こんにちは
見に来ていただきありがとうございます

武田しのです




私が見た目の専門家を目指すに至った

これまでのお話を書いています


今日はその4回目


決して美しい話なんかではなく叫び

けっこう重くて 長くなりますが

お時間ある方は

どうぞ お付き合いくださいませニコニコ




はじめましての方は


からお読みいただけると うれしいです音譜



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当時1歳の


私の息子がかかっていたのは



両方の腎臓に腫瘍ができる




小児がんでした




子ども15000人に1人の割合で発生




そこからさらに

両方の腎臓に同時に出来るのは


わずか5%




腫瘍は大きくなりすぎて



片方の腎臓は



すでに壊死していました






休みの日にはピクニックによく出かけていました
病気とは無縁の
丸々とした健康優良児でした




なんで?







なんで

なんで

うちの子なの?




なんで 私は

健康に産んでやれなかったの



なんで 私は

こんなになるまでに



もっと

早く気づいてやれなかったの




なんで

なんで

なんで

なんで

なんで





毎日 毎日


自分を責めました




もともと


ギリギリの状態で

仕事をしていた私は


当然

仕事が続けられる
精神状態にあるわけがなく




同業の先輩や仲間たちに
助けていただきながら






そのまま
静かに


廃業する形となりました








この出来事は

私が 自分という存在に
自信を失うには
十分すぎました





仕事はおろか
母親としても失格




私なんて

もう この世から
いなくなればいい

と思いました






とはいえ
毎日 朝はやってくる





小児病棟で
小さな柵つきベッドの上の
息子と一緒に過ごし

※ 腫瘍が大きくなりすぎて転倒により破裂の恐れがあったため




抗がん剤が
カテーテルから
息子の中に入っていくのを見守り


抗がん剤が入るカテーテルを留める胸のテープには
病棟の看護師さんが毎回イラストを描いてくれました
お腹の点線は 放射線を当てる目印です



CTやMRI撮影に付き添い


放射線治療に付き添い



放射線室やMRI室への移動
黄色のストレッチャーは
息子が怖がるので
「黄色のバス」と呼んでいました




食事や
お風呂のお世話をして



治療により体重がだいぶ減り
お風呂ではなくナースセンターの
シンクで身体を洗っていました
頭を洗うたびに髪が抜けていきました



病室の息子のベッドのとなりに置いた
簡易ベッドで眠る




というような生活を
毎日していました




その小児病棟は
息子を含め


長い期間
重い病気と
闘っている子どもたちが
たくさん 生活をしていて



夜中にバタバタと
緊急対応があったり


病棟内で知り合ったお友だちが
突然
退院ではない形で
もう会えなくなることも
たびたびあったり



私の浅い人生経験には
受け止めきれない環境でした


いつまで
この生活が続いていくのか
先が見えない不安


でも 突然
お友だちから引き離され
楽しかった外の世界から隔離され
わけもわからず
つらい治療をさせられている


いちばん不安なのは
息子だ


息子はほんとうに
治るんだろうか


神さま どうか

息子を連れていかないで



夫は 生活のためにも
仕事を辞めるわけにはいかない



私が
この子のそばにいるしかありませんでした


私が

いなくなるわけにはいかなかった ショボーン



治療の経過をみて
たまにベッドから降りることを許可され
病棟内のプレイルームで遊ぶことができました





でも


起業してからというものの
この子のそばに
こんなに長く付いていてやれることが
久しくなかったので


息子も それはそれは
嬉しそうに見えました











それでも
私の
眠りは浅いことに変わりはなく




病棟は消灯が早いため

毎朝 毎朝

早朝に目が覚めてしまっていました



息子はまだ夢の中

私は
起床時間の朝7時までの時間が
とてもヒマで

やることが本当に何もないのでショック


薄暗い簡易ベッドの上で
自分の顔に

なぜか
丁寧にメイクをしていましたくちびる




今思えば本当に
なんでだか分かりませんチュー



毎日会うのは

息子と

夫と

病院関係者だけですから





でも



眉やアイラインを
集中して描いていると
不思議と気持ちが落ち着いてきて


うまく綺麗にかけると
なんとなく
気分が明るくなることに気づきました



鏡に映る自分の顔が
げっそりと疲れた お婆さんのようではなくて
ちゃんと きちんとしているのを見て
すこしホッとする感覚があったのを覚えています




今思えば

この頃から見た目を整えることが
自分の心にも作用することに
気づいていたのかもしれませんね













次は