィルと合わせて都合4回のうち、やはり一番すごかったのはトゥールーズの1回目である。もう、12年も前のことだが、今でも忘れられない超名演だった。で、2015年に2回目に聴いたトゥールーズの演奏もすごかった。
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-11423154235.html
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-11996673075.html
今回のシェエラザード、ソヒエフの指揮は完全にツボを押さえていて、まさに自家薬籠中のものと言っていいだろう。表現は完全にソヒエフの意図が浸透しているのだが、音色はさすがドイツの名門オケ、重心がしっかり低音に寄っている。トゥールーズの演奏も意外に低音がしっかりしていたが、そうは言ってもフランスのオケとドイツのオケではその手触りは全く異なるのだ。
この曲で大事な木管群がとてもいい仕事をしていて、ドイツ管であろうクラリネットの音は濃くて深みがあるし、ファゴットもどっしりした手応えがある音。ホルンも惚れ惚れする音だし、トロンボーンもほどよい重さがあっていい。しかし、やはり素晴らしいのは南ドイツならではの明るめな弦の音色で、第3楽章のシルキーながら濃厚な音色は極めて芳醇かつ官能的。その第3楽章で、美人チェリストが隣の奏者と顔を見合わせ、にこにこしながら演奏する姿はまさにmusizierenという単語そのものである。コンサートミストレス青木尚佳のソロ、やや細いが明るくすっきりした美音だ。16型。
終楽章が終わった後の長い静寂が素晴らしい。毎回、こうでありたいものだ。
マエストロ・ソヒエフは全ての曲をタクトなしで指揮(ベルリン・フィルの映像を見ると、パガ狂ではタクトを持っている)。シェエラザードは暗譜だった。タクトなしの両手から紡ぎ出される表情がそのままオーケストラの音に反映されている気がする。
この日の会場、満席とまではいかなかったようだがそこそこ客が入っている。客席には小林愛実の夫である反田恭平氏や、ソヒエフと縁が深いN響のメンバーが多数。懐かしい堀正文氏や、篠崎史紀氏、郷古廉氏といった歴代コンサートマスターの顔が見える。私は勝手に、N響の次の首席はソヒエフだろうと思っているのだがどうだろうか。
総合評価:★★★★☆