浅草小学生時代:
【授業中の廊下に一人でいると……】
昭和の小学校あるあるのひとつに、宿題を忘れたら廊下に立たされるという罰がありました。バケツを両手に持って立たされるというのもあり、ここまでいくと体罰というより拷問ですよね。私は、実際に見聞きしたことはありませんでしたが……。今では立たせること自体、児童虐待とかいって絶対にないのでしょうが、私の小学生時代は普通にあったんです。先生が絶対的存在で怖さそのものでしたからね。
女の子だって容赦ありません。私も3年生のときに一度だけ立たされたことがあります。そのときは「いやだなぁ」という気持ちよりも、女の子なのに立たされてしまったという「恥ずかしい」思いの方が強かったですね。でも、一人で立っていたときに感じたのは、そのどちらでもありませんでした。それは「恐怖」だったのです。
普通、立たされるときは教室側を背にするのが一般的ですが、私は外窓を背に教室が見えるように立たされました。担任が言うには「外の風景が見えると気が散って反省できない。それよりもみんなが勉強している姿を見せた方がいい」とのことだったのです。当時の教室は廊下にも窓がある作りだったからです。もっともこんな立たせ方をするのはうちの担任だけしたけどね。教師としては効果的な考えに基づくものだったのか、個人としては単に陰湿なだけだったのか……。
それはさておき、例え昼間の明るい時間帯とはいえ、誰もいない廊下に一人で立っていると不気味さを感じます。シ~ンと静まり返ったそこはまるで異空間。各教室の中には30人以上の生徒が集まっているのに、私一人だけが違う世界に疎外されているって感じで……。
しばらくすると体中にゾクッとする寒気が襲ってきました。何もないときにこういうことが起こると、決まって嫌な現象が発現するんです。
「こんなに明るいのに……何か出るっていうの?」
思わず身構えてしまいました。
ふと気がつくと廊下の端の方から人が近づいてくる気配を感じました。校長先生が見回りに来たのかもしれません。助かったと思いました。こういうときは誰でもいいから人がいてくれると不安が消えるからです。でも、その安堵感は長くは続きませんでした。なぜなら、近寄って来るのは黒い影の子どもだったからです。私と同学年でしょうか……。ゆらゆらと体を揺らしながら近づいて来ます。
「いやだ、来ないでよ」
逃げようと思いましたが、私がその場からいなくなれば再び先生の怒りを買うことは目に見えています。「お化けがいるから助けて」と言ったところで、見えない先生に通じるはずがありません。逆に「ふざけるな!」と激怒されるのがおちです。
そもそも逃げ出すことも声を出すこともできませんでした。なぜなら立ったまま金縛りに遭っていたからです。そしていつの間にか私の目の前にまで近寄ってきて、下から覗き込んでいます。
男の子の顔は、胸から首へと舐めるように這い上がってきて、私の眼前でぴたっと止まりました。その距離わずか10センチ。どんより曇った目玉がじっと私と目を合わせたまま動きません。
(何をしたいの? 何をするの?)
声が出せずに心の中で問い続けました。
何もされずに、至近距離で見つめられ続けることほど恐ろしく感じることはありません。そのとき私は……少し漏らしてしまいました。それほど怖かったのです。
やがて男の子は横から背後へとゆっくり移動し始めました。首筋に生温かい息みたいなものが感じられました。霊が呼吸などするはずはないのですが、確かに生温かい空気が首を這う感じがしたのです。
そして、ほぼ斜め後ろで動きを止めると再びじっと見続ける男の子。動けなくてもその存在が視界の端からわずかに見えてしまうと、これがまた恐怖をいっそうかきたてるのです。次に何をされるのかという不安も相まって……。
(え?……なんて言った?)
男の子が耳元で何かを囁いたようです。声が聞こえたというより脳裏に伝わってきたという感じ。また囁いてきたので、今度は集中して聞いてみました。
「あ…そ…ぼ…」
そう聞こえます。今、授業中なのに……って、そんな問題ではありません。何言ってんのこの子? 早く金縛りを解いてどっか行ってよ! 私としては無視するしかありませんでした。
そして、遊びの誘いに応じないでいると、男の子の手が背後から伸びてきて、肩をガシッと摑まれました。
「行こっ」
外窓から外に引き落とされそうになりました。
(えっ?)
暖かい季節だったので窓は開けっぱなしになっています。このまま引きずり出されたら3階から転落してしまう。
焦りました! でも、どうにもなりません。物理的な力が加わっているわけでもないのに、体は少しずつ引っ張られるのです。やがて、上半身が窓枠からのけぞるようにはみ出してしまいました。私は抵抗することも声を出すこともできずになすがまま……。そして、再び男の子の顔が視界に入り……
「外で、遊ぼ……」
(やめて……落ちちゃうよ。先生、助けて!)
いくら叫ぼうとしても声が出ません。ついに体は腰のあたりまで外に出てしまいました。
(あ……死んじゃう)
もうだめだと諦めたとき……
「危ない!」
先生が私の体を支えて中へ引き戻してくれたのです。
「何をしてるんだ、おまえは!」
先生は怒っていましたが、私は助かったという思いから号泣してしまいました。
「先生、怖かったよぉ!」
後から聞いてわかったのですが、私が窓から落ちそうになっている姿を教室の中から同級生が見つけて、先生に知らせてくれたということでした。そのおかげで助かったのです。もし、同級生がたまたま見つけてくれていなければ、私は今頃……。
男の子の霊は先生にも友だちにも見えておらず、私が勝手にのけぞりながら落ちようとしているように見えたそうです。ちなみにそのとき霊は私の前からも忽然と消えていました。
私がその霊の正体を知ったのは卒業して数年後の同窓会のときでした。小学3年生の男の子が、あの廊下の窓から落下して死亡したという事故が、過去にあったという話を聞いたのです。相当やんちゃな子だったようで、廊下に立たされてもじっとしておらず、ふざけて外窓に身を乗り出したときに落ちたとのことでした。
本人は自分が死んだことに気づかず、地縛霊として最後に見た光景である廊下に棲みついていたのでしょう。そこへ霊感のある私が暗い気持ちで立っていたものだから、波動が同調して出てきたのだと思うんです。寂しいから一緒に遊ぼうって。
でもねぇ、だからと言って私を外に引きずり出そうなんてあんまりですよね。下手をすると私まで地縛霊の仲間入りをしていたかも知れないんですから。
≪お知らせ≫
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