バイロイト音楽祭2024 トリスタンとイゾルデを、バイロイト祝祭劇場にて(3日)。
指揮:セミヨン・ビシュコフ
演出:Thorleifur Örn Arnarsson (トルレイフール・オーン・アルナルソン)
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ
トリスタン:アンドレアス・シャーガー
マルケ王:ギュンター・グロイスベック
イゾルデ:カミラ・ニールント
クルヴェナール:オラファー・ジグルダーソン
メーロト:ビルガー・ラッデ
ブランゲーネ:クリスタ・マイヤー
羊飼い:ダニエル・イェンツ
舵手:ローソン・アンダーソン
若い水夫:マシュー・ニューリン
バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団
自分があらゆるオペラのなかでも最も好きな作品、トリスタンとイゾルデ。これを、本場バイロイトで聴けるのは最高の幸せである。
バイロイトでは2011年、2012年にマルターラーの演出とペーター・シュナイダーの指揮で、2015年、2017年、2019年にはカタリーナ・ワーグナーの演出とクリスティアン・ティーレマンの指揮でこの作品を観てきた。
その中で言えば、イゾルデに関しては、今回のカミラ・ニールントが最高。トリスタンはシュテファン・グールド(2015年、2017年)に軍配が上がるか。そして、指揮は圧倒的にティーレマンがすごくて、今回のビシュコフの演奏、悪くはないが私の好みとはちょっと違うタイプの演奏だった。
今回のイゾルデ役は私が昔から一押しのフィンランド人ソプラノ、カミラ・ニールント。イゾルデに関しては、(愛の死を除けば)2018年にネルソンス指揮ボストン響の演奏会にて第2幕を歌ったのが初めて(トリスタンはヨナス・カウフマン)。そして2024年ドレスデン、バイロイトで全幕デビューということになった。
やや細めですっきりと伸びる彼女の声は非常に気品があり繊細、美しい見た目も含めて、まさにアイルランドの王女という威厳ある役にぴったりだ。素晴らしい!愛の死は泣けてしまった。
トリスタン役はアンドレアス・シャーガー、旬のワーグナー・テナーである。わが国では2013年にチョン・ミョンフン指揮東京フィルの演奏会でトリスタンを歌ったが、そのときはあまり話題にならなかった。
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-11710972500.html
それが、2016年に東京春祭でジークフリートを歌ったときはブレイクし、大変話題になったものだ。
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12149674602.html
今回のトリスタン、声がだいぶ熟してはいるが、重すぎず、いい感じになっている。ただ第2幕など、高域の弱音部分で多少歌い口が雑なところも感じられた。ちなみにこの人、今年2024年はパルジファルのタイトルも掛け持ち。大丈夫なのだろうか??
マルケ王も、東京春祭や新国立劇場などの出演により日本でもおなじみグロイスベック。あまり深みがある声ではなく絞り出すようなところがある。
ブランゲーネは前日にヴァルトラウテを歌ったばかりのクリスタ・マイヤー(当初発表ではエカテリーナ・グバノヴァだった)。ややきんきんする声だが、非常に太くはっきりした声。声量ではイゾルデを上回っていた。
クルヴェナールは指環でアリベルヒを好演したばかりのジグルダーソン。渋めの声であり、アリベルヒとはまた違った印象の名唱を聴かせた。第3幕の船が来るシーンの張りがある声が素晴らしかった。それにしてもこの歌手、聴衆からの受けがすごくよくて、指環でも今回のトリスタンでも聴衆の反応が抜群にいい。こういうタイプがこちらでは受けるということか。
オーケストラであるが、この劇場でティーレマンを聴いているがために、今回のビシュコフの演奏がぬるく感じられるという不幸…ビシュコフのトリスタン、2008年にパリ・オペラ座来日公演でも聴いているが、そのときもスッキリ系だった。
https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-10122238054.html
なんというか…ドラマトゥルギーの構築が弱くて、ここぞというところで説得力を持って聞こえてこない。これは、指環を振ったシモーネ・ヤングと好対照だ。それでも、第3幕のエンディングに向けて高揚感を増し、愛の死の最後はかなりテンポを落とし、最後のロングトーンは相当長かった。
さて、トリスタンの演出といえば、前述の通り私はマルターラー、K・ワーグナーの演出を観てきた。そのK・ワーグナーの演出が2019年に終わったあと、2022年からローランド・シュワブの演出になったのだが、2023年までのたった2年で終わり。今回2024年からはアイスランドの演出家、Thorleifur Örn Arnarsson (トルレイフール・オーン・アルナルソン)による演出となった。シュワブ演出が2年で打ち切られた理由はわからない。
ステージ上からロープが何本も垂らされているのは全幕共通。第1幕は巨大な空間で、イゾルデがステージ右手で、ふわふわした雲の上に座っているのかと思ったら、雲らしきものはドレスの裾であった(実際には、ドレスとはつながっていないのだが)。ステージの奥行をフルに利用しているため、やや歌手の声が遠くなる部分があった。第2幕は船底だろうか?アンティークというか、ガラクタというかいろいろなものが雑然と置かれている空間が逢い引きの場所。第3幕はドックなのか、機械が何台か置かれた場所の中央に、第2幕で見たガラクタが廃棄物となっている。
読み替えという点で言うと、第1幕で愛の媚薬の瓶をトリスタンが手にするもそれを捨ててしまったため、媚薬を二人は飲んでいないということになる。まあ、こうした演出は特に珍しくはない。前史からして、この二人は薬を服用する以前から愛し合っているということはありうるからである。予想外だったのは第2幕、マルケ王に不倫がばれた後で、マルケ王がトリスタンに対して怒りを露わにするところ。寛大なマルケ王という描き方ではなかった。そして、第2幕最後にトリスタンは薬を服用して倒れた。おそらく、死の薬であろう。よって、メーロトが斬りかかるシーンはなし。第3幕では、イゾルデはトリスタンのもとに到着した後、やはり薬を服用して倒れるので、トリスタンとイゾルデは死の薬を服用して自ら亡くなったということになる。
いや、バイロイトで音楽を邪魔することがないまともな演出を観たのはこれが初めてである。このくらいであれば読み替えも全くの許容範囲だ。
この日のバイロイトは一日中雨が降ったり止んだりと変な天気だった。16時開演、2回の1時間休憩をはさみ22時15分終了。終演後はバイロイト駅前まで歩き、駅前のRamen108にて唐揚げと豚キムチと担々麺を食す。非常に美味い。ここはかなり重宝しそうだ。
総合評価:★★★★☆