「書くかもしれないリストの繰り越し分」
下書きの前段階を書いていたノートが終わって、でも、まだ書いていないネタがあるので、それらを整理ついでに、ここに書いてみる。
ここを始めてから、そこそこ経ってからリストを作り始めたので、最初の方のは無い。2011年08月26日にまとめて書く形で始まっている。書いたものも含めて、ナンバー順に書いていこう。まだ書いていないものには、どんな事を書こうかと言う想定も付記します。また、書いたものでも、ここに載せるに当たって題を変更したものもある。その場合は、変更前を書きます。
2011/08/26まで
01.失われた20年
・08月21日(日)、10ch、10時の番組で出てきた言葉。
・こちらからすれば「失わされた20年」。
・別で言葉だけ使用している。
02.向かい風に好かれて 09/13了
・更新時「向かい風に好かれている」に変更。
03.愛国心、国粋主義
・愛国心は国難に赴くただ一つの勇力である。ここ以外では無意味。
・愛国者が国難を救った試しは無い。
・救った人が愛国者と言うことはあるが、それは結果論でしかない。
・言い回しに失敗すると面倒が発生するので、今のところ、書く気は無い。
04.乱立と言うならば適正数とは 08/27了
05.学んでからなるのであって、その逆は無い 08/30了
・だからと言って、クイズ合戦は論外。
・情報の運用能力と知識量は別の領域。
・大臣にとって必要なのは、畢竟で統率力と決断力である。
06.悪法は法たらず、唯だ悪たり
・学研、歴史群像シリーズ『争覇春秋戦国』。法家の説明から想起。
・付箋から23日に思いついている。
・専制君主、絶対王政下ならいざ知らず、今であれば改定できる。
・別で言葉だけ使用。
07.前者にならえ、前例と踏襲せよ 11/28了
・更新時「前例に従え、伝統を捨てよ」に変更。
08.流行についていけなくなったら、メインターゲットから外れたのを自覚せよ
・ブームに文句を言うことへ。
2011/09/05
09.舌先三寸
・学研、歴史群像シリーズ『争覇春秋戦国』。張儀のエピソードから。
2011/09/29
11.理想は、想像、空想、夢想、妄想
・最善を集めても、最善にはならない。
・甘さを求める際、最善を集めたら、そこに塩を入れると言う発想には至らない。
2011/10/01
12.幸せは過去完了形、不幸せは現在進行形で感じられる
2011/10/18
13.今、求められているのは、錬金術と原爆開発 10/20了
2011/10/26
14.後出しじゃんけんは負け
・アイドルのじゃんけん大会でも厳正に運用された絶対ルール。
・言を以って商売をする人間も同じではないか。
2011/11/14
15.悪貨は良貨を駆逐する
・良貨は最初から「良」ではなく、悪の出現によって相対的に「良」となったに過ぎない。
・コミュニティの崩壊は、こんな現象による。
16.安物買いの銭失い
・人件費を削っての安さは、結果的に、次の購入者を殺しているに過ぎない。
・そして、誰も買えなくなった。
17.逃げるのは難しい
・安直に「逃げるな」と言う事への文句。三十六計逃げるに如かず。
・逃げるとは、自分の身の安全を確保できる所まで戻ること。
2011/11/17
18.セシウムは最大値か否か 11/18了
・下書き時「問題は最大値か否か」に変更。
19.料理上手は掃除上手 11/22了
・下書き時「料理上手は、片付け上手」に変更。
・更新時「料理上手、片付け上手」に変更。
2011/11/21
20.smile,laugh 2012/02/15了
・下書き時「笑顔は人を騙せるか」に変更。
2011/11/27
21.一流のもの(物、者)を見る意味 12/13了
・下書き時「一流を見る意味」に変更。
2011/12/03
22.儲ける、稼ぐ 2012/01/27了
・下書き時「稼ぐと儲けるの違い」に変更。
・「儲ける」と「稼ぐ」のどちらが良いかを陳べたいのではない。
・白居易「觀稼」より着想。豊作でも農民の生活は向上しない現実がある。
23.煮詰める、煮詰まる 12/06了
・下書き時「会議は煮詰まる」に変更。
2011/12/13
25.「絆」のマイナスイメージ 12/16了
・下書き時「『絆』はマイナスイメージ」に変更。
2011/12/16
26.「勝ち負け」改 12/17了
2012/01/07
27.アウトローは臆病者
・law(法)ではなくlow(低)で。日本語ではどちらも表記はロー。
・発音記号で見ると、前者はロー、後者はロウが近い表記。
28.辰は龍?
・26に繋ぐ形で。
2012/01/12
29.好きな事はするな、面白いと思っている事をしろ
・「面白い」は、興味のある事にしか発生しない感覚。
2012/01/13
30.段差の意味 01/15了
31.失敗は失敗とする事によって初めて生じる
・止めること、終わりにすること。
・帰納で見ると一本道だが、演繹で見ると無数に分岐点がある。
32.君子豹変す
・『易經』「革」。
・「豹変」は毛の文様が美しくなることを意味する。
・文様が汚くなることもあるのではないか?
・つまり、マイナスへの変化にも適用できるのではないか、と。
2012/01/25
33.危険物取り扱いの責任者は誰か 02/05了
2021/01/28
34.名前は誰の物?
2012/01/29
35.ダイヤモンドは磨けない
・一番硬いので、他のものでは磨けない。
・同士で磨くしかなく。
2012/02/05
36.マスコミは矛盾しない
・矛盾したのは鬻いでいたから。
・どちらも自分で持って使用すれば、矛盾はしない。
・マスコミは、その矛と盾を持っている。
2012/02/10
37.数字と数値 02/12了
・下書き時「地震の確率」に変更。
・更新時「確率問題」に変更。
38.物を知っているから、それがより好きな訳ではない
・知識量が、イコールでその事を知っている事にはなり得ない。
2012/02/17
39.リストラは使うな
・本来の意味、事業の再構築と言う意味ではなく、首切りの意味でしか使われないから。
二つ欠番がありますが、それは着想後の軽い調べで不可となったものです。着想の時点でメモを取っているので、少し調べただけで、駄目になる場合もあります。これまで書いてきた事も、これから書くであろう事も、その論点、言わんとしてる事は、三つ四つに過ぎません。ここでやろうとしている事は、それを如何に別の内容で、別の表現で書けないかと言う、そんな実験でもあります。上記のものを書くとは限りません。書かない確率の方が高そうです。
「笑顔は人を騙せるか」
僕は笑顔が嫌いである。それは、自分の笑顔が上手くないからと言うのもあるが、人の笑顔に心が、感情が入っているか分からないからである。それは、つまり、自分が笑顔を作る時、無感情の時があると言う事である。
笑顔と一言で言っても、ここから想起される表情は、人それぞれであり、かつ、この語はその全てを包含してしまう。もちろん、言わんとしている違いは、語を費やせば示す事は出来るであろうが、それは言葉を捏ね繰り回すだけで、実のあるものとはならない。そこで、別の言語を以って、単純明解に一語で示す。「smile」と「laugh」である。これを英英辞典で見てみよう。
smile [verb]
to make your mouth curve upwards, in order to be friendly or because you are happy or amused.
smile [noun]
an expression in which your mouth curves upwards, when you are being friendly or are happy or amused.
laugh [verb]
to make sounds with your voice, usually while you are smiling, because you think something is funny.
laugh [noun]
the act of laughing or the sound you make when you laugh.
if something is a laugh, you have fun and enjoy yourself when you are doing it.
二語を日本語で言えば、「ほほえむ」と「笑う」と言う事である。上記から、僕が嫌いなのは「smile」と言う事になる。英語による説明からも、「smile」はその形がある事が分かる。これは、世に「smile mark」はあれど、「laugh mark」が無いと言う事を説明する。「laugh」には説明できる形が無いのである。声を挙げて笑う表情、姿は、人それぞれだからである。人は感情が入り込めば入り込むほど、表情や挙動を制御できなくなっていく。と言うことは、「smile」と「laugh」では、感情の濃淡が存在していると言えるのではないか。
日常でこの違いを見る事は、難しいかもしれない。「smile」であれば、接客業に携わっている人であれば、その業務中に見る事が出来る。しかし、業務中であるが故に、「laugh」を見る事は、殆ど出来ない。友人関係にあっては、「smile」と「laugh」の境目は判然としない。僕はこの違いを、まだその季節には少し早いが、ここ数年、目にしてきている。その場所とは、球場である。試合中、球状内では、ビールを筆頭にして、弁当やグッズを売り歩く売り子さんが、大勢いる。当然に接客業であるため、接客している時、客席を向いて口上を挙げている時は、「smile」である。売り子さんは、一箇所にずっと停まっている事は無く、絶えず動いている。大勢いるため、そのタイミングによっては、一人が去ってすぐに次の人が来て、また去って来てと、その繰り返しが起きる事もある。違う銘柄の時もあれば、同じ銘柄が続く時もある。同じ銘柄でも、前の人には頼まなくて、次の人で頼む場合がある。見つけたタイミングなのか、それとも人で選んだのか、何がどうしてなのか、酒を全く飲まない僕にとっては分からない。それはさて置き、大勢いるため、売り子さん同士がすれ違う事が、当然にある。その時、売れ行きの情況や、その日に初めて会った時は挨拶を交わす事がある。その時の表情は、お客に見せる「smile」とは、全く別の笑顔が見える。そこには、感情がしかと見る事が出来る。少しの間だけど会話をしている時には、更に「smile」とは違うものとなる。何なら、声から違っている。電話に出た時のお母さん現象と命名すれば、伝わるかもしれない。出た時は、通常の声より高い声だが、相手が家族だったりすると、途端に声が下に戻ると言う、あの現象である。お客に対している時が前者で、同僚と話している時は後者である。
また、「smile」と「laugh」の明確な違いは、前述の説明にある通り、「sound」、音の有り無しである。「smile」は表情の変化であるため、見間違いが起こり得る。「あれ?今、俺に微笑みかけた?」と言う、思春期ならば微笑ましい勘違い、それ以上なら、ちょっと痛い思い違いである。しかし、「laugh」は音があるだけに、このような勘違いは起きない。
「smile」には、このように他人に勘違いを起こさせるだけでなく、当の本人にも勘違いを起こさせると言う。口角を上げる動作など、「smile」を作る動きをするだけで、脳が「今、自分は笑っている」と錯覚して、マイナスの感覚をリセットしようとする動きをするとか。このような感情のセルフコントロールが、日本でまだ広まっていなかった時、この「smile」によって、こっぴどく叩かれたスポーツ選手がいた。まあ、その結果として、プラスの効果がもたらされれば良かったのだが、結局、一度もゴールを奪えなかったのだから、この時の「smile」の有無にかかわらず、叩かれていた事には変わらなかっただろうが。シュートを外した次の映像で、あれを繰り返されたら、見ている方はね。
さて、何を書きたかったんだろう?とりあえず、感情が感じられる笑顔が見たい、と言うことだろう。いや、感じられなくてもいいから見たい。のだろうか?ネタにしようとしたのが、だいぶ前のことだから、どこを着地点としていたのか忘れてしまっている。ちょっと前に、「不意に見せた笑顔、今日も眠れない、ドキドキしている恋してる」と言う歌詞を聴いて、それで書いてみようかと、見切り発進してしまった結果が、これ。さてさて。
「確率問題」
確率とは、「ある事象の起こり得る可能性を数量で現したもの。確からしさの度合い」と辞書にある。平たく言えば、「何回に一回起きるか」と言うところである。生活に身近な確率と言えば、降水確率がある。この気象条件であれば、何%で雨が降ると言う数値である。0%なら降らない、100%なら必ず降る、ないし降っている。最近、同じ気象条件に関する確率が、研究機関から発表された。首都直下で地震が起きる確率である。数年以内に70%とも言う。しかし、これはどう言う事だろうか。降水確率ならば、その条件下にあって、何回に一回は降るものだと、誰もが分かる。地震も同じだと言うのだろうか。よく分からないところである。
そもそも地震とは、エネルギーの蓄積とその解放と言う現象と言える。エネルギーが蓄積される場所は、どこもがそうなるわけではなく、特定のエリアに偏る。だからと言って、今まで起きていない場所が、震源域から外れると言うわけでもない。今まで発生して無いエリアでも、エネルギーの蓄積できる限界域に達していないだけかもしれない。また、エネルギーの流れが変わってしまい、今までエネルギーの集中していたエリアが、別に移ってしまう、別に生じてしまう可能性もある。事実、2011年03月11日に起きた巨大地震の結果として報じられているが、土地がそれまでの位置から大きく動かされた。これによって、エネルギーの流れも、集中エリアも変化した可能性がある。それは専門家の範疇である。一つ言えるのは、一回そこで発生すれば、そこはエネルギーの解放エリアになると言う事である。その間隔が、100年、500年、1000年、それ以上と様々であろうが、必ず発生する。先の巨大地震も、その発端となった震源は、その解放エリアである。何年かの周期で、津波を誘発する地震を、繰り返し発生させている。首都直下にあっても、何年かの周期で、大地震が発生している。これが、確率として算出されるものなのだろうか。
地震が周期性の現象のため、その周期から確率のようなものを算出した、と言うのに過ぎないだろう。最初に伝えられた情報でも、数字そのものに強い意味は無い、と言うような内容があったはずである。これは、先の地震からの反省だろうか。震源エリアの宮城県沖は、その周期性から、かなり高い確率となっていた。津波が誘発されるため、強い警戒がなされていた。11日の地震があまりに巨大だったため忘れられているが、その02日前、09日にも地震が発生していて、東京でも揺れが観測されている。先の地震が、想定を超えたものとなったのは、南隣の震源域に波及していったためである。移動していったのが南であったためだろうか、僕の実家の話では、秋田県であるが、ここまでのものとは思わなかったと言う。停電のため、情報が得難い情況にあったと言う事も、その理由かもしれないが。それはさて置き、南に連動していったエリアは、地震の確率としては低い値とされていた。しかし、事実として、その低い確率のエリアでも発生したのである。低い確率であっても、前述の通り、一回でも発生していれば、そこは発生ポイントになるのである。
ただ、その周期が分からなければ、確率は算出し難い。先の地震であれば、津波の痕跡から、津波を誘発する地震の発生周期は見えてきている。しかし、そのような痕跡が無ければ、周期を算定するのは難しい。首都直下の地震は、津波を誘発するもので無さそうであり、周期を測る痕跡は探し難いであろう。だが幸いに、江戸に都が拓かれて500年が経過しており、人間の記録と言う痕跡が残されている。これによって周期を推定できる。だからと言って、確率と言う数値で表されるものだろうか。
前述の通り、数値を提示した専門家は、その数値の高低に重点が置かれる事を望んでいない。しかし、人間は確率と聞くと、あたかも科学的に保証されたものであるかのように、勘違いを犯してしまう。もちろん、それを導き出すための何かしらはあるだろうが、それに何の意味があるだろうか。確率とは、畢竟、起きた時が「その分の一」である。分母が億だろうが、兆だろうが、それこそ無料大数だろうが、起きた時が「その分の一」であり、限りなくゼロに近くとも、ゼロでない限り起きるのである。人間は、これから先に何が起きるかを想定し、そこに発生するリスクを回避したり、軽減したりしようとする。だから、発生する確率に期待を寄せてしまうのは、当たり前の事と言える。
それを熟知して、巧みに利用するのが、ペテン師、詐欺師、デマゴーグ、アジテーター、そして、マスコミである。70%だけを切り取って、声高に叫び捲くっていたのが、その証左である。不安が高まれば、更に情報を得ようとするのは本能であり、情報を売る事を生業としているマスコミにとっては、お客が増えると言う事である。いや、正確を期そう。情報を得ようとして、発行部数が上がる、視聴率が上がる、アクセス数が上がる、と言う事によって、広告収入が増えるのだ。情報は、その広告収入を上げるための、謂わば撒餌である。だから、不安を煽れるような情報に関しては、針小棒大に騙るのである。巨大地震が起きてから、まだ一年も経っておらず、その惨状は、記憶に新しいどころか、そのままと言う所もある。つまり、不安を煽るには、格好の材料だったわけである。だから、改めて数字そのものに重きを置かないようにと、更に最近になって、改めて陳べている。
首都直下で地震が起きるのか起きないのかと言えば、100%で起きる。これは変えようの無い現実である。1923年の関東大震災以後、首都における大地震と言うのは、発生していないようである。これまでの記録による周期からすれば、もう起きてもいいくらいの期間が空いているとも言う。先の地震の余震活動がまだ終息を見ていないため、大きくは無いものの東京でも地震の揺れが感じられている。そのため、まだまだ地震に対する警戒感情は失われていないと思うが、直下で発生したとなれば、中学の理科の用語で言う初期微動継続時間は、緊急地震速報や、そのメールサービスが届く前に終えてしまうかもしれない。終えたらどうなるか。主要動、つまり、本震がやってくる。身構える間も無く、大きい揺れが襲ってくる可能性は、十二分にあると言う事である。その時どうするかである。絶対にやってはいけないのが、おかしの「か」である。一人が駆け出せば、それに続く人が出てくる。続く人が出てくれば、更に続く人が出てくる。これは先の地震の発生した時、何かの収録のために回していたカメラによって撮られていた。とりあえず言えるのは、建物の中と外ではどちらが安全かと言えば、中と言う事である。これは可能性論であって、現在の耐震メカニズムを遥かに凌駕する揺れだったり、全く想定していなかった揺れ方をされたら、中が安全とも言えない。しかし、それでも、その時に中にいたのであれば、中にいた方が、どちらかと言えば、安全と言える。
で、何を書こうとしたのか、結論が何だったか、書いている途中に忘れちゃった。とりあえず、地震は周期性の災害である、と言うことだけは言いたい。台風、豪雨、豪雪、去年から今年に掛けて、地震以外にも立て続けに天災が発生しているけど、そこには周期性が無い。だから、毎年のように備えてないといけない。でも、地震に関して言えば、余震活動が終息してしまえば、その周期性に変化が生じていない限り、エネルギーの蓄積限界域までの年月には、発生しないと見る事も出来る。今すぐ無理にでも高台に移転しなくとも、終息が判断されるのが最低条件であるが、ゆっくりと移していけばいいのではないか、と考えたりもする。
むしろ、先の地震によって、複数地震域が連動する地震の発生すると言う、そのメカニズムが確定された。それによって、広範囲の太平洋沿岸に津波を発生させる地震の起きる事が、明確となった。これに対する対応を、急がなければならないのではないか。NHKが最初にとらえた津波、名取川近くを襲撃した津波の時のように、「高台に逃げてください。無ければ、鉄筋の三階以上の高さに」と言う、虚しく響く言葉は聞きたくない。勾配のほぼ無い平地が広がり、農業エリアのために鉄筋の高い建物が無いのは、一回だけだけど、そこら辺をうろちょろした経験から知っていた。むしろ、高台移転が求められるのは、次に予想される地震に誘発される巨大津波が襲ってくるエリアなんじゃないだろうか。