新馬場的壮年のブログ

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その子も今年で26歳になりました。就職して2年、結構中堅どころで頑張っているようです。しかし、僕から見ると危なっかしくて。服装はいまどきの人ですから、なんとも言えませんが、長髪、ひげを蓄え、「客商売」なのに大丈夫なのか?でも会社が許すのなら仕方が無いが、そんな統制の取れない会社で大丈夫なのかと思ったり、こんなところはやはり「親ばか」なのか。

子育てを振り返ってみると、妻(母親)の力は偉大ですね。

小さいころは、自分の仕事が忙しいのと、お付き合いが忙しいのとでまったく妻任せであったし、よくもまああんなに頑張れたものと感心します。(お互いに勤めていたので)

そのころは、出張が週半分、残った日で1週間分の仕事を片付け、土日はゴルフのお付き合い、こんな生活でしたので帰ったころは子供は寝ていましたし、出勤時にはもう学校へ行っていました。それだけに怖い親父だったみたいです。その分母親はすごく優しくて、どうして女親は男の子にこんなに優しいのかと思うぐらい、小学校のころから友達付き合い風で、夫婦で話すときによく言ったものです。「親の権威なんてまるでなし。馬鹿にされているのではないのか」でもかわいいんだそうです。


さて、そういった男の子が、昨年東京に行ったときに、彼女がいるみたいなことを言うものですから、「一度あわせてみろ」といっていたら、宿泊のホテルの近くまで一緒にきていたようなのですが、仕事が遅れてしまって、会えずじまいでした。その後、「どうなったの」聞いてみたら、なかず飛ばずというか、進展していないというか。はっきり言えば別れたというかはっきりしません。 

ただ、結婚というストーリーにはならないようです。

親としては、もうそろそろどうなのだと思うのですが、自分も27くらいには今の嫁さんと付き合っていたし、29で結婚したのだからなどと比較なんかしております。


でも最近、自分の親戚を見てみても、みな結婚が遅くて(早い子は20くらいですが遅い子は確実に30歳を越えるみたいです。男も女も)

この辺のはなしはまた別の機会にします。

先日、東京で勤めている息子が帰ってきました。いつも2~3日くらいですが、酒が強くなって(好きになっていて)

家のビールはすぐそこをつく始末です。

数年前は、家で飲んでも、飲みに出ても飲みつぶしてつれてかえっていたのですが、最近はつれてかえってもらう始末、その上、もう一度言ってきますなどと出て行きます。一体誰に似たのやら。

いまでは、たくましくなった子供ですが、夫婦とも稼ぎだったとこもあり、小さいときから目が届かず、その分かわいがったこともあり、ゲーム好きの人見知りの強い子でありました。

これではいけないと、意を決して厳しくあたったのですが、これが逆効果、いよいよ卑屈になり、裏表のある子になってしまいました。

そこで中学にあがるときに、スポーツをやらせようといろいろと画策したのですが、ますますゲームにはまる始末、そして口もきかなくなりました。

社会人の教育組み立てのように考え、強引にしたのがいけなかったとはいえ、あとの祭り。

これでどうなるのだろうと心配したもののどうしようもない現実。そのうち大学に行くことになり、九州の誰でも入れる経済学部に入学し、寮生活を始めました。

これがよかったみたいで、夏休みに帰ってきたときにはだいぶ雰囲気が変わってました。しかし、まだわだかまりがあるようでしっくりとはいきませんでした。

2年からは、アパートを借り、友人も多くできたようですし、人とのかかわりも多くなるとともに、結構自炊をしていたのにはびっくりしました。

また、大学に入学して携帯電話を買い与えたのですが、料金は全部本人の口座から落ちるようにしておきました。最初のころは残高不足で苦労したみたいですが、そのうちワン切りでかけてくるようになり、思わずニヤリとしたものです。

大学では、入るのはやさしいが卒業は結構難しいようで、入学時750人くらいいた学生が卒業時には定数の250人くらいになっていたようです。ただ私立大学(特に地方の)は、就職に有利な資格コースが格安で準備されており、子供も3年で宅地建物取引主任者の資格をとり、これが就職には役に立ったようです。

取るように進めたのは私ですが・・・(次回に続く)

本日の失敗
広島駅の構内で外国人に路面電車の乗場を聴かれた
なんとか理解出来たがうまく答えられない。とりあえず駅の外で乗ると言ってそうそうに立ち去った。落ち着き考えると、自分も乗るんだからレッツゴーと言って案内すれば良かったんだけど、その場を早く離れないばかりに不親切なことをしてしまったと反省しています。後味が悪いことでした。